イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
米軍基地キャンプ・ハンセンを通じて沖縄でオミクロン株の感染が広がりましたね。沖縄だけでなく、米軍基地のある山口でも広がりました。私はどちらの県民でもありませんから私が怒るのはお門違いなのかもしれないが、マスクをつけずに繁華街を集団でうろつく米軍の動画にはさすがに怒りを覚えました。今後は運用を見直す、という米軍の人のコメントも見ましたが、疑わしいなと思ってしまいました。
今後も新しい変異株が出てきても、いくら厳しい水際対策をしようが意味ないんじゃないか、と思ってしまいます。
(ベルファイア、40代後半、会社員、男性)
コロナ蔓延で見えてきた構造的な差別
シマオ:ベルファイアさん、お便りありがとうございます! 今は日本全国がオミクロン株の猛威にさらされていますが、沖縄では2021年末から感染者が出始め、1月中旬は連日1000人以上の新規感染者に急増し、他県に比べて人口当たりの感染者数が突出していました。
佐藤さん:玉城デニー知事は1月2日の会見で、「県内のオミクロン株の感染拡大は米軍からの染み出しが大きな要因」だと指摘し、米軍の管理のずさんさを強く非難しました。米軍基地内でオミクロン株が蔓延していたにもかかわらず、彼らが基地の外を出歩いていたために、市中感染が広まったと指摘したのです。
シマオ:でも、どうして米軍はちゃんと規制してくれないんでしょうか?
佐藤さん:そこには「構造的な差別問題」が存在しているんですよ。
シマオ:構造的? どういうことでしょうか。
佐藤さん:日本とアメリカは日米安保条約の締結に伴い、日米地位協定を結んでいます。つまり、在日米軍に特別な権利を認めている訳ですが、それによって米軍兵士は通常の出入国管理法の適用から除外されています。米軍の身分証明書と旅行命令書さえ携帯していれば、パスポートやビザもいらないんです。
シマオ:自由に入国できてしまうんですね。
佐藤さん:はい、軍用機でダイレクトに在日米軍基地に入ることができます。今現在、日本に米兵が何人滞在しているかも分かりませんし、その行動をコントロールするような権限は持ち合わせていません。
シマオ:国と国とが決めたことですから、ある意味仕方ないのかな……。
佐藤さん:構造的というのは、それだけではありませんよ。以前、シマオ君に在日米軍専用施設の何%が沖縄県にあるか、という話をしましたね。
シマオ:えっと、確か70%でしたよね?
佐藤さん:そうです。沖縄県の面積が日本全体に占める割合は0.6%なのに、施設の70%が沖縄にある。その集中度合いが突出して高いことは計算するまでもありません。
シマオ:思い出しました! 都道府県を47人学級に例えた話ですね。クラスの中で、「沖縄君」は一人だけ月に21日も便所掃除当番をやらされている。でも、その理由は「お前の席が便所に近いから」だという……。たしかに、これでは差別だと感じてしまうのも無理はありません。
普天間基地の海兵隊は元々どこにいたのか
シマオ:日本政府はそうした沖縄の不公平感をなくそうとはしないんでしょうか?
佐藤さん:なくすどころか、歴史的に見れば、どんどん不公平の度合いが高まってきたというのが沖縄県民の実感です。
シマオ:なぜでしょうか?
佐藤さん:先ほどの米軍専用施設の割合ですが、サンフランシスコ平和条約が結ばれて日本が独立した1950年代には、本土が70%で沖縄が30%でした。それが、1972年に沖縄が返還された時点では本土42%、沖縄58%になっていた。そして先ほど述べた現状になっている訳です。
シマオ:どんどん沖縄に偏ってきていますね……。でも、過去にはさまざまな場所で基地反対運動などが起きていましたよね。どうしてそうなってしまったんでしょうか?
佐藤さん:むしろ、そうした運動の結果、基地の大半が沖縄になってしまったのです。
シマオ:なぜでしょうか?
佐藤さん:例えば、現在の普天間基地に駐留している海兵隊はかつて本土にいたんです。岐阜県各務ヶ原(かかみがはら)の「キャンプ岐阜」や、山梨県にあった「キャンプ・マックネア」(現在の陸上自衛隊北富士演習場)にいた部隊が、各地の基地反対運動の結果、沖縄に移されたのです。
シマオ:えぇ! でも、沖縄のほうだって受け入れたくなかったはずでは。
佐藤さん:当時の沖縄はまだ米軍施政下にありましたから、そうした声に左右される部分が少なかったのです。一方で、本土の基地反対運動に加担していた当時の野党やリベラル勢力は、沖縄への移転については無関心だったと言わざるを得ません。ですから、日本政府にも都合がよかったのは間違いありませんが、そうした野党側もまたこのことに対する責任の一端があると言えます。
シマオ:沖縄の人から見れば、本土の人たちがみんなして米軍基地を沖縄に押し付けたように見える訳ですね。それが構造化された差別ということか。
佐藤さん:そして今になって、米軍兵士からコロナ感染が広まった可能性が高いとなれば、それもまた構造化された差別に由来するものだということです。先の例えで言えば、便所から感染症が出やすいと分かっているにもかかわらず、相変わらず何の対策もとらずに掃除を沖縄君に押し付けているのですから。
シマオ:ひどいですね……。
佐藤さん:そもそも、日米安保条約に基づく同盟国だから、日本国内に米軍基地を置いている訳ですよね。いざとなった時に米軍は日本を守ってくれるはず、日本に来るなら米兵は日本の規則を守ってくれるはず、そういう性善説に基づいて、基地や兵士の滞在を受け入れているのが建前です。でも、もしそうでないならば、日米同盟は本当に機能するのかという根源的な問いにつながりかねません。
日本にも「民族問題」があると認識することが大切
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シマオ:そうした差別を是正することはできないんでしょうか?
佐藤さん:現時点で有効な解決策は見当たりません。沖縄県民の感情から言えば、まずは基地負担を均等にせよということになるでしょうが、今さら本土に基地を戻すことは難しいでしょう。そもそも、基地問題やオミクロンの問題は表面的な症状です。例えば、皮膚に吹き出物ができたとして、その原因が内臓疾患にあるとすれば、表面的に軟膏を塗布したところで根本的な解決にはなりません。
シマオ:では、本質的な原因とは……。
佐藤さん:現在の政治リーダーやマスコミなどに、この問題が「民族問題」であるという認識が全くないことです。
シマオ:民族問題? 世界ならいざ知らず、日本でですか?
佐藤さん:沖縄の問題は、中国における新疆ウイグル自治区の問題や、イギリスにおけるスコットランドの独立運動などと同じ民族問題なんですよ。実際、沖縄の新聞を見ていると、それらの問題に対する関心は非常に高い。
シマオ:では、いずれ沖縄も独立運動……なんてことになるんでしょうか。
佐藤さん:現時点においては独立論者はごく少数です。ただし、日本政府がこのまま態度を変えず、沖縄に強い政治リーダーが現れて自己決定権の回復を訴えたりすれば、可能性もなくはないでしょう。
シマオ:なるほど……民族問題と捉えた際に、僕らにできることはあるのでしょうか?
佐藤さん:沖縄人の置かれている立場をよく知ることです。最近の名護市長選で当選した渡具知武豊(とぐち・たけとよ)氏は与党の推薦で、辺野古移設を黙認する立場でした。それを受けて、沖縄の人たちの「諦めの気持ちだ」と評した全国紙がありましたが、やはり沖縄人の感情が分かっていないと感じます。諦めたのではなく、我慢を強いられているというのが実態でしょう。
シマオ:報道する側も勘違いしている、と。
佐藤さん:しかも、構造的であるがゆえに、当の内地人(ヤマトゥンチュ=本土の人たち)は、自分が差別していることに気づいていない。私は母が沖縄人であるがゆえにそのことが皮膚感覚で分かります。だからこそ、それを言語化して伝えようとしています。
シマオ:簡単な解決策はなさそうですが、まずは無意識の差別構造があることに気づくことが大切なのですね。僕も引き続き勉強していきたいと思います。ベルファイアさん、ご参考になりましたでしょうか?
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は2月23日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)