最新のApple Watch Series 7で心電図を計測できるECG機能を使っているところ。医師にとっても有用な情報になりうることが専門医への取材から見えてきた。
撮影:伊藤有
初代Apple Watchが2015年4月に発売されてから、間もなく7年になろうとしている。
Apple Watchは発売以来、毎年のように機能を増やし、今では心拍数や血中酸素濃度の測定、心電図を計れるなどのヘルスケア系の機能を特徴としている。
心電図アプリについては、2018年にアメリカで先行提供されてから日本には2年以上、遅れて上陸した経緯がある。
元プロ野球選手の平江厳さん。Apple Watchの心電図アプリで心房細動に分類され、専門医療機関での検査による診断の末、2021年4月に手術した。
撮影:石川温
そして2021年春、Apple Watchの通知をきっかけに、心臓手術を受けることになった人物がいる。
元プロ野球選手の平江厳さん(1990年から1996年まで大阪近鉄バファローズ)だ。「意識高めをアピールできるファッションアイテム」(平江さん)として5年ほど前からApple Watchを愛用していたという。
「2021年2月に健康診断を受けたところ、不整脈があると指摘された。しばらく様子を見ることになったが、なんとなく不安な気持ちになっていた。
そんなとき、Apple Watchで心電図がとれると知った。早速、アプリケーションの機能を試したところ、その日のうちに心房細動と結果が出て、慌ててネットで調べた」(平江さん)
心房細動は心臓のリズムが乱れた状態で、自覚しにくい場合もあるが、最近では致命的な脳梗塞を引き起こす不整脈のひとつと認識されつつある。
日本でApple Watchに心電図アプリが提供されたのは2021年1月。
心電図(ECGまたはEKGと呼ばれる)は、いわば心臓の動きの記録だ。医師は心電図を見ることによって不整脈や狭心症などの異常を診断する。
Apple Watchの場合、ユーザーがApple Watchのデジタルクラウン(竜頭)に触れると回路が機能し、心臓を通る電気信号が記録される。30秒後、心房細動、洞調律、低心拍数、高心拍数、判定不能のいずれかに分類される。
「(Apple Watchの結果を受けて改めて)病院に行ったところ、深刻な状態だと気がつかされた。そこで4月に手術を行った」(平江さん)
平江さんが受けたのは、「カテーテルアブレーションという手術で、首と足の付け根からカテーテルを挿入し、心臓の筋肉を焼灼(しょうしゃく)することで不整脈を直す治療法だ。通常、3泊4日の入院が必要になるという。
手術は無事に成功。術後の3カ月はいろいろな通知が来たというが、その後は悪い通知も来ることなく、心電図をとっても洞調律(心臓が一定のリズムで動いている状態)で正常な状態になった。
「Apple Watchを装着して、身体の状況が知れたのは良かった。悪くなる前に設定していれば、もっと早く気がつくことができたかも知れない。
せっかくなので、これまでの生活態度を改め、毎日、ウォーキングやジョギング、スイミングをするようになり体重を20キロ落とした。いまは健康状態だ」(平江さん)
医師から見た「心電図アプリ」を使うメリット
慶應義塾大学医学部 内科学教室循環器内科の専任講師の木村雄弘医師(右)。同大SFC研究所の上席所員も務める。
撮影:石川温
そもそもApple Watchは、病院で使っている検査機器とは異なるものだ。医療現場から見て、Apple Watchを装着するメリットはどこにあるのか。
慶應義塾大学医学部 内科学教室循環器内科の専任講師で、不整脈専門医でもある木村雄弘医師はこう語る。
「病院の検査と家庭の記録は違うものです。しかし、病院だけで異常を検知できるとは限らず、家庭で心電図を記録できることは、早期発見につながります。
また、Apple Watchは身につけているだけで、さまざまなヘルスケアデータを計測し続けてくれます。これらの無意識な変化量への気付きをきっかけに病院を受診することは未病をもたらし得ます」(木村医師)
木村医師は、iPhoneを使った医学情報収集用のアプリ開発や、ヘルスケアデータの有効利用による最新のICTと医療を融合した診療環境の構築のための研究を進めている。
心電図は、「症状がある時、あるいは、心臓が異常な時の記録が大事です」と木村医師は言う。
家電量販店には持ち運べる心電計も売られているが、「せっかく購入してもらっても、記録したい時に持っていないということがあります。Apple Watchは常に手首に装着していますから、いつでもどこでも心電図を取れるのは大きなメリットです」(木村医師)。
時計として装着しているので、文字通り「持ち運べる」ことがメリットになると木村医師は言う。
ただ、Apple Watchから身体の変化に関する通知を受けたとして、そのまま病院に駆け込んだら、きちんと医師は対応してくれるものなのだろうか。「そんなデバイスの情報なんて当てにならない」とお医者さんから門前払いを食らうことはないのだろうか?
木村医師は質問にこう答える。
「Apple Watchはすでに広く浸透しているので、自分の腕で記録した心電図を診察に持参される方が増えています。診察室での会話も『心房細動の結果がでたけれど……』とか『判定不能はどういう意味?』など具体的なご質問が増えてきています。
病気や心電図に対する正しい理解が広まることで自分の健康管理につながると同時に、医師側にはこうしたご質問に対して、共通の回答をするリテラシー構築が求められています」(木村医師)
iPhoneのヘルスケアアプリに記録された心房細動の記録。
撮影:石川温
Apple Watchが記録するデータはiPhoneの画面を医師に見せるだけでも十分説明はできるが、PDFファイルに書き出すこともできる。
もちろん、Apple Watchの記録自体が、そのまま診断に使われることはない。けれども、そのログが素早い診断の「近道」にはなると木村医師は言う。
「Apple Watchの心電図は病院で技師が決められたやり方で医学的検査として記録する心電図とは違うものです。ですからApple Watchの心電図だけの情報をもとに、診断したり治療したりすることはできません。
しかし、症状がある時の心電図や、不規則な心拍リズムの通知を受けた時に記録した心電図は、非常に有用な情報です。
Apple Watchの心電図アプリケーションは心房細動かどうかしか診断しませんが、PDFに書き出した心電図を専門医が見れば、心臓病の診断の近道になることがあります」(木村医師)
Apple Watchの医療関係の機能は、アメリカで真っ先に導入される一方で、日本での対応が遅れてきた。前出のとおり心電図アプリも、日本には2年以上、遅れて上陸した。
木村医師は「Apple Watch自体は医療機器ではないものの、心電図を記録するアプリケーションが医療機器という新しい枠組みです。今後、ヘルスケアと医療の橋渡しのツールが増えていくことでしょう。こうしたモダリティ(機器)を最大限活用して効率的な医療を目指したいと思います」と語る。
木村医師が現在、啓発活動で注力しているのが、医療現場におけるApple Watchが記録するデータへの見解の統一だ。
「ヘルスケアデータが医療従事者によらず共通に解釈され、医療にダイレクトに活用できるよう、研究を進めていきたいと思います」(木村医師)
(文・石川温)
石川温: スマホジャーナリスト。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜22時からの番組「スマホNo.1メディア」に出演。近著に「未来IT図解 これからの5Gビジネス」(MdN)がある。