ソフトバンクグループ(以下、ソフトバンクG)は、子会社の英半導体チップ設計会社、アーム(Arm)を米半導体大手エヌビディア(Nvidia)に400億ドル(約4兆6000億円)で売却する計画だったが、市場競争を阻害するとの当局の懸念を受けて断念した。アームの共同創業者の1人は「直感がまさった」と語る。
ソフトバンクGがケンブリッジを拠点とするアームを320億ドルで買収したのは2016年のことだ。当初ソフトバンクGは2023年にアームを再上場させる計画だったが、コロナ禍の影響で株価の下落スパイラルに陥り、売却発表を余儀なくされた。
アームの共同創業者、ハーマン・ハウザー。現在はアマデウス・キャピタル・パートナーズの共同創業者。
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アーム草創期にリーダー的存在だったハーマン・ハウザー(Hermann Hauser)はInsiderの取材に応じ、ソフトバンクGは規制当局からの圧力でエヌビディアへの売却を断念したが、この話はかねてから「やめた方がいい」と思っていたので再上場することになったのは正しい選択だったと思う、と話す。
「直感がまさったのだと思います。アームがエヌビディアに買収されるよりも、再上場の道を選んだことを嬉しく思います」とハウザーは語っている。
2016年、ソフトバンクGの孫正義会長兼社長は、未来に向けた自身のビジョン実現のために、期待を込めてアーム買収計画を進めた。将来的にはマイクロチップがあらゆる場所に埋め込まれてコネクテッドワールド(つながった世界)の一部を形成するだろう、この動きはAIによってさらに加速するだろうと考えた。
今回の売却計画撤回の決定は、孫氏自身が2022年2月8日に同社の第3四半期決算発表を行った際に発表した。規制当局にこの取引を「阻止された」と失望の意を口にした。
ハウザーは、アームの上場はロンドンで行うのが「好ましい」と述べたが、同社は以前ロンドンとニューヨークの両方の取引所で上場されていたこと、そして、ロンドンでこのような大型IPOが可能かどうかには疑問符が付くことを考えると、重複上場になる可能性が高い(編集部注:孫氏自身は2月8日の決算発表で「(アームの上場先は)ナスダックを中心とした米国を考えている」と発言している)。
ソフトバンクGは、エヌビディアから契約時に受け取った20億ドル(約2300億円)は返却しない。業界関係者から見れば、今回の売却断念は避けられない事態だったという。
ソフトバンクGは2016年に3兆円超でアーム買収を発表したが、運営するビジョン・ファンドの収益悪化などの要因から、2020年にはエヌビディアに売却することを決めた(写真は2016年7月28日撮影)。
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市場調査会社CCSインサイト(CCS Insight)のCEO、ジェフ・ブレイバー(Geoff Blaber)は、今回の取引は「初めから当局の厳しい監視と圧力に晒されて」いたため「取引が失敗に終わったのは驚くにはあたりません」と言う。
「規制当局を納得させながらも企業価値を維持し、400億ドルという価格を正当化する方法を見つけるのは、非常に難しいということが証明されてしまいました。アームをとりまくエコシステムにも深刻な影響が出ています」と同氏は言う。
このようにして企業のエコシステムに大きな影響が出ること自体、規制当局が今回の売却計画に懸念を持った主な理由でもある。
マイクロソフト(Microsoft)やクアルコム(Qualcomm)など、複数の企業がアームの半導体チップ設計のライセンスを保持している。アームとエヌビディアが合併して巨大チップ企業が生まれてしまうと、チップ設計のライセンスを保持する企業にとっての選択肢が狭まるのではないか、という懸念があった。
ブレイバーによると、2020年にアームをエヌビディアに売却する契約が締結されたとき、アームのライセンスを保有する企業は合わせて「過去3年間に年平均220億個のチップ」を出荷していたという。アームの設計の需要がいかに高いかを示す数字だ。
「予想されていたことですが、今回の合併に対しては反対意見が多く、アームの技術の戦略的重要性と独立性を維持することの重要性・必要性に注目が集まりました」と同氏は述べる。
ブレイバーは、IPOは「アームにとっては最善の道」だが、今回の売却断念は「ソフトバンクGにとって好ましい結果でないことは確実」だと付け加えた。
調査会社ラジオフリーモバイル(Radio Free Mobile)の創業者、リチャード・ウィンザー(Richard Windsor)は、再上場はアームにとって「最もシンプルな解決策」だと述べている。しかしソフトバンクGにとっては、ユースケースがさらに拡大する可能性のある投資フェーズを見越して、「飛ぶように売れているテック株」の市場に修正が入る間、もうしばらくアームを手放さないでいた方が賢明かもしれない。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)