東京五輪の閉会から半年がすぎ、その経済効果を実感する間もなく北京冬季五輪が開幕。国内ではまん延防止等特別措置が各地に発令され、経済の回復や成長を語れる空気でもない。いま日本はどこに向かっているのか…(画像は東京五輪開幕前の様子)。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
株式市場の急落や金利の乱高下など米経済の動きが際立つ昨今、円相場は総じて穏やかな動きが続き、あまり話題にものぼらない。
米国株の動向を示すS&P500種株価指数が年初来最大10%程度下落したのに対し、ドル/円相場は113円台半ばから116円台半ばまで3円弱の値幅しか出ていない。
ロシアのウクライナ侵攻懸念や北朝鮮がくり返す「飛翔体」発射などの地政学的リスクが高まるなか、以前ならまとまった幅で「リスクオフの円買い」が進んだものだが、いまのところそうした需要はみられず、2021年秋ごろから続く115円前後の円安水準が続く。
さまざまな説明の仕方があるとは思うが、貿易収支や資本収支など基礎的な統計を見たときに円高の可能性を読みとれない、という事実はやはり押さえておく必要がある。
例えば、近年の円相場の構造変化を語るとき、貿易赤字の慢性化は最も大きな論点のひとつだ。
過去10年間(2012~21年)の貿易統計をふり返ると、赤字が7年、黒字は3年だけで、通算すると30兆円以上の貿易赤字となっている。
直近2021年の赤字は、原油をはじめとする資源価格高騰の影響が大きいとしても、日本の貿易収支がすでに黒字体質ではなくなっていることは間違いない。
下の【図表1】に示されるように、1980年代前半からの過去40年間を10年単位に切り分けて見てみると、赤字の慢性化が2012年以降であるのがよく分かる。
【図表1】日本の貿易収支(10年単位の変遷)。
出所:Macrobond資料より筆者作成
2012年と言えば、年末に第二次安倍政権が発足し、大胆な量的緩和や機動的な財政出動など「3本の矢」を柱とする経済政策(アベノミクス)が打ち出された年だ。
アベノミクスによってそれ以前の超円高が解消されたとの評価はいまだに根強く、それを安倍政権の功績とする見方も多い。
しかし、以前の寄稿でも指摘したように、この時期に円高層相場が反転した(=円安に転じた)主因は、あくまで海外の経済・金融環境が改善したことだ。また、円相場を取り巻く需給環境の変化も「180度の変化」と言えるほど大きかった。
下の【図表2】を見ると、アベノミクスの始まった時期と前後して、日本は貿易黒字を安定的に稼げなくなっており、それがドル/円相場の底堅さ(=円高になりそうでならない状態)につながっているように見える。
【図表2】日本の貿易収支とドル/円相場の推移。貿易収支(青丸)は2年先行させて表示、6カ月移動平均を使用。
出所:Bloomberg資料より筆者作成
日本企業の海外逃避
この時期を境に、資本収支でも目を引く変化が起きている。真っ先にあげられるのは対外直接投資(=海外での企業買収や生産設備への投資)だ。
日本の誇る「世界最大の」対外純資産の構成を見ると、変化のイメージがつかみやすい【図表3】。
【図表3】日本の対外純資産の推移と内訳。
出所:財務省資料より筆者作成
2012年前後から、対外直接投資(紺色の棒グラフ)の残高が増えているのがはっきりと見てとれる。
人口減少による国内市場の縮小をはじめ、高い税金と電力料金、硬直的な雇用規制など、日本におけるさまざまな不利を勘案した末の企業行動であり、日本企業による海外への資本逃避と言い換えることもできるだろう。
海外への対外直接投資は、さらに言い換えれば「円の売り切り」であり、需給面で言えば海外の通貨への需要が高まることを意味するので、円安につながる。
日本国内への直接投資ももちろんゼロではないが、対外直接投資に比べれば無視できる規模だ。
ただし、そうした企業の対外投資が積み重なって、日本企業への評価が好意的なものになっていけば、日本株への投資も本来増えるはずだ。
ところが、過去1年間のデータを見る限り、少なくとも日本株は足もとで避けられているように見える【図表4】。
【図表4】主要国の株価指数の推移。
出所:Macrobond資料より筆者作成
日々判明するコロナ新規感染者の数字に拘泥し、医療資源の根本的な拡充など本丸に切り込めずにいる上、経済政策について首相自ら「株主資本主義からの転換」を標榜するなど、投資家がグローバルなポートフォリオを構築しようとしたとき、日本市場を選ぶ理由はきわめて乏しい。
主要7カ国(G7)のなかで日本の株価指数(日経平均)だけが前年比を断続的に割り込む状況が続いているのには相応の理由がある。少なくとも海外の投資家にとって、期待収益の高い投資先は世界を見渡せばほかにいくらでも存在するのだ。
ここまで見てきたことを端的に整理すれば、現在の日本では貿易赤字が慢性化し、資本収支についてはマイナス(資金流出)気味ということになる。
それでも日本の経常収支が大幅な黒字を記録し続けられるのは、過去の投資からの収益(例えば外国債券の利子、外国株式の配当金など)が大きいからにほかならない。
過去の投資から収益を得られているのだから、それはそれで良いことではあろう。
とは言え、これまで稼げていた貿易黒字が消滅し、日本企業の海外への逃避が目立ち、日本株は買われなくなっている現状は、要するに日本の外貨を惹きつける能力が落ちているということであり、それはやはり深く憂慮すべき問題ではないか。
何も決まらない日本
現在の資金の流れがどうであれ、高い成長余地が見込まれる経済なら外貨は寄ってくる。
しかし、コロナ危機からの経済回復が世界中で進むなか、日本はG7に限らず、例えば隣りの韓国などと比べても出遅れ感が顕著だ【図表5】。
【図表5】主要国の実質国内総生産(GDP)の推移。
出所:Macrobond資料より筆者作成
世論が求めるからという理由で厳格な行動規制や入国規制に固執し、リスクの伴う重要な判断を先送りし続けている限り、成長率の回復を期待できるはずもない。
こうした成長率に重きを置いた主張をすると、必ず「経済より命」という反対意見が出てくるが、それは不誠実な言い訳のように思える。失業率と自殺者数に正の相関関係が認められることは紛れもない事実であり、低成長により失われる「命」も等しく重視されるべきだろう。
2022年7月に予定される参議院議員選挙まで対立論点をつくらないことに徹する姿勢は、選挙に勝利することを至上命題とする限り、奏功するかもしれない。しかし、日本の政治・経済が世界で存在感を高めていく未来に重きを置く場合、現在の姿勢のままだと残念な結果に至りそうだ。
イギリス、スペイン、デンマークなど欧州では、世界保健機関(WHO)が時期尚早と警鐘を鳴らすなか、新型コロナウイルス関連の規制を完全撤廃して新型コロナを「社会的に重大な疾患」と扱わないことを早々と決めた国もある。
一方、日本は「世界で最も厳格な」渡航制限を導入し、鎖国などと揶揄されるがままの状況だ。WHOもそうした渡航制限は「対策として効果的でないことが明らかになった」として、加盟国に規制撤廃を勧告している。
需給の状況や政策の現状を見る限り、金融市場における「日本回避」は2022年も着実に引き継がれるテーマと考えられる。昨年の金融市場ではそれが日本株と日本円の冴えないパフォーマンスとしてはっきり表れた。
今年も似たような道を歩んでいるように思えてならない。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
(文・唐鎌大輔)
唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。