マイクロソフトのテクニカルフェロー、アレックス・キップマンが2019年に「HoloLens 2」を発表。
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マイクロソフトが手掛ける複合現実(MR:Mixed Reality)は、現在のHoloLensヘッドセットを動かしているWindowsOSから離れ、技術的に大きな方向転換をしようとしている。こうした戦略の変更によって、端末のコストは下がり、複雑さは軽減されるものとみられるが、 HoloLensが最初に登場して以来、マイクロソフトが追求してきた戦略からは大きく逸れるだろう。
Insiderは先ごろ、マイクロソフトが2021年にHoloLens 3の開発を断念していたと報じた。関係筋によると、これは「完全な自己完結型コンピュータ」として動作するように設計された唯一の未来型MRヘッドセットだったという。マイクロソフト社内でHoloLens 3は「Project Calypso(プロジェクト・カリプソ)」と呼ばれていたが、このバージョンの開発を断念したことで、同社はサムスンとの提携や、クラウドベースのMRデバイスの可能性など、新たな方向性を模索することになった。
マイクロソフトは、アップルやフェイスブックの親会社メタなどのライバル会社と競い、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)の技術を消費者の間でヒットさせようとしている。マイクロソフトの現行のヘッドセット「HoloLens 2」は、ユーザーが見ている現実世界の視界にデジタル画像をオーバーレイ表示(重ね合わせて表示)するものだ。価格は3500ドル(約40万円)を超え、主に法人ユーザーを対象としている。
InsiderがマイクロソフトによるMRヘッドセット「HoloLens 3」の計画中止を報じると、同社のテクニカルフェローでMR部門トップのアレックス・キップマン(Alex Kipman)は 「ネットで読んだことを信じないでいただきたい」と否定した。
キップマンは「#HoloLensは順調に開発が進んでいます。インターネットで検索すると、#HoloLens2も(中略)計画中止などと報じられていますが(中略)最近確認したところ、無事に出荷されています」とツイートしている。
しかし、HoloLens開発計画の進捗を直接知る前述の関係者によると、「キップマンが言っていることはでたらめですよ。Calypsoは間違いなく開発中止です」という。「開発に関わっていた人たちは全員、別のプロジェクトへ異動になったり、会社を辞めたりしています。マイクロソフトはHoloLens 2に多少のマイナーチェンジを施して新製品としてリリースするかもしれませんが、それはCalypsoではありません」
マイクロソフトが計画していた「HoloLens 3」は、Windowsで動作する自己完結型のコンピュータという点では先にリリースされていた2バージョンと同じだったが、より頑丈で、バッテリー寿命が長く、屋外でも使用できるように設計されていたという。
しかしマイクロソフトは、サムスンとの共同事業で、オーストラリアのシドニーにあるビーチにちなんで名付けられた「Project Bondi(プロジェクト・ボンダイ)」など、他のプロジェクトに技術的リソースを割くためにHoloLens計画を中止した。
一方、サムスンとの共同プロジェクトで開発中の端末では、自分のポケットに入れたサムスンのスマートフォンがコンピュータのように機能し、スクリーン付きのヘッドセットを操るのだという。アップルが開発中だと以前から噂されているVRヘッドセットも、これと同じような仕組みだと言われている。
前述の関係者によると、マイクロソフトはWindowsで動くHoloLensと類似したヘッドセットの新バージョンをさらにリリースする予定は現段階ではないというが、それとは別に、クラウドベースのオフサイトでコンピューティングを行う、将来を見据えた最新鋭端末の開発を計画中だという。
マイクロソフトがこの端末をHoloLensという名称で開発するかどうかは明らかになっていないが、このプロジェクトはまだ非常に初期の段階であるとのことだ。「まだまったくの初期の計画段階なので、これから内容もガラッと変わる可能性もある」という。
マイクロソフトの広報担当者、 フランク・ショー(Frank Shaw)は、CalypsoとHoloLensの開発状況に関する最新の詳細についてはノーコメントだと述べた。Insiderが2022年2月初頭にHoloLens3の開発は中止になったと報じた際、ショーは「われわれのHoloLensは、MRやメタバースといった新しい分野向けの計画の重要な部分を占めている」と述べ、「HoloLens開発には今後も注力していく」と強調した。
マイクロソフトが初めてHoloLensを公開したのは、2015年1月に行われた新OS「Windows 10」を発表する大々的なイベントでのことだった。そのイベントでの発表内容は、HoloLensでWindows 10の特別バージョンを動かすというもので、開発者がヘッドセットでWindowsアプリを簡単に扱えるというものだった。しかし、複数の情報筋によると、今回のCalypsoの開発中止によってマイクロソフトはWindowsから離れ、次の拡張現実(AR)事業へ本格的に乗り出す可能性が高いという。クラウド版でどのOSが使われるかは不明であるが、サムスンの端末ではAndroidが使用される可能性が高いという。しかし、今後開発予定の端末を動かすOSとしてWindowsを採用しない場合、HoloLensを開発してきた開発者は、ソフトウェアの一部または全部をゼロから書き直す必要があると見られる。
マイクロソフトによるHoloLensの開発状況(ロードマップ)
Insiderは、過去10年に及ぶマイクロソフトのMRヘッドセットの製品開発の詳細なロードマップについても情報を得ている。
マイクロソフトが最初に開発に挑んだMR端末は、ブラジルの都市の名前にちなんで「Fortaleza(フォルタレザ)」と呼ばれていた。この端末はマジックリープ(Magic Leap)社のウェアラブルデバイスと同様に、ホッケーの円盤(パック)のような形をしたコンピューティング部分(コンピュータの脳に当たる部分)がゴーグル状のディスプレイとは別になっているもので、その丸い部分はベルトなどに装着して使用する。実現していればHoloLensになっていたかもしれないが、結果的には「実現不可能」と判断されて開発は中止となり、市場に出回ることはなかった。
次にマイクロソフトはウィスコンシン州の都市名に由来する「Project Baraboo(プロジェクト・バラブー)」に着手し、初代のHoloLensを2015年に発表。2016年にリリースした。これはヘッドセット本体にコンピューティング部分のハードウェアがすべて搭載された、最初の独立型MR端末だった。
最初のHoloLensをリリースした直後、マイクロソフトはHoloLens 2になるはずだった製品の開発を始めたが、それも中止になった。前述の関係者によるとキップマンは当時、新しい端末は最初のHoloLensから十分に改良されていないうえ、市場に競合も存在していないのだから新しい端末を急いで出す必要はないという考えだったという。最終的にHoloLens 2として2019年にリリースされたバージョンは、オーストラリアの都市の名を取って「Project Sydney(プロジェクト・シドニー)」と呼ばれた新しいプロジェクトから生まれた。
マイクロソフトは現在、220億ドル(約2兆5400億円)規模になり得る契約の一環として、米軍向けにHoloLensの技術をベースにしたカスタム製品を開発中だ。このプロジェクトは「Delaware(デラウェア)」と呼ばれ、端末本体は「Atlas(アトラス)」と呼ばれる。ユーザーの前面にコンピュータ部分をストラップで固定し、背面側にバッテリーが配置されている。
しかし、同社の従業員の証言によると、マイクロソフトはこのプロジェクトのスケジュールでも遅れが出ており、ブルームバーグが最初に報じた米国防総省のテストオフィスからの最近の報告では、マイクロソフトのシステムは 「戦闘用ゴーグルとして実用に耐えるレベルには到達していない」と言われている。
米軍用ヘッドセットIVAS(Integrated Visual Augmentation System:統合視覚増強システム)のテクニカルディレクターであるジェイソン・レニエ(Jason Regnier)は、2021年12月にYouTubeに投稿した動画の中で、このプロジェクトに関する最新情報に言及している。その中で彼は、米軍向け端末の最新バージョンは「市販されているものの中にこれに相当するものはないが、これは、ほぼHoloLens 3と呼んでいいだろう」と語っている。
軍のスポークスパーソンにコメントを求めたところ、そのような動画の投稿があったことは認識しているが、無許可で記録・放送されたものだと説明した。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・大門小百合)