米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げ、高インフレ、景気後退の可能性……金融市場では先行きの見通しがつかない状況が続いている。
REUTERS/Lucas Jackson
米ウォール街のアナリストらの間では、米連邦準備制度理事会(FRB)が数回の利上げを行い、量的緩和策のもとで市場に供給されてきた巨額の資金が回収されるまでは、強気相場が続くとの見方で意見がほぼ一致している。
米資産運用会社RIAアドバイザーズのランス・ロバーツが提供する下の【図表1】を見れば分かるように、これまで数度の段階的な利上げが行われた際も株式市場は順調な推移を続けてきた。
【図表1】FRBの政策金利であるFF(フェデラル・ファンド)金利(黒線)と米国株の動向を示すS&P500種株価指数(橙線)の推移。
RIA Advisors
米資産運用会社ジェイコブ・アセット・マネジメントの会長兼最高投資責任者(CIO)ライアン・ジェイコブも同じ見方だ。
「金利上昇サイクルの初期段階においては、市場は順調に推移するものです。金利上昇局面では相当に力強い経済が必要とされる、と言うより、そもそも強い経済という前提なしで利上げを行うのはきわめて困難だからです」
ただ、FRBによる翌日物の政策金利、つまりFF(フェデラル・ファンド)金利の引き上げが有意な水準に達するまで、これまで常に株式市場が好調だったかと言うと、必ずしもそういうわけではない。FRBが大幅利上げを行う前に株価が下落したケースもあった。
米資産運用大手アリアンツ・グローバル・インベスターズのアナリストを経て、ブルアンドベアプロフィッツ・ドットコムを立ち上げたジョン・ウォルフェンバーガーによれば、1960年代後半から1970年代前半、FRBによる大幅な利上げの前に株価下落が起きている。
また、(FF金利と高い連動性がある)短期金利が必ずしも急上昇していない局面でも、株式市場の下落は起きている。
さらに、短期金利が急上昇したものの、弱気相場や景気後退が起きなかったケースもある。
ウォルフェンバーガーは自社サイトの会員向け投稿で、弱気相場と短期金利の関係性に注目してこの動きを解説している。下の【図表2】を見てほしい。
【図表2】短期金利(1年物米国債利回り)の推移と弱気相場の関係性。
Bullandbearprofits.com
さらに、下の【図表3】は、長期債(10年物米国債利回り)と短期債(1年物米国債利回り)の差異に注目したものだ。
【図表3】長期債(10年物米国債利回り)と短期債(1年物米国債利回り)の利回り格差の推移。
Bullandbearprofits.com
長期債と短期債の利回り格差を分析する際に使われる、いわゆるイールドカーブが右下がりの曲線(=利回り格差はマイナス)になる状態は、過去50年間を通じてきわめて信頼性の高い景気後退と弱気相場の指標とされてきた。
ウォルフェンバーガーの説明によれば、1968年の弱気相場が始まる前のイールドカーブはフラット(=長短債の利回りが均衡)で、1972年の弱気相場前は右肩上がり(=利回り格差はプラス)だった。
上の【図表2】【図表3】の参考資料として、S&P500種株価指数の推移も以下に掲載する【図表4】。1968年の弱気相場(33%下落)と1972年の弱気相場(46%下落)が赤の矢印で強調されている。
【図表4】S&P500種株価指数の推移(1960〜80年代にフォーカス)。
ウォルフェンバーガーが指摘するように、1968年と1972年の弱気相場はFRBの政策金利と無関係に、(石油ショックのような)マクロ経済における懸念を踏まえて投資家たちが景気後退を予測したことから発生したものだ。
今日、コロナ危機からの回復に向かっていたはずの経済を高インフレが脅かしているものの、間違いなくそのような(景気後退を想定するほどの)状況ではない。
いずれにせよ、ウォルフェンバーガーによる指摘のポイントは、弱気相場は必ずしも大幅な利上げサイクルの後にやって来るわけではないということだ。
日経平均株価を参考に検討してみると…
その例として、ウォルフェンバーガーは日本の代表的株価指数である日経平均株価を引き合いに出す。
日本銀行はここ数年、ゼロ金利政策を維持してきたが、日経平均はその間に28%、32%という大幅下落に見舞われている。過去30年間をふり返っても、実質的にあるいはまったく金利が上昇していなかった時期でも、日本株が下落を記録した例は3度ある。
さらにウォルフェンバーガーによれば、「バフェット指数」として知られる、株式市場の時価総額を名目国内総生産(GDP)で割ったバリュエーション(=投資判断の指標)が、いまもなお史上最高水準(=1を超えて大きいほど株価は割高)で推移していることからも、足もとの株式市場はきわめて不安定な状況と言える。
それに加えて、現時点の金融政策はすでに十分緩和的で、FF金利はゼロに近い水準、FRBは依然として景気刺激を続けている状況なので、これから景気後退が起きたときにそれをくい止める弾薬、手段が限られている。
バフェット指数に限らず、さまざまなバリュエーションがきわめて高い水準にあることから、今後10年間でS&P500種株価指数が50%下落するとウォルフェンバーガーは予測している。
また、2022年に50%以上の大幅な株価下落が起こる可能性は現実のものとしてあり、もしかしたらその変化はすでに始まっているかもしれないという。年初来、株価はおよそ6%下落している(2月10日時点)。
ウォルフェンバーガーは、非金融企業の時価総額を年間売上高総額で割った(株価売上高倍率)指標をもとに、次のように分析する。
「ドットコムバブルのピーク時より40%も高い足もとのバリュエーションを考えると、マイナス50%をはるかに超える弱気相場が想定されます。投資家は株式市場に大きなリスクがあることを理解する必要があるでしょう。
インフレとFRBの利上げに対する懸念は、投資家心理を一気に弱気転換させる可能性があるのです」
今後の見通し
冒頭でも述べたように、2022年も株式市場は強気との見通しが大勢を占める。ウォール街のストラテジストが設定しているS&P500種の目標株価の中央値は4800で、現在の水準よりも6%以上高い。
各種の統計指標から判断して、米経済は堅調に推移しているとみられることが大きな理由だ。
2022年1月の雇用統計では、非農業部門雇用者数が46万7000人増加し、市場予想を大幅に上回った。時間あたり平均賃金の伸びは引き続き好調で、記録的な個人消費の追い風となっている。失業率は4.0%で、(前月比では小幅な悪化とはいえ)パンデミック前の3.4%に迫る勢いで低下を続けている。
しかし、そうした順調な指標のすべてには、重要な但し書きがついている。もちろん、インフレの存在だ。
インフレ状況を把握するための指標として世界の多くの国々で採用されている消費者物価指数(CPI)はアメリカで約40年ぶりの高水準となり、2022年1月には前年同月比7.5%を記録。市場予想を上回る月がここしばらく続いており、沈静化の見通しが立っていない。
このまま続けば、株価を脅かす展開はいくらでも出てくる。
まず、物価上昇が進んだ結果、消費者が怯えて現金を手放さなくなり、企業の利益が減少するおそれがある。その一方で、企業の仕入れコストなどは引き続き上昇、こちらもやはり利益を毀損(きそん)する可能性がある。
FRBもインフレの状況次第でより積極的な利上げを余儀なくされるかもしれない。ウォール街のアナリストらは2022年中に数回の利上げを予想しており、それが成長率を押し下げる可能性もある。
金利上昇を受けて債券価格はこれまで以上に下がり、利回りは上昇するので、リスクの高い株式に比べて債券のほうが魅力的な投資機会をもたらすことになる。結果として株式市場から資金が流出するおそれがある。
一方、ウォール街には最初から株式市場を弱気とみる向きもある。
米金融大手モルガン・スタンレー米国株チーフストラテジスト兼最高投資責任者(CIO)のマイク・ウィルソンは、2022年のS&P500種目標株価を4400としており、今後数週間から数カ月の間に株価はさらに下落するとの見方を示している。
バンク・オブ・アメリカのサビータ・スブラマニアンも、長期的視点から弱気の見方を示す。現在のバリュエーションを踏まえ、S&P500種指数は今後10年間のリターンがマイナス0.5%になるというのがスブラマニアン率いる調査チームの予測だ。
本記事で紹介したウォルフェンバーガーの50%下落との弱気相場予測はかなり極端なものだ。だが、この種の予測はたいていそんなもので、投資家の大多数が株式市場の暴落を予測するケースというのはほとんど想像できない。それでも(株価下落が)起きるときは起きるのだ。
1年前に比べて株式市場は間違いなく不確実性を高めており、いま株式に投資しようとするならより高い警戒心をもって行うべきとの主張はきわめてまっとうなものだ。
(翻訳・編集:川村力)