「患者さん」「信頼関係」「社会的評価」——武田薬品工業に聞く「利益と同じように考えるべき3つのこと」

日本でも「ESG経営」や「SDGs」といったワードが浸透してきたが、一方で見せかけの取り組みを示す“ウォッシュ”と呼ばれる動きも指摘されている。世界の企業はESG経営をどのように捉え、何を実践しているのか。グローバル戦略を進めてきた武田薬品工業のチーフ グローバル コーポレート アフェアーズ オフィサー大薮貴子氏と、ESG経営の第一人者として知られる夫馬賢治氏に語り合ってもらった。

広がる「ESG経営」と、日本企業の現在地

大薮貴子氏と夫馬賢治氏

武田薬品工業のチーフ グローバル コーポレート アフェアーズ オフィサー大薮貴子氏(右)と、ESG経営の第一人者として知られる夫馬賢治氏(左)

──日本でもESG経営を掲げる企業が増えてきました。日本企業の現在地を教えてください。

夫馬賢治氏(以下、夫馬) 世界でESGを重視する動きが始まったのは約10年前です。ESGの取り組みはロングジャーニー(長い旅)であり、いまも進化を続けているところです。一方、日本ではようやく2018年ごろからESGという言葉が認識され始めた。ESGという言葉を咀嚼して、経営戦略やガバナンスの肝に入れるという意味では、まだ途上にあります。

大薮貴子氏(以下、大薮) 私は現在、武田薬品工業(以下、タケダ)のグローバル コーポレート アフェアーズを統括しています。その中の機能の1つにコーポレートコミュニケーション(広報)があり、日米欧の報道に目を通すことが日課になっています。私が本質的な変化を感じたのは、アメリカの主要メディアがESG経営を堂々と語り始めた2019年です。単なるトレンドではなく、世界が根本的に変わるのだと分かりました。

夫馬 本気度の目安になるのは、各社が出している長期目標です。ESGを経営戦略の中に位置づけているとしても、どの程度の目標値を設定しているのかで、その会社のレベルが分かります。カーボンニュートラルでいえば、いまや「2050年達成」は遅い。海外の企業はさらに一段高い目標を設定しています。日本企業は2年遅れくらいのレベル感ですね。

その中で、タケダは2040年に自社が排出するCO2をネットゼロに、上流と下流のサプライヤーによる間接排出量を50%削減(2018年比) し、削減しきれなかった排出量をカーボンオフセットで相殺してカーボンニュートラルを達成することを宣言しています。ギアを一段、上げてきましたよね。

大薮 地球の資源を使わせてもらっている一企業市民として環境問題に取り組むのは当然ですが、タケダには2つ理由があります。1つは、気候変動が人々そして患者さんの健康に影響を与えるからです。世界保健機関(WHO)は2021年10月、「気候変動と健康に関するWHO COP26特別報告書」の中で、気候変動は人類が直面する唯一最大の健康上の脅威であると断言しています。当社では、約50万人が入院し、死亡者数が2万人以上に上るとされるデング熱に対してワクチンの承認を目指しています。つまり、気候変動対策はまさに「患者さんのため」になることであり、タケダとして積極的に取り組まなければならない、最優先事項の一つです。

もう1つは、ミレニアル世代の影響力です。タケダには、各ビジネスファンクションやリージョンからミレニアル世代を集めた「ミレニアル・アドバイザリーボート」というグループがあり、四半期に1回、経営陣と意見交換をしています。カーボンニュートラルの目標も、このグループが気候変動問題への思いをトップにぶつけた結果、より意欲的なものになった経緯があります。

「ESG」を経営から現場まで浸透させるには?

大薮貴子氏

大薮貴子(おおやぶ・たかこ)武田薬品工業のチーフ グローバル コーポレート アフェアーズ オフィサー。グローバル・コーポレート・コミュニケーション(広報)、グローバルCSR(コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ)、グローバル・パブリックアフェアーズ(渉外)、グローバルセキュリティーそして危機管理およびサステナビリティを統括。 これまで、国内外で様々な業界のコーポレート コミュニケーションに従事。先進国と新興国市場においてグローバルブランドの確立を牽引。 国際基督教大学で政治学の学士号を、コロンビア大学の国際公共政策大学院で行政学の修士号を取得。

──ESGが浸透する一方で、“ウォッシュ”と呼ばれる表面的な動きが懸念されています。

夫馬 日本企業の多くは、「投資家が気にし始めているから我が社も動かないとマズい」と感じたところからESG経営への着手が始まりました。そのためこれまで社内でやってきた取り組みの中からSDGsに役立っていることを探して、「うちは環境問題に取り組んでいる」「ダイバーシティはこれだけ進んだ」というアピールに終始する傾向がありました。

しかし、そうしたアピールで会社や事業が本当に持続可能なのか。客観的に見れば、できているところだけを取り出して満足しているのは危険です。日本企業も、事業の在り方を根本的に変えないと持続できないことにようやく気づき始めました。この1~2年で脱ウォッシュの動きも見えてきたのではないでしょうか。

大薮 私たちはサステナビリティを「Purpose-led Sustainability」、つまり自社の存在意義を達成するためのものと位置づけています。患者さんを含めたステークホルダーの期待に応え、製薬企業として社会的な課題を解決することです。企業はパーパスを果たすために事業をしていますから、サステナビリティもビジネスに融合していなければ意味がない。それが、企業として長期的なパフォーマンスをもたらすことと緊密に連携しているのです。

実は、私が今のチームを率いることになった2年前は、タケダでもCSRとサステナビリティのチームが一緒になっていました。慈善活動を通して我々の社会的意義を支えていくCSRは、引き続き重要です。ですが、CSRとの立ち位置の違いを理解してもらうために、現在はチームを2つに分けています。

夫馬 いくら寄付活動をしても本業で世界にマイナスの影響を与えていたらウォッシュと言われてしまいますから、2つを分けるのは賢いやり方です。実際、タケダは経営や事業にサステナビリティをどのように取り入れていますか。

大薮 2019年1月のアイルランドの製薬大手シャイアー社との統合がひと段落した後、今のタケダの姿に合わせて企業理念を見直して、「私たちの存在意義(パーパス)」「私たちが目指す未来(ビジョン)」「私たちの価値観」「私たちの約束」を策定しました。

このうち「私たちの約束」にESGの視点が組み込まれています。「私たちの約束」には患者さん(Patient)、ともに働く仲間(People)、いのちを育む地球(Planet)の3つの柱があり、それに対し、3つの要素──製薬業界を取り巻くメガトレンド(気候変動問題など)、マテリアリティ・アセスメント(サステナビリティにおける重要課題の特定)、経営陣が絶対に実現したいと思っていること──と掛け合わせて、優先事項を導き出しました。優先事項は、一般的な日本企業なら事業戦略に当たるものです。

ESGの考え方は、すでにこのように経営の中に浸透しています。次のステップは実践。いかに組織の隅々に埋め込んでいくのかが課題です。

夫馬賢治氏

夫馬賢治(ふま・けんじ) ニューラル代表取締役CEO。サステナビリティ経営・ESG金融コンサルタント。環境省、農林水産省、厚生労働省でESG関連の有識者委員を務める。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。著書に『ESG思考』『超入門カーボンニュートラル』等。

──ESGの中でも、日本企業は「G(ガバナンス)」の改革に戸惑っている印象があります。

夫馬 日本企業のガバナンスの理想像は、効率的な取締役会でした。議題をいちいち議論するのは非効率なので、取締役会にかける前に詰めておき、当日はたくさんの議題を処理するのです。過去の延長線上で判断していればいい時代は、阿吽の呼吸でよかったでしょう。しかし、変化が激しい時代に、効率重視では持続可能にはなれない。未来に向けてベターな判断をするには、多角的な視点で議論ができる取締役会が必要ですが、日本の大企業はそこが弱い。

大薮 タケダは2016年にガバナンスの制度設計を変えて、監査等委員会設置会社に移行しました。現在、取締役の国籍は6カ国。75%が独立社外取締役で、議長も社外の坂根正弘氏が務めています。執行側のTET(タケダ・エグゼクティブチーム)の19名は10カ国のメンバーで構成されていて、こちらも多様性が高い。多様な視点があるだけではありません。坂根氏は、CEOのクリストフ・ウェバーに取締役会では「必ずバッドニュースから報告してほしい」と求め、会議中、質問が活発に飛び交います。こうした場面からもガバナンスはしっかり効いていると思います。

夫馬 従業員のみなさんはいかがでしょう。日々の仕事でガバナンスはどのように浸透しているのでしょうか。

大薮 「タケダイズム」の中核をなすのが「誠実」(Integrity)という価値観です。タケダは約80の国と地域に社員がいますから、「誠実」と聞いて「ルールの中なら何をやってもいい」と捉える社員がいてもおかしくないでしょう。しかし、実際は「間違ったことは絶対にしてはいけない」という意味で理解されています。

なぜ浸透したのか。CEOがタケダイズムを行動指針に落とし込んだからです。行動指針は、「患者さんに寄り添い (Patient)、人々と信頼関係を築き (Trust)、社会的評価を向上させ(Reputation)、事業を発展させる (Business)」。これは順番が決まっていて、例えば患者さんに寄り添うことより他の3つを優先させると、「それは誠実ではない」と言われます。タケダでは、4つの頭文字をとった「PTRB」をビジネス判断の基準にするような文化ができています。現場でもカバナンスは効いていると言えます。

夫馬 PTRBは、さきほどおっしゃったPurpose-led Sustainabilityが息づいている証拠ですね。ESG経営は本質を見失ってウォッシュになりやすい。答えがない世界で意思決定に迷ったときに立ち戻れるのがパーパスです。タケダはパーパスをPTRBまで落とし込み、それを共通理解にして日々の業務レベルでサステナビリティを進めています。これは理想的な姿です。

──サステナビリティの課題は多岐にわたるため、1社で取り組むだけでは限界があります。タケダはサプライヤーを巻き込んだ取り組みにも注力されていますね。

大薮 サプライヤーとは1年に1回サミットを開催しており、当社のオフィシャルサプライヤーとして大事にして欲しいこと、価値観を説明しています。タケダからお願いすることもありますし、サプライヤー側から要望が出ることもある。脱炭素に関しては、ここで相当議論を重ねてきました。

おそらくどの業界でも、スコープ3のサプライチェーンの脱炭素が最も難しいのではないでしょうか。そのため、パートナーシップを大事にしています。タケダを含む製薬10社と手を組んで「Energize(エナジャイズ)」というプログラムに参加しています。

夫馬 サプライチェーン全体でサステナビリティに立ち向かう際は、業界全体で足並みを揃えて改革したほうがインパクトが出せる。Energizeは、業界全体でサプライヤーの脱炭素化を進めようという座組みですね。

気候変動で増える感染症、どう対処する?

医療専門家の受診を待つ人々

Getty Images

夫馬 製薬企業に今後期待されるのが、医薬品アクセスの向上です。新しい疾病や難治性の病気について、流通の面でも、価格の面でも届いていない層が世界中にいる。

今後、気候変動で感染症が増えると考えると、感染症の治療薬、検査薬、ワクチンが非常に重要になります。医薬品アクセスの問題については、タケダの進化に期待したいですね。

大薮 医薬品アクセスは本当に大事なテーマです。どんなに革新的な医薬品を作っても、患者さんに届かなければ意味がない。タケダもそこは意識して、医薬品アクセスのプログラムには注力しています。

経営陣が「革新的な医薬品が一人でも多くの患者さんに届く世界にしたい」という価値観を大切にしています。パーパスを大切にする企業ですので、医薬品アクセスについても期待してください。


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