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食料価格が急騰していることに対する悲鳴が飲食業界から、そして家庭から聞こえてくる。パンデミックが始まって以来、たびたび不安定になりながらも、私たちの食卓を支えてきたサプライチェーンが、ここへきてさらに綻びを見せ、食料価格を押し上げているからだ。
背景にあるのはエネルギー価格の上昇による輸送コストの増加だ。さらに食のサプライチェーンのあらゆる地点で、新型コロナウイルスの治療や隔離によって労働人口が常態的に不足していることなどがある。
特に価格の伸びが目立つのは輸入牛肉や小麦粉の価格で、麺類・パスタや加工肉などが値上がりしている。2021年から2022年にかけて、松屋、吉野家、ミスタードーナツなどのファストフード・チェーンが、次々と価格改定を発表しているのもこのせいだ。
とはいえ、日本の物価の上がり幅はまだ、諸外国に比べて相対的には抑えめだ。OECD諸国の消費者物価指数の食料価格の上昇率は2021年12月、6.8%(対前年同月比)の伸びを記録した。日本は2.63%(同)にとどまっている。しかし今後、エネルギー価格の上昇や人手不足が続いたり、危惧されているように円安が進んだりすると、食品価格はさらに上昇するだろう。
捨てていた野菜の皮や切れ端まで利用
コロナによる人手不足などが原因で、アメリカの港では荷揚げできずコンテナが滞留している様子が話題になった。
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世界中で食料をめぐるさまざまな混乱が起きている。
豪雨に見舞われたオーストラリアでは水害によって運送のインフラが遮断され、各地で食料不足が報告されている。アメリカでは農業、物流、食品加工、小売といったサプライチェーン上の要所要所で人手不足が起きていることから食料の流通が遮断され、スーパーの棚が空になったり、棚に並ぶ食材の寿命が以前より短くなったり、クリームチーズや猫の餌といった一部の品目が手に入らないといった事態が発生している。
食料価格の上昇は、ただでさえストレスの高いパンデミックライフにさらなる圧を与えている。英語メディアやSNSでは、食料保存の工夫や保存食のレシピ、これまで看過されがちだった品目の代替使用、これまで廃棄していた野菜や果物の皮や切れ端の利用方法などを見かけるようになった。不可避のインフレは為政者にとっては頭の痛い問題ではあろうけれど、人間の順応能力にも感嘆する。
サプライチェーンの混乱は食料特有の問題ではないが、他の資材に比べて寿命が短い食材は、賞味期限までに消費者に届けることができなければ廃棄の憂き目に遭う。物流のラインや食品加工工場などにおける人手不足、パンデミックによる飲食業界の業績縮小によって、食肉に加工される予定だった動物が殺傷処分に遭ったり、流通するはずだった食料が大量に廃棄されたりするという問題が各地で指摘されてきた。
日本でも起きた牛乳の大量廃棄問題
コロナによって生活を直撃された人たちにとって、フードバンクという仕組みは一つの支えになった。
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こうした現行のサプライチェーンの脆弱性はパンデミックが発生する以前から指摘されてきた。グローバリゼーションとともに大手企業による市場の占有が進む中、多数の中間業者を内包する緻密で複雑なサプライチェーンが作り上げられた。
この仕組みによってできた、常に潤沢な食料が市場に存在しながら価格や品質が制御される状態は、消費者にとっては良いことだとされてきたが、生産者が価格を決められずに圧迫されたり、見た目が悪いだけの食料が弾かれて廃棄されたりといった状況をも生み出してきた。大規模なサプライチェーンのどこかでつまずきが起きたり、何らかの理由で需要が激減したりすると、行き場を失う食材が大量に出る。
最近日本でも5000トンにものぼる牛乳が廃棄される危機に晒され、業界団体、農林水産省、北海道などが牛乳のPRに参加し、またSNSなどで牛乳を使うレシピが拡散されて大量廃棄を免れた、というニュースがあったが、消費者頼みの対策に長期的な持続性があるとはいえない。
パンデミックという危機によって、貧困状態にある家庭・人口は増加する一方で、廃棄直前の食材を抱えた業者がSNSを使って希望者を募ったり、食材をフードバンクに回す努力が行われたり、という風景も、たびたび見てきた。
私が主宰するコレクティブSakumagでも、障害とともに生きるメンバーから「フードバンクに行けない困窮者もいる」という問題が提起された。それとほぼ同時に、飲食業界の縮小で行き先を失った米の生産者さんからの相談が別のメンバーから寄せられたので、廃棄の期限までに困っている人に米を配布する、というプロジェクトに挑戦してみたが、短い時間に必要とする人を募り、発見するという課題に苦労した。私たちの努力によって廃棄される食料をわずかに減らすことができたとはいえ、生産者の労力に報いることのできないこの手法も持続性が高いとはいえない。
アメリカでは最近、食品大手スミスフィールド・フーズが2030年までに食料廃棄をゼロにすることを目指してフードバンクとの提携を発表したが、市場価格を制御し、生産者の経済的持続性を圧迫せずに廃棄を回避する手法の制度化が可能なのか注視している。
直近の食料価格上昇は、パンデミックによってサプライチェーンの混乱が引き起こしたものだが、それ以前から指摘されてきて、それ以上に大きい、またこの先さらに加速するであろう問題がある。
食のサプライチェーン全体を考える時期に
2021年夏、米カリフォルニア州は1977年以来最悪の干ばつに直面していた。
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世界中で頻発している異常気象による農業への影響だ。
アメリカではハリケーンや山火事、干ばつが農地や農作物を破壊している。最近では、南アフリカの豪雨によって土壌が浸水し、とうもろこしの収穫が激減したが、ただでさえ人口増加によって圧迫されてきた穀物の収穫量が減ったところに、輸入大国となった中国が在庫拡充に動いたことなどがさらなる価格上昇を加速させた。2021年、世界的な農薬の価格も大幅に上昇しており、それに伴い農業のコストも上昇することが見込まれている。
パンデミック以前からあった問題に加え、こうした来るべき新たな現実を前に、大企業が圧倒的に強い食のサプライチェーンを社会全体として考える時期が来ているのだと感じている。
日本は他の先進国に比べ、食品が安いと言われてきたが、そもそもなぜこれまで低い価格を維持できてきたのだろうか? 果たしてこれまでのやり方に持続性はあるのだろうか? 先に述べたような大企業が占有し、生産者が圧迫される大量流通のあり方に持続性はあるのだろうか?
たくさんの中間業者が存在することで長くなりすぎたサプライチェーンを簡素化して短縮することも必要だろう。都市部に屋上農園やグリーンハウスを導入したり、ローカルな食料供給ラインを強化したりすることで、自給できる食材を増やすことの必要性は以前から指摘されてきたし、お取り寄せや産地直送、ファーマーズ・マーケットといった生産者と直接つながる選択肢も増えてきている。食品大手企業や農協といった組織が占有する既存の枠組みの外で農業を行う生産者の数も増えている。
同時に、これまで社会の人口の大多数を食べさせてきた既存の食の流通の仕組みが崩れれば、特に都会の中間・貧困層はすぐに食い扶持に困ってしまうだろう。ソフトランディングになるような、より持続的なあり方への移行を模索していきたい。
(文・佐久間裕美子、連載ロゴデザイン・星野美緒)
佐久間裕美子:1973年生まれ。文筆家。慶應義塾大学卒業、イェール大学大学院修士課程修了。1996年に渡米し、1998年よりニューヨーク在住。出版社、通信社勤務を経て2003年に独立。カルチャー、ファッションから政治、社会問題など幅広い分野で、インタビュー記事、ルポ、紀行文などを執筆。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』『ヒップな生活革命』、翻訳書に『テロリストの息子』など。ポッドキャスト「こんにちは未来」「もしもし世界」の配信や『SakumagZine』の発行、ニュースレター「Sakumag」の発信といった活動も続けている。