日系企業初のコロナワクチン供給を目指す——田辺三菱製薬グループが開発する「VLPワクチン」とは

オミクロン株の出現により、新型コロナウイルスの感染状況は、予断を許さない状態が続いている。その対策のなかでも重要なのがワクチンだ。日本で承認されたワクチンは、米国ファイザー社製、米国モデルナ社製、英国アストラゼネカ社製と、海外メーカーに頼っているのが実情だ。

三菱ケミカルホールディングス傘下の田辺三菱製薬は、カナダの子会社メディカゴ社を通じ、日系企業初のワクチン供給を目指して開発に取り組んでいる。同社がグローバルで臨床試験を終え、日本でも臨床試験を進めている「VLPワクチン」とはどのようなものなのか。田辺三菱製薬 ワクチン室 高度専門職の田村信介氏と、同ワクチン室 広報担当の中牧千尋氏に話を聞いた。

日系企業初のワクチン開発への期待

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メディカゴ社での研究の様子

提供:田辺三菱製薬

ワクチンとは、一度感染した病気には感染しにくくなるヒトの免疫システムを利用した、感染症の予防法だ。病気の原因となる病原体(細菌やウイルスなど)を改変したり、その一部を取り出したりするなどしてヒトに接種し、免疫反応を誘導して感染や重症化を防ぐ。

ワクチンは、その製法や特徴により、大きくいくつかの種類に分類される。古くから使われてきたワクチンとしては、病原性を弱めた病原体そのものを接種する「生ワクチン」、病原体の感染活性を失わせた「不活化ワクチン」、病原体が作り出す毒素を取り出し、毒性をなくした「トキソイド」の3つが挙げられる。生ワクチンは、はしか(麻しん)や水疱瘡(水痘)、結核などで、不活化ワクチンはインフルエンザなどで、トキソイドはジフテリアや破傷風などで今も使われている。

新型コロナウイルスのワクチンとして国内で承認され、一躍その名が知られるようになったのが、「mRNAワクチン」(米国ファイザー社製、米国モデルナ社製)と「ウイルスベクターワクチン」(英国アストラゼネカ社製)だ。いずれも、近年開発された新しいタイプのワクチンだ。

mRNAワクチンとウイルスベクターワクチンは、大きな考え方としては、ウイルスの一部の遺伝子を体内に接種し、体内でウイルスのタンパク質(新型コロナウイルスの場合はスパイクタンパク質)を作り、それに対する免疫反応を誘導するという点で共通している。ウイルスの遺伝子が分かれば、比較的早くワクチンの開発ができるのがこれらのワクチンの特徴と言えるだろう(逆に言えば、生ワクチンや不活化ワクチンを新たに開発するには、より長い時間が必要になる)。

ただし、mRNAは分子の性質上不安定で壊れやすいため、ワクチンの輸送・保管中も超低温を保たなければならない。そのために専用の冷凍庫が必要になり、流通や接種現場で注意が必要だ(ウイルスベクターワクチンは、2℃~8℃の冷蔵で半年の保管が可能)。

コロナ禍がいつまで続くか分からないなかで、ワクチン接種現場の負担を軽減し、ワクチン被接種者の選択肢を増やすとともに、国内で十分なワクチン供給量を確保する意味でも、日系企業による新たなワクチン開発が期待されていた。三菱ケミカルホールディングスグループが、カナダの子会社メディカゴ社で開発する「VLPワクチン」は、その期待に応える新しいタイプのワクチンである。

「VLPワクチン」とは何か

「VLP」とは、「Virus Like Particle」の頭文字で、「ウイルス様粒子」と訳される。「ウイルスに似た粒子」という意味だ。メディカゴ社の「VLPワクチン」は2℃~8℃での流通・保存が可能で、冷凍庫が不要になる点が特徴として挙げられる。

左がインフルエンザウイルスの模式図で、右がインフルエンザのウイルス様粒子(VLP)の模式図。

左がインフルエンザウイルスの模式図で、右がインフルエンザのウイルス様粒子(VLP)の模式図。

提供:田辺三菱製薬

新型コロナウイルスをはじめ、多くのウイルスは「エンベロープ」と呼ばれる脂質の膜を持ち、その内側に遺伝子を格納している。膜の外側には、「スパイク」と呼ばれる突起上のタンパク質を持つウイルスも多い。新型コロナウイルスの場合、そのスパイクタンパク質がヒトの細胞と結合し、ウイルスは細胞内に侵入する。そして、細胞に自身の遺伝子を複製させてウイルスが増殖する。また、ヒトの免疫反応は、ウイルスのスパイクタンパク質を抗原として認識することで誘導される。

VLPは、こうしたウイルスの外側の構造を模した粒子だと、田村氏は説明する。

田村信介(たむら・しんすけ)氏/田辺三菱製薬 ワクチン室 高度専門職

田村信介(たむら・しんすけ)氏/田辺三菱製薬 ワクチン室 高度専門職

「VLPもウイルスと同様に、脂質の膜と、その外側にスパイクタンパク質を持ちますが、膜の中には遺伝子がありません。VLPを体内に接種すると、VLPは免疫細胞に取り込まれますが、中に遺伝子がないため増殖することがなく安全です。また、ヒトの免疫システムはスパイクタンパク質を抗原として認識し、免疫反応が誘導されます。そのため、VLPがワクチンとして機能します」(田村氏)

実は、VLPをワクチンとして使うアイデアや技術は、新型コロナウイルスのワクチン以前にもすでに実用化されている。

1980年代後半には、B型肝炎ワクチンがVLPの技術を使って実用化され、その後、VLPを用いた子宮頸がんワクチンも実用化され、これらは日本国内でも使用されている。VLPワクチン自体は、30年以上前に確立された技術なのだ。

一方で、メディカゴ社のVLPワクチン生成技術には新規性もある。中牧氏は次のように語る。

中牧千尋(なかまき・ちひろ)氏/田辺三菱製薬 ワクチン室 広報担当

中牧千尋(なかまき・ちひろ)氏/田辺三菱製薬 ワクチン室 広報担当

「B型肝炎ワクチンや子宮頸がんワクチンで使われているVLPは、細菌(酵母)や昆虫細胞を使って生成されていますが、メディカゴ社では、植物の細胞を使ってVLPを生成しています。同社は2007年に植物の細胞でVLPを生成する技術を確立し、当初はインフルエンザをターゲットにワクチン開発を続けてきました。

新型コロナウイルス感染拡大を受け、そのVLP生成技術を応用し、2020年3月には新型コロナウイルスのVLP作成に成功しました」(中牧氏)

2022年度中の国内実用化を目指す

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メディカゴ社での製造の様子

提供:田辺三菱製薬

メディカゴ社でのワクチン開発は、グローバルに展開された。カナダ、米国、英国、メキシコ、アルゼンチン、ブラジルの6カ国で、24,000人を対象に実施した第2/3相臨床試験の中間解析結果をもとに、昨年(2021年)12月にカナダの保健当局に承認を申請した。

日本でも昨年10月に治験を始め、順調に行けば今年(2022年)夏に厚生労働省に承認申請し、2022年度中の実用化を目指しているという。

最終治験の中間解析では、すべての変異株に対する発症予防効果は71%、デルタ株、ガンマ株に対しても、それぞれ75.3%、88.6%という結果となり、ワクチン2回接種後に38℃以上の発熱があったのは10%未満だったとのことだ。

「オミクロン株については、解析後に感染が拡大したため、ワクチン被接種者の抗体を採取して、オミクロン株に対して予防効果があるかどうかを調べる試験を実施しています」(田村氏)

有効性や安全性に関するこれらの結果をもとに、2月24日に、ヒト向けの植物由来のワクチンとして世界初となる承認を、カナダで取得した。

カナダでの承認を受け、量産体制の整備も着々と進めている。

田村さん(左)と中牧さん(右)

「速やかにワクチンの供給を開始できるよう、準備を進めています。カナダ政府とはすでに、最大7600万回分のワクチンを供給する契約を結びました」(中牧氏)

さらには、その先の展開も見据えている。カナダでも生産拠点の整備を計画中で、そこでは最大で年間10億回分の生産を見込む。ワクチンへの需要が続くようなら、日本国内での生産も検討する可能性もあるとのことだ。

実はこのVLPワクチンは、さまざまなウイルス感染症に応用が可能だ。メディカゴ社が当初、インフルエンザをターゲットに開発してきたように、スパイクタンパク質を持つウイルスに対しては、VLPがワクチンとして作用しうる(インフルエンザワクチンもスパイクタンパク質を持っている)。三菱ケミカルホールディングスグループは、ワクチン領域を経営の重点領域と位置づけ、世界の感染症予防に力を注いでいく。


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編集部より:スポンサーの意向により一部表現を改めています。2022年3月9日

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