ボーイング777-8と777-9旅客機。
Boeing
過去2年間、航空需要は歴史的な低水準にまで落ち込み、航空機業界のM&Aはほとんど行われなかった。
航空宇宙・防衛分野の投資銀行アルダーマン(Alderman & Company)の社長兼創業者であるビル・アルダーマン(Bill Alderman)はInsiderの取材に対し、「私は30年前にこの業界のM&Aに関わり始め、会社を興してから20年以上も経ちます。2021年は、そんな私のキャリア人生から見ても、航空機業界のM&Aが少ない年でした」と語る。
航空旅客需要は現在、パンデミック前の約8割まで回復しているとアルダーマンは言う。一部の専門家が予測するように、パンデミックが収まりエンデミック(地域的流行)に近い状態に移行すれば、2022年第4四半期には航空機産業の中小企業でM&Aが活発化するとアルダーマンはみている。
買収に走るサプライヤー
航空機業界がコロナ禍から回復に向かい、M&Aが活発になると、特に多くを占めるようになるのが部品サプライヤーによる戦略的買収だとアルダーマンは言う。航空機の生産が回復するのに備え、部品サプライヤーは財務基盤を強化しておく必要があるが、利益の上がる買収を行うことで体制を整えられる。
デロイト・コンサルティング(Deloitte Consulting)の航空宇宙・防衛分野の責任者を務めるジョン・コイケンドール(John Coykendall)も、航空機業界では部品サプライヤー間の統合が進むとみている。
サプライヤーの顧客であるボーイングやエアバスは以前、コックピットの各部品をそれぞれ別のサプライヤーから購入していた。しかし現在では、1社のサプライヤーにのみすべてを発注することが多い。サプライヤーの合併が増えているからこそ、そのような依頼が可能になるのだ。
都市上空や宇宙にテイクオフ
コイケンドールによると、航空機業界の回復に伴い、特にM&Aがさかんになると見込まれているのは、次世代のアーバン・エア・モビリティ(都市航空交通:UAM)や宇宙産業向けの航空機スタートアップ分野だ。eVTOL(電動垂直離着陸機)の開発を手掛けるスタートアップ数社が2021年、SPAC(特別買収目的会社)を通じての上場を果たしたが、こうした上場は当面続くだろうとコイケンドールは言う。
どのビジネスモデルが成功するのかを見極めるには時間がかかるため、ボーイングやエアバスのような企業が都市航空交通のスタートアップをただちに買収する可能性は低い。スタートアップが頭角を現すと、買収に動くのはOEM(他社ブランド製品を製造するメーカー)だとコイケンドールはみている。
OEMはeVTOLスタートアップに投資を行っており、成長する市場に確実に参入することで、テクノロジーの進歩による恩恵を受けようとしている。
一方、ボーイングは2022年1月、空飛ぶ自動運転タクシーを開発しているスタートアップ、米ウィスク・エアロ(Wisk Aero)に4億5000万ドル(約520億円)を追加出資した。ウィスク・エアロは、ボーイングと空飛ぶ車を開発する米キティホーク(Kittyhawk)との合弁会社として2019年に設立され、空中ライドシェアサービスの運用を目指している。
多くのM&Aが株式市場外で
航空機分野に特化したベンチャーキャピタルの米レビテイト・キャピタル(Levitate Capital)でシニアアソシエイトを務めるダリオ・コンスタンティン(Dario Constantine)によると、ボーイングとウィスク・エアロとの提携スキームのように、航空機業界の今後のM&Aの取引は主に株式市場の外で行われると見込まれる。
2021年は、アメリカのジョビー・アビエーション(Joby Aviation)、ドイツのリリウム(Lilium)、アメリカのアーチャー・アビエーション(Archer Aviation)といった都市航空交通のスタートアップがSPAC上場を果たした。その市場の反応を受け、投資家がバリュエーションや必要資本、収益化までの時間についての見通しを再考するようになったことが、株式市場外でのM&Aにつながっているのだ。なお、上述3社のスタートアップの株価は上場後、大幅に下落している。
ボーイングがウィスク・エアロへの賭けのような投資を続けられる背景には、現在、巨額の資金が市場にあふれていることがある。だが、ひとたび金利が上昇すれば、収益を上げていないスタートアップは資金調達が難しくなるとコンスタンティンは指摘する。他社との競争を優位に進めるためには、高度な技術開発が重要だ。
モルガン・スタンレーの航空宇宙・防衛分野のエクイティリサーチ部門長であるクリスティン・リワグ(Kristine Liwag)は、ボーイングによるウィスク・エアロへの事業投資のようなスキームは今後も見られると予想している。これは、老舗企業が宇宙、防衛技術、都市航空交通などの分野で、新たな技術を確保しようとするためだ。
また、大手の航空宇宙企業は、ロッキード・マーティン・ベンチャーズ(Lockheed Martin Ventures)のようなベンチャーキャピタル部門をこぞって設立し、技術開発への投資も活発になると見込まれる。
反トラスト法強化と投資規制で大型M&Aは減少へ
バイデン政権下、連邦取引委員会(FTC)による反トラスト法上の監視が強化され、大型M&A件数は減少傾向にある。航空宇宙業界でも大規模なM&Aや大企業間の統合が行われることはないだろうと予測するのは、航空宇宙業界のブティック系コンサルティング会社、米エアロダイナミック・アドバイザリー(AeroDynamic Advisory)でマネージングディレクターを務めるリチャード・アブラフィア(Richard Aboulafia)だ。
2022年1月25日、FTCは、防衛企業大手のロッキード・マーティンが44億ドル(約5000億円)で同業エアロジェット・ロケットダイン(Aerojet Rocketdyne)を買収する計画を阻止する訴訟を起こした。FTCが防衛企業の合併を提訴するのは数十年ぶりのことだ。
M&Aへのさらなる逆風は、国境を越えた買収に尻込みする企業が多くなったことだとコイケンドールは言う。仮に、アメリカの航空機企業がヨーロッパの企業を買収しようとしても、もしその企業が防衛関連の技術を保有もしくは開発しているとすれば、その国の政府が介入してくる可能性がある。
航空機業界のM&Aは、パンデミックやその状況次第で変動する航空需要に大きく左右されるものの、アナリストは2022年末から2023年にかけて、業界でのM&Aが盛んになると見込んでいる。
(翻訳:西村敦子、編集:大門小百合)