孫正義氏とソフトバンク・ビジョン・ファンドのラジーブ・ミスラCEOは、投資家からの強烈なプレッシャーに晒されている。
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ソフトバンクグループが運用する1000億ドル(約11兆5000万円)投資ファンド、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)は、ベンチャーキャピタル業界における異次元の規模を持つファンドとして登場した、と話すのは、銀行出身の同ファンド運用責任者、ラジーブ・ミスラ(Rajeev Misra)CEOだ。
「SVFは、IT投資エコシステムにディスラプションをもたらしました。それまでのファンドの規模は、せいぜい10億ドル(約1150億円)か20億ドル(約2300億円)でしたから」とミスラは、2022年1月に開催されたニュースメディア、アクシオス(Axios)主催のイベントで語っている。
2017年にソフトバンクグループがスタートアップに投資するメガファンドの設立を発表するまで、ベンチャーキャピタル業界は「一種の家内産業」だった、とミスラは言う。
SVFは、その巨額の資金と高額のバリュエーションで、ベンチャーキャピタルを震撼させた。しかし、SVFによる投資判断に対する眼は、ますます厳しくなっている。
ソフトバンクグループの株価は、2021年3月の高値約1万円から、ほぼ半値に下落した。同社創業者の孫正義は、株価急落を「冬の嵐」と表現した。
株価急落の最大の要因は、SVFが保有する最大にして最重要の銘柄、中国の大手Eコマース会社アリババだ。SVFは2021年度の上期、同ファンド史上最大となる8792億円の損失を計上した。同ファンドが保有する複数の上場銘柄の株価急落に加え、アリババの株価下落が一層の打撃を与えた。
ソフトバンクグループは2022年2月8日に同第3四半期(2021年9月~12月)の決算を発表し、イギリスのチップ設計会社アーム(Arm)をエヌビディア(Nvidia)に売却する超大型ディールが不成立に終わったと発表した。
ソフトバンクグループは2020年9月、400億ドル(約4兆6400億円)でアームを売却する決定をしたが、規制当局からの強い圧力によって、このディールの成立は不可能となった。
第3四半期におけるソフトバンクグループの純利益は590億円と、前年同期の利益1兆1700億円から大幅に減少した。
経営面では、ソフトバンクグループが最も頼りにしてきた幹部のひとりマルセロ・クラウレ(Marcelo Claure)が、報酬を巡る対立から退任した。
ソフトバンクグループによるスタートアップへの大型投資は続いている。2022年1月に行われたメディアイベントでミスラが語ったことによると、SVFの第2号ファンド「ビジョン・ファンド2」は、過去2年間で合計520億ドル(約5兆9800億円)の投資を行い、過去12カ月においては180の企業に1社平均2億ドル(約230億円)を投資したという。
中国問題
ソフトバンクグループの中国投資は、同社株主にとって大きな関心事だ。
創業者の孫正義にとって、SVF初期に2000万ドル(約23億円)をアリババに投資して以来、中国はチャンスの国であり続けた。
しかし、中国の将来性は、IT企業に対する規制強化によって不透明となっている。例えば、配車サービス企業のDiDi(滴滴出行)は、中国当局の圧力によって、2021年12月にニューヨーク取引所における上場の取り消しを余儀なくされた。同社は香港での再上場を目指している。
ソフトバンクグループの株主の一社コムジェスト(Comgest)のポートフォリオ・マネジャー、リチャード・ケイ(Richard Kaye)は、ソフトバンクグループ株価下落の「主たる要因は、中国という刺客」だと言い、次のように続ける。
「直近で発表されたソフトバンクグループの利益が芳しくなかった原因は、中国への投資にあります」
SVFの約20%が中国企業に投資されており、規制強化が続けば、当面、こうした投資先から利益を上げるのは非常に難しいだろう。そう語るのは、ニュー・ストリート・リサーチの株式リサーチアナリスト、ロルフ・バルク(Rolf Bulk)だ。
とは言うもののバルクは、中国投資から全面的に撤退しなければならないほど同社が「資金不足」に陥っているわけではないだろうと言う。
「(ソフトバンクグループは)中国投資を続けつつ、同時に今のペースで他の地域への投資も続けられます」
ミスラは、規制強化の問題はあるにせよ、ソフトバンクグループが中国から撤退する理由はないと言う。むしろ、規制強化による混乱が2022年後半には終わると想定し、投資チームの人員を増強したという。
しかし同時に、「ヨーロッパの重要性が増しており、われわれはヨーロッパへの投資を増やしています」とミスラは付言する。
SVFはロンドンを本拠としている。ヨーロッパのスタートアップ企業群は、アメリカや中国ほど大きくはないものの、大きな成長可能性を持っている、と多くの投資家が見ている。
市場の混乱を乗り切るための非上場スタートアップ投資
シドニーに本拠を置くMSTファイナンシャル(MST Financial)のシニアアナリスト、デイビッド・ギブソン(David Gibson)は、主に金利の上昇によって資本市場が弱気になり、市場の混乱が続く中、ソフトバンクグループは非上場の新興企業への投資を強化する方向に向かうだろうと言う。
「先月(2022年1月)、バリュエーションの高い複数のIT企業の格付けが大きく引き下げられ、それがソフトバンクグループにとって、短期的にも中期的にもマイナスとなっています」
ソフトバンクグループが短期的な嵐を乗り越えるためには、第1号ファンドと第2号ファンドから生み出される巨額の資金を、スタートアップ企業投資に充てるのがいい、とギブソンは言う。
「生み出した資金は、ビジョン・ファンド2を通じて、次の投資ラウンドに活用できます」
ソフトバンクグループは従来、プレIPOステージ(レイターステージ)にあったウーバー(Uber)やウィワーク(WeWork)などに数千億円を投資してきた。それが、緊迫した市場の中で投資家に不安を与えたのかもしれない。しかしミスラによると、SVFにおいて、投資判断はこれまで以上に慎重に行われているという。
バルクによると、ソフトバンクグループの株主からの主たる批判は、次のようなものだ。第1号ファンドは、スタートアップ企業のある調達ラウンドにおいてリードインベスターとなった後、同じ企業の次のラウンドにおいてもリードインベスターとなるため、バリュエーションの上昇が「人工的」と見られている。
「ソフトバンクグループは、リードインベスターとしてフォローアップ・ラウンドをリードすることは少ない、と株主に説明しています」とバルクは言う。
「ただし、タイガーグローバル(Tiger Global)や.セコイア(Sequoia)のような(大手VC)が次のラウンドでも投資を行うような場合には、希薄化を避けるために(ソフトバンクグループも)そのラウンドに参加することを選好します」
AIに賭ける希望
ソフトバンクグループの将来を占うのは、第2号ファンドの投資先かもしれない。
これまでのところ投資先は、メッセージング、ポップカルチャー、ポーランドのオンライン靴店、イベントチケット発行、教育などさまざまだ。
ソフトバンクグループの関係者によると、第1号ファンドと第2号ファンドの違いは、第2号はAIによるディスラプションがまだ起きていない業種にAIを導入するスタートアップに注力している点だ。
孫氏はこれまで、AIをあらゆる業種に導入することを常に同社の投資戦略の核としてきた。孫氏が300年計画の中で述べているように、次の産業革命はAIがリードすると予測しているからだ。コムジェストのケイはこう語る。
「ソフトバンクグループは、巨大な企業群の中心となるでしょう。長期的には、それらの企業の純利益がソフトバンクグループの連結利益に寄与するのです。孫氏が300年ビジョンを語ると、皆は笑います。しかし、それが彼の見方なのです」
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)