SHE福田恵理さん、ミラティブ赤川隼一さんによる「育休CEO」対談は、2人や2社の意外な共通点で盛り上がった。
BEYOND MILLENNIALS 2022「CEOこそ育休を取る時代へ」より
Business Insider Japanはビジネスカンファレンス「BEYOND MILLENNIALS 2022(ビヨンド・ミレニアルズ)」を1月24〜28日にオンラインで開催した。4回目となった今回の内容は、社会課題をビジネスで解決しようと挑戦するミレニアル世代・Z世代を表彰するアワードと、今注目すべきビジネスを深掘りするトークセッションだ。
1月27日には「CEOこそ育休を取る時代へ」と題し、20〜30代女性のキャリア支援などを行うSHEの福田恵里さんと、ゲームのライブ配信サービスを手掛けるミラティブの赤川隼一さんによる対談を行った。2人の共通点は、CEO就任中に育児休業を取得したこと。
「少しドキドキした」という育休中の業績アップから、ハードワーカーだった過去への「メガ懺悔」、スタートアップのダイバーシティまで、盛りだくさんの30分を詳報する。
CEO就任と同時に産休も、事業に還元できる確信があった
——まず産休・育休を取得された経緯や背景について教えてください。福田さんはCEO就任と同時に産休に入られたことも話題になりました。大事な時期に、葛藤はなかったですか?
福田恵里さん(以下、福田):実はライフプランとして2020年のオリンピック・イヤーに第一子を出産して、その子と一緒にオリンピックを見たい! という希望をずっと持っていたんです。
妊娠は計画通りではあったので、(皆さんが想像されるほどは)葛藤はなかったと思います。とは言え当時はSHEを立ち上げて3年目。そんな大事な時期に産休・育休を取る決断ができたのは、この体験を事業に還元できると思ったからです。
SHElikesではミレニアル世代、主に20〜30代の女性のキャリア支援を行っているんですが、やっぱり皆さん子育てとキャリアの両立にすごく悩まれているんですね。私がその難しさ、何がペインなのかを体験することで、より良いサービスを作っていけるという確信があったからこそ踏み切れました。
第二子で「初めての育児」を猛省。妻の反応は?
——赤川さんは第二子で初めて育休を取られたんですよね。第一子のお子さんが生まれた8年前は「深夜0時までオフィスで働いて翌朝8時に出社が当たり前」で、今回「『初めての育児』という本を買う体たらく」だったとブログに書かれてました。どんな心境の変化があったんでしょう。
赤川隼一さん(以下、赤川):一人目の時は、育休なんて考えもしませんでした。当時はまだサラリーマンだったんですけど、空気のせいにしてはいけない恥ずかしい話ですが、男性が育休を取るという社会の空気もあまりなかったように思います。
なぜ取らなかったのかすら思い出せない、選択肢すらなかったレベルで、本当に反省しています。
じゃあなぜ二人目の今回は育休を取ろうという意思決定をしたか、当時との違いは自分が会社の代表をやっていることが大きいです。僕らの会社は「わかりあう願いをつなごう」というミッションを掲げているんですが、これは「人と人のあらゆるコミュニケーションには願いがこもっていて、それが繋がるように事業をやっていこう」という思いからです。なので当然、家族とのわかりあいも大事にできる、個人に寄り添った会社でありたいなと。
加えて、代表の自分が率先して育休を取ることが、社内の育休の取りやすさに直結すると思ったからです。
——ちなみにパートナーさんはどんな反応でしたか?
赤川:出産にあたって入院が必要だったことや、小学生になった長男の世話もあるので、もちろん僕から提案したのですが、育休を取るべきだということはスムーズに決まりました。どちらかというと、その後も含めて(子育てを)頑張れば頑張るほど、「やっとワシの8年前の苦労が分かったか」と詰められる感じでしたね(笑)。本当に反省しかないのですけど。
背中押す投資家たち、「報酬UPしたら?」の提案も
——一方で、取引先や投資家の反応が気になるのですが、そのあたりはぶっちゃけどうでした? CEOが一時的であれ抜けることへの不安の声などはなかったですか?
赤川:全くなかったですね。取締役会で結構ドキドキしながら話したんですよ。会の最後に「実はご報告がありまして……」と切り出して、「何か隠しとったんかコイツは!」という雰囲気に一瞬なったんですけど(笑)、育休のことを話すと満場一致で応援してくださって。
ミラティブの投資家にANRIの佐俣アンリさんがいるんですが、僕の長男が2〜3歳くらいの時に一緒に家族旅行に行ったことがあるんです。でもミラティブの立ち上げ期でどうしても直接話したいユーザーさん達のイベントがあって、僕、日曜日に途中で帰ったんですよ。一人で。そんな当時の僕を知るアンリさんが、「ワーカホリックな赤川さんが育休を取る、これが時代ですよ。むしろ赤川さんみたいな人が取ることがすごく大事だと思います」と言って下さったりもして。これもまた懺悔エピソードなのですけど……。
ミラティブはおかげさまで日本のトップのVCにたくさん参画してもらっているのですが、その人たちが「当然そうあるべき」というリアクションをとって下さったのは心強かったですし、僕らだけでなくいろんなスタートアップ、ひいては日本の会社が変わってきている象徴だなと思いました。
福田:私も全く一緒です。投資家の方々で「こんな時期に子どもを作って、会社はどうするんだ!」なんて言う方は一人もいませんでした。皆さん祝福と力強いメッセージを送ってくださったことを、印象深く覚えています。
SHEもANRIに投資していただいているんですが、ANRIは起業家の子育てと仕事の両立を全面的にサポートしてくれるVCです。例えば、子どもが病気になってしまった時の病児保育を行う「フローレンス」というNPO法人さんの利用料を、福利厚生費として提供してくださっています。
アンリさんに子どもができたと報告した時には、今後のベビーシッター代のことを考えて「役員報酬を上げていいよ」とも言って下さって。全面的に応援して下さっていることが、すごく伝わりました。
安定期を待たずに妊娠を公表した理由
——CEOの仕事は代わりが効かないことも多いと思います。産休・育休に向けて、仕事の調整や権限移動はどのように進めましたか?
福田:まず、私は妊娠が分かった瞬間に社内のメンバーに伝えたんですよ。普通は安定期に入ってから伝える方が多いと思うのですが、実は妊娠期で一番辛いのって、安定期に入る前の時期なんです。つわりとか精神的な不安定さ、初めてで悩むことばかりなので、その時期に妊娠の事実を共有して、出産予定日に向けて組織体制を整える時間をしっかり作れたのは本当に良かったなと思います。
私が意思決定しないと回らない組織、私がいないと成長しない組織では意味がないと思っていたので、妊娠が分かった直後からは、私にボールを回さなくてもいい体制を意識して設計していきました。
具体的には、自分の担っていた役割を要素分解して、残っている役員にそれぞれ「あなたにはこういう役割を期待したい」と伝え、「ここまではあなたの権限で決めていいよ」と意思決定の範囲を明確にしていきました。今まで自分一人が汗をかきがちだった部分を、複数人の仲間、チームで分担できたのはすごく良かったなと思います。
CEO不在でも業績は伸びるという衝撃
福田:実は私が育休を取っている間、それまでよりも事業がめっちゃ伸びたんです。それがめちゃくちゃ嬉しくもあり、寂しくもあり(笑)。トップが抜けることで、社員の「私たちが守らなきゃ」「なんとかしなきゃ」というオーナーシップがより強くなっていった印象がありました。DeNA創業者の南場智子さんもよくおっしゃっていますが、リーダーを引っこ抜くことの大切さを痛感しましたね。
赤川:うちも(僕の育休中に)業績が伸びてドキドキしました(笑)。
僕らは育休だから権限委譲したというよりも、一定の組織サイズになってきたので、すでに権限委譲をしていたんですね。そのおかげで何の違和感もなく育休が取れたし、休んでも問題がなかったという順序だったことが良かったなと思います。
究極、社長がいなくなったら会社の業績が下がるってリスク要因なんですよね。事故だったり病気だったり、あらゆるリスクは万人に等しく訪れうるものだから、自分がいなかったら回らなくなる会社にしてしまったらダメだという精神のもと、育休に関係なく準備していたものが結果的には育休にも効いて良かったなと。
追加するなら、Slackなども含めたテクノロジーのバックアップもあったと思います。休んでいてもどうしても仕事の情報にアクセスしなければいけない時にはできるので。
気になる育休中の過ごし方は
——育休中はどのように過ごしていましたか? Slackなどは気になりました?
赤川:一日一回くらいは見るようにしていましたけど、ほぼ見てませんでしたね。「何かあったらメンションしていいよ」と一応伝えてはいたんですけど、全然来なかった。僕がいなくても回るということなので、良かったなと。
——ちょっと寂しそうですね。
赤川:いや全然もう、最高です!(笑)
——福田さんはどうですか?
福田:今の赤川さんの話にも通じるんですけど、自分がいなくても「あれ?全部回るやん」「私いなくても誰も困らないのかな?」と自己効力感の低下に苛まれたこともありました。もちろんこれは会社がうまくいっている証拠なんですけど。
一時的に仕事から離れることができた時間を空白と捉えずに、あえて未来のことを思考する時間として活用できたのは良かったなと思っています。
妊娠前までは緊急度の高いタスクに忙殺されて未来について考える時間が取りにくかったので、「出産を機にそういうことを考える時間を得られたんだ」と前向きに捉えるようにしていました。自分のキャリアをどうしたいのかというところも含めつつ、SHEとしてどんなことを実現したいのか、3年後、5年後、10年後、20年後……と長いスパンで真剣に検討する時間に当てて。その結果、SHEを最終的に義務教育のアップデートをする会社にしたいという新しい想いも出てきたので、とても大事な休息期間だったなと思います。
CEO業より子育てのほうがハードモード?
赤川:そもそも本気で育児すると、単純に時間の余裕がないですよね。育休って本当に忙しくて、こんなに忙しいんだなっていうことが分かって、8年前の自分をメガ懺悔しました。僕らは二人目だったので、赤ちゃんのお世話をしたと思ったら長男が学校から帰って来るので迎えに出て、学校で何かトラブルがあったら相手の家に電話して……と。それで僕は普通に忙殺されてました。
福田:育児は仕事とは全く別の頭や体力を使うものだと、しみじみ思います。仕事は自分をコントロールできる時間なので楽しかったりするんですけど、子どもと過ごしていると自分ではコントロールできない理不尽なことがいっぱい起こる。仕事と子育て、どちらかに優劣をつけるものではありませんが、子育てがこんなに物理的にも精神的にも大変だというのは気づきでしたね。
——そんな予測のつかない子育てとCEO業との両立、どのようにされていますか? 福田さんはパートナーさんも同じくスタートアップの起業家ですよね。
福田:パートナーと半々くらいで子育ての役割分担をしています。朝9時頃に子どもを保育園に送り、19時頃まで仕事をして、子どもをパートナーと分担で保育園に迎えに行って、夕食を取って寝るという平和な生活です。私としては「育児や家事に注ぐ時間=愛情」というわけではないと思っているので、積極的にベビーシッターや家事代行も利用するようにしています。
子育てをするようになって夜の会食に参加することは減ったんですが、仕事のネットワーキングは朝食やランチでもできるんですよね。そういうふうに発想を転換したことで、以前より柔軟に時間を使えるようになったと思います。
赤川:うちは妻がいわゆる専業主婦で完全に5対5ではないので、今のこのイベントの時間(※夜7時30分からスタートでした)なんかも含めて、感謝しています。
僕の場合は夫婦で役割分担を決めた上で、それをこなしていく形です。例えば長男を朝送っていくとか、夜に赤ん坊をお風呂に入れるとか、ゴミ捨てとかは僕の担当です。「おむつ担当大臣」という役職も拝命しています。
突発的に何か起きた時も対応するんですが、不慣れながら何とか頑張っていく、という感じですね。
フルリモートという職場環境もやりやすい背景になっていると思います。どうしても仕事が忙しくて「洗濯物だけ干してくれないか」というような時に、家庭内で調整できるのは良い時代だなと。
「スタートアップだから」を言い訳にしない福利厚生を
——育休で気付いたことを活かして変更した社内制度などはありますか?
赤川:まずは制度をちゃんと整えることだと思うんですけど、育休についてはどちらかというと空気のほうが大事かなとも思ってまして。育休制度を使いやすい空気を作る、社内で浸透させるということを日々、大事にしています。
言行不一致ががすぐにみんなの知るところとなってしまう時代なので、風土を変えるためにもトップ含めて上から率先してやるのが大事だなと。
実際、僕が育休を取ったことで他の男性社員も取りやすくなったという声も聞きましたし、採用候補者の方が面接中に「実はこれから子どもが産まれるんですが」と相談してくれたりもして。ひと昔前だったらすごく言いづらかったと思うんですが、育休についてこうやって発信することで、相談してもいい会社なんだと思ってもらえるようになったのは良かったなと思います。
福田:SHEは、ワークライフバランス制度の「Hello! Baby プログラム」という福利厚生制度を2021年、作りました。大前提として、SHEには一人ひとりの多様な生き方や働き方を応援するというミッションがあるので、子どもを産む選択も産まない選択も、どちらも尊重するようなプログラムを心掛けています。
その上で子どもを産みたい、育てたいという方に対して多様な選択肢を提供したいと思って、休暇や補助などでサポートしています。他にも病気や妊活、生理休暇など「ちょっと人には言いづらいけど休みを取りたい」という人のために「ケア休」という包括的な言葉で休暇を設けたり、名前にもこだわりました。
このプログラムを作った時に思ったのが、スタートアップだからお金がないというのはもう言い訳にできないということ。SHEが「一人ひとりの自分らしい働き方」「キャリアと子育ての両立」を推進していく会社だからこそ、自分たちが率先してやらなければいけない。でなければ、そんな世の中は絶対に来ないと思っていたので、福利厚生の充実は強く意思を持って推進してきました。
安易な共感は危険。体験が未来に繋がると信じて行動起こそう
——最後に、見てくださっている皆さんに一言お願いします。
福田:男性育休も法律が変わったりして一般的になってきていますが、CEOだけでなく、世の中みんな「育休を取るのが普通だよね」という、先ほど赤川さんがおっしゃっていたような空気やカルチャーの醸成が、制度と同じくらい大事になってくると思います。
なので皆さんが申し訳ないと思ったり罪悪感を感じる気持ちはとても分かるのですが、自分が育休を取ることが、後世あるいは職場の後輩たちにとっての未来の希望につながるとポジティブに捉えながら、みんなで社会を一歩ずつ前進させて行けたらなというふうに思います。
赤川:僕も実際に育休を取って体験して初めて大変さが分かって、より子育てする人たちに寄り添える社会になるべきだなと思えたところがあります。
安易に共感だけをするのは危険なことも多いですよね。実際に体験できることは体験することが大事だと思うし、それを後押しする社会の方が良い。
一方で子どもやライフイベントというのは、体験できるかどうか人によって異なるし、体験する時期も異なるものです。だとしたら、体験している人の真の大変さを少しでも未体験者が想像できるように、身近に例が少しでも多い社会環境や、その話題が身近で対話されている状況を作っていくのが大事だなと。
共感以上に体験や交流をすること、それが当たり前だという実態を作っていくのが理想ですし、自分もそんな世の好循環に少しでも貢献できるよう、事業を含めて頑張っていきたいなと思います。