今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
ANA、ヤフーが社員の国内の居住地制限を撤廃するなど、働く場所を自由にする企業が増えてきました。
このような時代に会社のあり方と個人のライフスタイルはどのように変化するでしょうか。複数拠点生活に強い興味を持つ入山先生がこれからの会社と個人のライフスタイルについて解説します。
【音声版の試聴はこちら】(再生時間:13分18秒)※クリックすると音声が流れます
旅をするように生きていく時代に
こんにちは、入山章栄です。今週も気になるニュースについて、皆さんと一緒に考えていきましょう。
BIJ編集部・小倉
最近、ANAがテレワークを全社員に解放したそうです。いよいよテレワークが定着して、どこに住んでいても働けるような時代になってきました。
第81回でも伺いましたが、改めて個人が地方に移住したり、地方に会社を置いたりすることのよさについて教えてください。
そういえば、ヤフーも飛行機通勤OKになったんですよね。もはやわれわれは、どこへ行ってもそれなりに働けるようになってきました(もちろん現場がある方は別ですが)。僕もノートパソコンが一つあれば、だいたいどこでも働ける環境になっています。
BIJ編集部・小倉
でも入山先生は、地方への移住は考えていませんよね?
そうですね。でも実をいうと僕は移住というより、複数拠点生活に興味津々なんですよ。
住む場所が自由に選べるとしたら、ポイントは「個人としてどうやって生きていきたいか」。自分がどう生きたいかということと、働き方をマッチングさせるのがポイントだと思います。
僕はアメリカに10年住んでグリーンカード(永住権)も持っていたけれど、それでも日本に帰ってきました。僕は生粋の東京っ子なので、やはり東京に住んでいたかったからです。
とはいえいろいろなところに行くのも好きで、東京以外にも日本中・世界中で気に入っている都市がたくさんあります。
軽井沢にも拠点を持っていますし、コープさっぽろの理事をしている関係で、月に1度は札幌に行く。
札幌では大きな家が東京とは比べものにならない安さで買えますから、「札幌に2軒目を持とうかな」と思うこともあります(笑)。
それから京都市のアドバイザーを務めるくらい京都が好きですし、沖縄の石垣島あたりにも住んでみたい。
また海外ではパリが好きなので、そのうちパリの研究機関に籍を置こうかと思っています。
だからコロナさえ収まれば、東京、パリ、京都、札幌、あとは無理やり仕事をつくって石垣島、それからいま家族の住んでいるフィリピンのマニラ、そして家族が戻ってきたら軽井沢をぐるぐる回ろうかと計画しています。
ライター・長山
複数拠点生活ということは、洗濯機とか冷蔵庫とか布団とか、生活に必要なものを複数所有して、拠点ごとに設置するんですか? かなりお金がかかりそう。
そうですね。そういう意味では、これから家具・家電付きのレジデンスやシェアハウスが流行るでしょうね。これからは空き家が増えるので、賃貸物件も増えるでしょう。
僕は、「旅家(たびいえ)さん」という人の「旅する家の物語」というYouTubeチャンネルをよく見ています。
軽トラックを改造し、荷台を居住スペースにして旅をしながら生活している様子を映像化しているもので、すごく人気なのですが、この方式なら洗濯機も冷蔵庫もいらないんですよ。
洗濯はコインランドリーに行けばいい。風呂は日本中にいい温泉がいっぱいある。食べ物はコンビニで買えばいい。
ライター・長山
身軽でいいですね。じゃあ、もしクルマが家になるとしたら、住民票はどうなるのでしょう。
将来的には、スマホのIDが住民票になればいいと思いますよ。
アフリカがもはやそうなってきているようです。アフリカは「定住」「家」という概念が弱いところもあるので、住所のない人や、あるいは住所があっても定住していない人もいる。
でも現代では、アフリカでも多くの人がスマホを持っているので、スマホが身分証明であり、住所代わりになっているのです。
スマホがあればGPSをたどって自分宛ての荷物を届けてくれるサービスも出てきています。
僕はこれからの時代は、移動しながら生きるスタイルが普通になると思います。なぜなら人類はもともと移動する動物だから。
アフリカでホモサピエンスが生まれて、グレードジャーニーで世界中に拡散したあとも、旧石器時代くらいまでは移動している。
定住を始めたのは米作りと麦づくりが始まってからで、まだ1万年くらいの歴史しかないわけです。
農耕が始まってからも、モンゴル民族などに代表されるように、人類の半分くらいは文字通りノマド(遊牧民)だった。移動して生活するのって、実は普通のことなんだと思いますよ。
BIJ編集部・小倉
やってみたら、意外と人間の本能に合っているかもしれません。個人でそういう生活を選ぶ人も増えていくでしょうね。
会社も東京に本社を置く必要はない
BIJ編集部・小倉
個人が移動する一方で、会社も賃料の高い東京にある必要がなくなっていますよね。
例えばすべてリモートで働けるIT企業とか、テレアポや営業代行の会社などは、都内にオフィスを構える意味ってあるのかな、と思ってしまいます。
おっしゃる通りです。いままで大企業は必ず本社を東京に置いていましたが、これからの会社は別にどこにオフィスを構えたっていい。むしろオフィスそのものが不要かもしれません。
僕はこれから、会社のあり方は相当変わると思います。
実は僕がサポートしているベンチャーが、最近都内で本社を移ったんです。それにあたってはいろいろと議論がありました。
まずこれからはリモートワークがメインになるから、本社に全員が毎日通うことは、もうない。それならバーチャル本社でも十分かもしれない。
ですからこれからは物理的な本社を廃止して、「このURLが本社です」という会社も出てくると思います。
でもそのベンチャーでは、たまにみんなが集まって結束力を強めるため、「リアルならではの五感」で感じるようなコミュニケーションの場所はほしいということになった。
そこで僕は、それには何かシンボルになるものが必要だといったんです。
「本社に行ったらこれがある」という、触ったり、じかに見ることができる象徴的なもの。
例えば早稲田大学には大隈講堂があり、慶應大学には旧図書館があるように、歴史や文化を象徴的するものがあるといい。そのために本社を残しておくという会社もあると思います。
さらに、あえて戦略的に地方に本社を置く会社も出てきています。ズバリ言うと、キャンプ用品のスノーピークがそうですね。
BIJ編集部・常盤
スノーピークは確かに新しい本社をつくりましたね。
実は先週、僕の授業でスノーピーク会長の山井太さんに早稲田大学ビジネススクールで講義をしていただいたんです。
山井さんは新潟の燕三条の本社を大事にされていて、「本当のスノーピーカーはここに来るんです。聖地です」とおっしゃっていた。
だから第三の本社の使い方は、ファンにとっての「聖地」にすることです。
ほかにもそういう会社は出てきていて、例えば音楽事務所のアミューズも、富士五湖の西湖に本社を移して「アミューズビレッジ」をつくった。
ここでライブなどを行い、ファンにとっての聖地にするという戦略です。
これからの本社は4パターン
話を整理すると、僕が考える、これからの本社のあり方は4パターンあります。
1つめは、バーチャル本社で十分だから、物理的なオフィスは構えません、というパターン。
2つめは、本社に行かないと見たり触ったりできない象徴的な何かを置くパターン。
3つめは、聖地にするために戦略的に地方や郊外に本社を置くパターン。
そして4つめは、まだ誰も実現していませんが、移動する本社です。
移動する本社というのは、「旅家さん」のように、クルマ自体が本社というようなイメージです。社長の滞在先がすなわち本社になる。
だからクルマ=オフィスでもいいのですが、実はクルマよりも船のほうが居住性が高い。
僕も実はお金さえあればプレジャーボートを所有して、船に乗って生活したいくらいです。いずれは船が本社だという会社も出てくるのではないでしょうか。
「COTEN RADIO(コテンラジオ)」という人気Podcastを聞いていたら、「チンギス・ハーンのモンゴル帝国は、チンギス・ハーンと一緒に国ごと移動していた」という話をしていました。
なにしろ遊牧民だから定住という概念がなく、「チンギス・ハーンと一緒にみんながいまいるところが国だ」という考え方だったそうです。
こんなふうに、「日本中を移動している社長がいまいるところが本社だ」という会社もやがて出てくるに違いありません。
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。