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北京冬季オリンピックが2月4日に開幕し、熱戦が繰り広げられている。新型コロナウイルスの変異株オミクロン型が広がり、厳戒下での開催ではあるが、2008年の夏季大会に続き開会式の総監督を務めた張芸謀(チャン・イーモウ)氏によるシンプルかつメッセージが伝わりやすい演出が、中国の若者たちに支持され、五輪ムードが一気に高まった。
「盛大、過剰」から「簡素、コンパクト」へ
「2008年の北京夏季五輪は、中国民族100年の夢を体現する場だった。初めての機会でもあったし、表現したいことが多すぎた。今回は『簡素』に、より小さな労力で大きな効果を心掛けた」
4日の開会式を終え、チャン氏はメディアにそう説明した。
2008年の五輪は、中国が大国の仲間入りを果たしたことを誇示するイベントであり、装置も演出も盛大、ややもすれば過剰だった。中国体操界のレジェンド選手がワイヤーで宙を舞いながら巨大な聖火台に点火し、祖国を称える歌を披露し絶賛された少女は後に口パクだったと判明した。
2022年の冬季五輪開会式は、コロナ禍や寒さの影響もあるだろうが、短くコンパクトになった。チャン氏が「開会式のパフォーマンスのほとんどは忘れられていくが、点火シーンは歴史に残る」と重視する聖火の点火も、トーチがそのまま聖火台になり、揺らめく炎は消えそうなほど小さかった。
会場近くの河北省に住む小学校教師の王夢夢さん(27)はテレビで点火シーンを見て、「あまりにも質素」とがっかりしたという。しかし翌日チャン監督のインタビューを見て、「環境のためだと知って、共感した」と話した。
有名人起用せず庶民の文化発信
開会式総監督のチャン氏は、環境に配慮した聖火への点火を選択したと話した。
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チャン氏は聖火への点火について、「火を使わない方法もIOC(国際オリンピック委員会)に提案したが受け入れられなかった。だから小さな火にした」と明かした。2008年の北京大会で、大きな聖火台に火をともし続けるために大量の燃料を消費した反省もあったという。
王さんは開会式を見るまで、競技を楽しむ気分ではなかった。中国では年明けから感染がじわりと広がり、スキーやスノーボードの競技が行われる河北省でも感染者が出ていた。五輪開催と感染対策の2つの理由から、学校の冬休みは例年より長く、王さんも1カ月半に及ぶ“史上最長の休み”を過ごしている。
しかし、「退屈だけど、うちの近くでも感染者が数人出ていて外出もしづらい。五輪反対というわけではないけれど心配」という不安感は、開会式が進むうちに和らいでいった。
王さんの心をとらえたのは、開会式冒頭の大勢の人が踊る「広場ダンス」のパフォーマンスだ。広場ダンスは中国の最も大衆的なダンスで、夜になると至るところで中高年の女性たちが踊っている。リズムも動きも単純で、通りで見かけたら飛び入りで加われる。
庶民の文化が芸術に昇華され、世界に発信されているのを見て、自国開催の実感が湧いてきたという。
リハーサル参加のために4回のPCR検査
開会式は二十四節気にちなんで24から始まり、春の訪れを表す演出で締めくくられた。
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「会場で見た立春のパフォーマンスは、テレビで視聴するよりずっと美しかった」
北京の大学院で学ぶ楊麗さん(仮名、27)は、大学の呼びかけに応じて1月30日に開かれたリハーサルに参加した。感染対策は非常に厳しく、リハーサルの48時間前、24時間前にPCR検査を受け、終了後3日目、7日目にも検査した。情報漏れを防ぐため、スマートフォンの持ち込みは禁止された。
カウントダウンが「24」から始まった時、楊さんは開会式の2月4日が旧暦の二十四節気の「立春」に当たることに気づいた。
「(2月19日ごろの)雨水から大寒までの季節の移り変わりと、オリンピックのテーマ性が重なり、緑色の光に包まれながら春が到来するパフォーマンスにとても感動した。実際の開会式では、24回目の冬季オリンピック、20時4分に開会式が始まり、21時24分に中国選手団が入場したと、SNSで大盛り上がりした」
大会組織委員会はぎりぎりまでチケットの一般販売を検討したが、北京でもオミクロン感染者が確認されたことで、大会直前に招待客のみの観戦に限定すると決めた。楊さんは「会場は寒かったけど、リハーサル参加者のために帽子、手袋、ブランケットが準備されていた。ボランティアは礼儀正しく、ニコニコしていて温かい気持ちになった」と誇らしげに話し、「本当に幸せな時間だった」と振り返った。
開会式のパフォーマンスに有名人は登場しなかったが、中国人の生活に密接に関係する要素が随所に盛り込まれ、自国の視聴者を飽きさせなかった。
監督はメタバースにも関心
開会式では中国の色彩がふんだんに盛り込まれた。
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チャン氏は1980年代から映画監督として国内外で実績を重ね、北京五輪時には既に世界的な名声を得ていた。一人っ子政策が廃止される前の2014年には再婚した妻との間に3人の子どもがいることが発覚、1億円を超える罰金を命じられ、“上級国民”とバッシングを受けた。
しかし芸術家としての地位が揺らぐことはなく、2016年9月に杭州市で開かれたG20首脳会議、2018年平昌冬季五輪の閉会式で行われた北京冬季五輪への引継ぎ式典と、国の威信を賭けたイベントで演出責任者を務めてきた。
北京冬季五輪の開幕式は、大国の自尊心を前面に押し出した2008年の夏季五輪からの修正、進化も見られた。チャン氏が「世界の視点を大事にした」と語った通り、中国要素をふんだんに取り入れつつ、環境配慮やダイバーシティなど社会の潮流を意識したメッセージを発信した。そして「低炭素」「簡素」な開会式を支えたのが、人工知能(AI)、拡張現実(AR)、5Gなどの最新テクノロジーだ。
「雪の結晶」の演出では、1万平方メートルの会場を走り回る子どもたちの動きをリアルタイムでデータ化する「モーションキャプチャー」技術を使い、子どもの動きに合わせて星や雪の結晶を映し出した。
過去の大会を氷にレーザービームで描き、最後に氷が割れて五輪の輪が現れる演出は、200人以上のスタッフが2年近くシミュレーションを繰り返してきた。
チャン氏は2015年に設立されたVRコンテンツスタートアップに出資し、共同創業者に名を連ねている。同スタートアップは最近、インテルやスマホメーカーシャオミ(小米)の出資を受け、メタバースビジネスにも参入した。
70歳を超えても時代が求めるコンテンツを追求し、テクノロジーを積極的に活用するチャン氏を今大会で最も評価したのは、中国のZ世代だった。開会式が終わるとSNSでは「私たちは永遠にチャン監督を信じる」「チャン監督は中国人のロマンを世界に見せた」とのハッシュタグがトレンド入りした。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。