メタ(旧フェイスブック)、アップル、マイクロソフトなどの大手IT企業はメタバースに巨額の投資を行っており、この流れは避けられそうにない。
一方、セキュリティや法律の専門家はこれに危機感を募らせている。この新しいプラットフォームが、オンライン上で既に起きている問題を悪化させるだけでなく、新たな問題を生み出しかねないと考えているのだ。
「ガソリンタンクにマッチで火をつけるようなもの」と言うのは、非営利団体オーガニゼーション・フォー・ソーシャルメディア・セイフティのエグゼクティブ・ディレクター、マーク・バークマン(Marc Berkman)だ。
弁護士事務所ジャフィー・レイト・ホイヤー&ワイス(Jaffe, Raitt, Heuer & Weiss)のデータプライバシー・サイバーセキュリティ共同責任者ジョーン・スリロ(Jon Sriro)は、メタバースがメタなど一社によって集約的に管理される場合であれ、分散的な場合であれ、データやセキュリティの問題が生じ得ることに違いはなく、「いずれも極めて悲観的に見ています」と言う。
メタバースは、可能な限り現実の世界に近い形で、仮想の世界をインターネット上に創り出そうとするものだ。そこでは、超現実的アバターが絶え間なく活動し、デジタル資産の入手も可能だ。しかし、メタバースは悪用にも直結する。特に専門家が懸念しているシナリオは次の4つだ。
仮想世界における暴行
2021年末、メタのホライズン・ワールド(Horizon Worlds)というVRの初期からの女性ユーザーが「他のユーザーが見ている中で体を触られた」と発言した。このような出来事が実際の世界で起きれば犯罪となる。しかし、仮想空間での出来事だったため、被害者がどういった法的措置をとれるのか、そもそもとり得る法的措置があるのかは不明だ。
「彼女は暴行を受けたと感じ、それは犯罪にあたると思ったでしょう。しかし、どこに報告すればよいのでしょう」とスリロは言う。こういった暴行は、サイバー犯罪を取り締まる連邦法の範疇だろう。FBIの管轄だ。
しかし、法律はメタバースに適用できるようには改定されていない。ランサムウェアのようなオンライン攻撃についても、FBIは対処に苦慮しているという。攻撃者はたいていFBIの管轄権が及ばない地域(国外)にいるからだ。
「安全面や悪用に関する懸念が高まっています。オンライン世界の分散化が進むと、誰がモデレーター(訳注:管理者)なのかという問題に直面します」と、元ツイッターの情報セキュリティ最高責任者であり、データセキュリティ企業アルティテュード・ネットワークス(Altitude Networks)の創業者のマイケル・コーツ(Michael Coates)は言う。
生体認証データの漏洩
メタバースのユーザーは、身体の動きを捉える新たなデバイスを多数装着する必要がある。その結果、メタバース運営会社は多くのユーザーデータにアクセスできることになる。今日でもオンライン上の個人情報漏洩は頻発しているというのに、メタバースではクレジットカード番号どころではない、はるかに多くの情報が運営会社の手に渡るのだ。
「(メタバース運営会社)は、ユーザーの身体的動き、サイバー世界上の行動、習慣に関する膨大なデータを集め、それらを組み合わせて利用するでしょう。ターゲットとなるユーザーを定め、ユーザーの反応を支配する能力は、想像を超えるレベルにまで高まるでしょう」とスルロは言う。
そうしたデータは、広告、保険、調査といった分野には有用だろう。同時に、ランサムウェアやドキシング(編集部注:インターネット上で他人の個人情報を不正にさらす行為)に関わる者たちも、食指が動くはずだ。
「今でさえドキシングはひどいものです。(メタバースで集められる)情報量になったら、どうなるか考えてみてください」
詐欺・窃盗
メタバースは、多くの人がまだよく理解していない新しいテクノロジーであるため、詐欺や窃盗は「避けられない」とコーツは言う。
メタバース上のデジタル資産の窃盗が増えるかもしれない。今のところ、行使できる所有権は限定的か、あるいは存在しない。しかし「メタバース上で、デジタル資産に何千ドルも投資していて、それが盗まれたとします。どのような救済手段があるでしょうか。取り戻す手段はないかもしれません」とコーツは述べる。
コーツによると、現在でも暗号ウォレットへのアクセスには比較的単純なウェブリンクが使用されており、数万ドル(数百万円)相当で買い付けた非代替性トークン(NFT)を騙されて失ったユーザーもいる。
デジタル資産に関しては、メタバースを集約的に運営する企業が持つ力の大小にかかわからず、包括的な対応策が講じられる可能性は低い、とコーツは考えている。コンピュータウイルスからコンピュータを守るにはウイルス対策ソフトを入れるしかないように、窃盗対策も「自由市場」に委ねられるだろう。
「(自由市場において)ユーザーを守るエコシステムが生まれ、仲介機関や保管機関が誕生するでしょう」とコーツは言う。
現実感の喪失
メタバースの最大の問題のひとつは没入感、との見解を示すのは、クリプト・ファイト・クラブ(Crypto Fight Club)の共同創業者兼最高技術責任者フェリックス・モーア(Felix Mohr)だ。モーアはフィンテック業界を経て、Web3ビジネスの世界に入った。
「現実の世界では挑戦しようとすら思わない夢を、メタバース上なら誰もが実現できます」とモーアは言う。
ゲームにおいてさえ、プレーヤーは脳内にドーパミンがあふれ、数時間連続でプレイに熱中する。メタバースにおいては、こうした効果が増大される。「ユーザーは、自らが創るキャラクターと強い感情的つながりを持つようになるからです」とモーアは説明する。そして、ユーザーは現実世界から完全に逃避することもありうるという。
特にリスクに晒されるのは若者だ。これまでのソーシャルメディアにおいても、いじめ、摂食障害、容易に入手できる違法ドラッグなど、若者の多くがその負の影響を受けているとバークマンは言い、次のように続ける。
「3Dの世界では、ただ歩き回っているだけで、こうしたリスクすべてに晒される危険がはるかに高まります。(メタバース)のテクノロジーが一度定着してしまえば、全体に変更を加えることは極めて難しくなるでしょうね」
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)