先日、『ライフシフト』の著者であるリンダ・グラットン教授に独占インタビューをする機会を得ました。
実は、リンダ教授とはかねてから対話してみたいと思っていたのです。というのも、この連載の出発点にもなっている拙著『プロティアン』を書き上げた際に、念頭に置いていたのが他でもない『ライフシフト』だったからです。
『ライフシフト』が人生100年時代の「人生戦略」を提示したものなら、『プロティアン』は人生100年時代の「キャリア戦略」を具体的に示そう——それが執筆の大きな動機だったわけです。
インタビューでは、私自身がリンダ教授に直接聞いてみたかったテーマをぶつけ、教授から意義深い回答をいただくことができました。そこで得られた重要なポイントについて、これから何回かにわたり皆さんにお伝えしていこうと思います。
私たちの認識は「ステレオタイプ化」している
今回みなさんと共有したい問いは、これです。
どうしたら私たちは社会的開拓者(social pioneer)になれるでしょうか?
リンダ教授の新著『ライフシフト2』は読みましたか?「社会的開拓者」は、この『ライフシフト2』で示されているキー概念です。
社会的開拓者とはざっくり言えば、新しい社会のあり方を切り開く覚悟を持ち、行動し、自らの人生を紡いでいく人たちを指します。
この連載のコア概念になっている「プロティアン」は、社会変化に適合しながら変幻自在に自らを生き抜いていく人たちのこと。リンダ教授の言う社会的開拓者と私の言うプロティアンとは、ほぼ同義と考えていただいて差し支えありません。
変化の時代を生き抜くことのできるスキルやマインドセットはどうすれば身につけられるのか。あるいは、それを妨げる要因とは何なのか? これらの疑問に対する私なりの答えは『プロティアン』にまとめましたが、リンダ教授はどんな仮説を持っているのでしょうか?
リンダ教授は「まず出発点として、私たち自身の認識が、これまでの経験や組織や社会の慣習の中で『ステレオタイプ化』してしまっていることを理解しなければならない」と指摘します。
これを聞いて個人的にも非常に痛感するのが「年齢信仰」です。特に、日本社会は年齢によるアンコンシャス・バイアスがありとあらゆるところに蔓延していますよね。
分かりやすいのが「年功序列」です。学校の部活動から企業の現場まで、日本では至るところに年功序列が慣習化されています。年齢とは本来、単に先に生まれたのか後に生まれたのか、の区別に過ぎません。しかし、その年齢がいつの間にか序列となり、それが格差を助長してきたのです。
このステレオタイプはなかなかやっかいです。テクノロジーが劇的に進化し、自宅からオンラインで会議に参加できるようになったのに、「オンライン会議室に入室するのは『若手』から。会議が終わったら先輩が退出するのを見届けてから自分も退出すること」なんていう旧習をいまだに大真面目に実践している組織もあります。
こういう組織では当然、オンライン会議で発言するのもまず先輩社員から。若手は先輩が一通り発言した後で、遠慮がちに発言しています。
テクノロジーは本来、年功序列からの脱却を可能にするイノベーションであるはずなのに、実際には年功序列の再生産装置に成り下がってしまっている。年功序列の意識が組織の髄まで染みついて、こうしたことをおかしいとも思わなくなってしまうわけです。「年功による序列」が、日本企業の生産性や競争力のブレーキの一因になっている所以です。
大切なのは、形式ではなく中身です。組織や社会の慣習を改めて見つめ直し、進歩を妨げている悪習とは決別する。そして、今の時代にふさわしい新しい働き方、生き方を体現するのです。そう、私たちは今こそ社会的開拓者にならなければなりません。
以降では、そのために今日からできる2ステップを提案します。
1. 「キャリアブレーキ」を外して心豊かな状態を保つ
社会的開拓者になるためには、まず土台づくりから。そこで最も大切なのが「メンタルコンディション」です。
これからのキャリアが不透明であったり、今の職場での働き方に悩んでいたりと、望ましいメンタルコンディションにない方も数多くいますよね。
では、どうすればこのコンディションを改善できるでしょうか? 具体例をお話しします。
私は今、アドバイザーを務めている企業に対し、部署ごとに「キャリア戦略会議」を実施するようおすすめしています。経営戦略、事業戦略、定例会議など、それぞれのチーム単位で行われる会議を利用して、月に1回、お昼の1時間で「キャリア戦略会議」を開催するのです。オンライン会議でもチャット機能を使えば問題なく実施できます。
やることは簡単。「キャリアブレーキを発掘すること」です。例えば「今から5分間で、日頃感じている『キャリアの不安や心配点』をできるだけ多く書き出してみましょう」と促します。大真面目にやる必要はありません。肩の力を抜いて、ゲーム感覚でやるのがポイントです。
筆者作成
私が実際にモデレーターとして参加したキャリア戦略会議では、60名の参加者を5名ずつ12のチームに分け、Zoomのブレイクアウトルームを使って実施しました。短時間でたくさん書き出す「アイデアピック方式」を採用し、できるだけ数多く書き出してもらい、チームで競うようにしたのです。
そこで出てきたことを全体でシェアします。そうすることで、メンバーに共通する悩みや困り事も浮き彫りになります。
次に、出てきた悩みそれぞれに対して、みんなで問題解決の手立てを検討していきます。もちろん、「年功」という足かせは取り払います。
このフェースは大きな意味を持ちます。どうすれば解決できるかとみんなで考えていくうち、それまでの「会社に自分のキャリアを主導してもらう発想(組織内キャリア)」から、「自らの手で自分自身のキャリアを開拓するという発想(自律型キャリア)」へと徐々に意識が変化していくからです。
このような時間を毎月1時間だけでも確保すると、続けていくにつれてメンバーたちのメンタルコンディションが安定し、心豊かな状態に落ち着いてきます。
これまでのキャリア論では、とかく「自分でなんとかする」方法が注目されてきました。しかしビジネスの現場で働くうえでは、実は自分一人で解決しようとするより、「チームでなんとかする」ことのほうが重要なのです。
上でご紹介した「キャリア戦略会議」は、チームの間に高い心理的安全性を創り出すうえでも非常に効果的なアプローチです。
2. 心豊かな状態を新たな学びのエンジンにする
今、私が社外顧問をしているある企業では、社員主催の読書会が月例で開催されています。これからの働き方や生き方を考える上で参考になる書籍を毎回取り上げています。読書会のメリットは、読後の感想を共有し合うことで、1人で読書をする以上に深い学びを得られること。これこそまさに、社会人の学びに必要なことだと思います。
私はつねづね、「プロティアン」とは、個人と組織の関係性をより良くしていくための実践的な処方箋であるとお伝えしています。心豊かな状態をチーム内につくり出し、新たな学びを共有しながら、アップスキリング(リスキリング)していく。この好循環こそが個人の力を強化し、その個人が他者とつながることで組織の力がより強化されます。
そのような創発的なチームに、「年功」によるブレーキが発動するでしょうか? 考えにくいですよね。そもそも学びとは、ありとあらゆる「ステレオタイプ」や「権力(power relation)」から解放される手段でもありますから。
なお、ここでぜひ念頭に置いておいていただきたいのが、リンダ教授も強調している「技術的発明と社会的発明とのタイムラグ」です。
圧倒的なスピードで革新していくテクノロジーと、伝統・慣習の上に人の感情が乗っかる社会関係とは、つねに何らかのタイムラグを伴います。このタイムラグは、単に時間的なズレというだけではなく、ときに、これまでとこれからの働き方や生き方が個人の中で混ざり合い感情的な「痛み」を伴うこともあるでしょう。これまでを続けている「惰性」こそリスクなのです。
言い換えれば、「痛み」は私たちの成長源。だからこそ、その痛みに立ち向かうためにも「社会的開拓者になるための覚悟」が必要なのです(詳しくは、リンダ教授の『ライフシフト2』p.6もぜひ参照してください)。
私たちはいま、生き方と働き方をめぐる100年に一度の変革期に直面しています。私たちの日頃のアクションが、これからの社会や未来を創っていきます。
私はリンダ教授とのインタビューを経て、社会的開拓者として生きていく覚悟を持ちました。
社会的開拓者とは、
個人と組織の関係性をより良いものにしていくために、
毎日の「あたりまえ」を疑い、
一つひとつ改善アクションをし続ける未来創造型の人材。
あなたも「社会的開拓者」としてこの時代を生き抜くために、具体的な行動戦略を今日から実行に移しましょう。持続的なアクションこそが、あなたをプロティアン人材へと一歩また一歩と近づける動力源になります。
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。