スイス金融大手クレディ・スイスは、メタバース普及の恩恵を受ける「半導体」「ハードウェア」企業12社を厳選し、その詳細な背景と理由を顧客向けに説明している。
Narumon Bowonkitwanchai/Getty Images
2021年10月にフェイスブックがメタ・プラットフォームズに社名変更したのをきっかけに、メタバースとそこから生み出される潜在的な利益への注目が集まった。
ところが、ここ数カ月のいわゆる「暗号資産(仮想通貨)の冬」では、ビットコインやイーサリアムなど主な仮想通貨が11月につけた史上最高値から50%あまり下落し、先行き懸念が生じている(※仮想通貨は仮想空間における決済手段として使われる)。
また、当のメタ・プラットフォームズは2月2日発表の2021年第4四半期(10〜12月)決算で、メタバース関連事業について売上高の4倍超に相当する100億ドル(約1兆1500億円)の営業損失を計上。直後に同社株価は25%という大幅下落を記録したものの、投資家の不安は払拭されておらず、さらなる下落の可能性もある。
しかし、さまざまな問題があるにもかかわらず、企業や投資家からメタバースに流れ込む数十億ドルという資金の勢いは止まらない。
この急成長分野に流入する膨大な投資、人気の過熱ぶりから間違いなく感じとれるのは、好むと好まざるとにかかわらず、メタバースの時代がやって来るということだ。
スイス金融大手クレディ・スイスのセクター調査部門グローバル責任者マニシュ・ニガム率いるアナリストチームもこの見方に同意する。
ニガムは最近の顧客向けレポート(2月8日付)で、「メタバースは最終的にテクノロジー、メディア、通信セクター全般に決定的な変化をもたらすでしょう」とした上で、「最も早く、または最も大きな変化を経験するのは、もしかしたらコンシューマーエレクトロニクス(家庭用電気機器)かもしれません」と指摘している。
ニガムらはメタバースの普及拡大によって最も影響を受けるセクターを大きく3つのカテゴリーに分類。第1のカテゴリーはコンテンツ制作企業、第2のカテゴリーはハードウェアおよび半導体企業(さらに部品製造、組立工程、ディスプレイなどのサブセクターに分類)、第3のカテゴリーには通信およびインフラ企業を割り振った。
本記事でフォーカスするのは、メタバース普及の影響が特に注目される第2のカテゴリー、すなわちハードウェアと半導体だ。
「半導体とメタバースの関係はまさに当社のデータパラダイム理論に合致するものです。メタバースの普及によって、データエコノミーにおけるデータ生成および取得、蓄積、伝送、分析の視野が広がる一方で、半導体の低電力消費化および性能向上が進み、データ消費(通信)や半導体のユースケースが爆発的に増えることで利益を得られます」
またハードウェアについては、拡張現実(AR)/仮想現実(VR)技術を使うメタバースの普及によって、アセンブリ(組立)、ディスプレイ、カメラおよび光学系、プリント基盤(PCB)/サブストレート(変換基板)、積層セラミックコンデンサ(MLCC)、コネクタ、電池の各分野でビジネスチャンスが生まれるでしょう」
半導体とメタバース
ニガムらのアナリストチームは、メタバース普及の前に立ちはだかる大きな問題として、コンピューティングパワーの強化とコスト削減を並行してバランス良く進めることの難しさを挙げる。
例えば、人気バトルロイヤルゲーム「フォートナイト(Fortnite)」をフルイマーシブ(完全没入型)メタバース設定でプレイするには、現在の1000倍のコンピューティングパワーが必要になる。
ところが、高性能ゲーミングPCのなかには価格が1万ドルをはるかに超えるものもあり、現時点でも敷居はかなり高くなっている。企業はユーザー体験向上を進めながら、同時にコストを抑える方法を見つけなくてはならない。
問題の核心にあるのは、ゲーミングPCやゲームコンソールを含む多くの家庭用電気機器に組み込まれている半導体チップだ。
ニガムは、半導体を「メタバースの影響を受けて最も業績を伸ばす」セクターとした上で、こう評価する。
「半導体はデータエコノミー新時代の必需品になりつつあります。高成長、高リターン、そして高度にシクリカル(=景気変動の影響を受けやすい性質)ですが、それでも必需品であることに変わりないのです」
そもそもメタバースとは無関係に、私たちの日常生活における半導体の重要性は高まり続けている。
1977年以降、主にパソコンや携帯電話の普及を受け、1人あたりの半導体チップ数は2個から146個へとおよそ70倍にふくれ上がった。
またここ数年、グローバル株式市場の時価総額に占める半導体企業の割合は1〜3%程度で推移しているものの、2030年には8%前後まで上昇する可能性があるとニガムらは予測する。
グローバル株式市場における時価総額のセクター別シェア。一番低い位置を推移する黒線が半導体セクター。
Credit Suisse
「メタバースは当社の考えるデータパラダイム全体に広く関わるテーマと考えており、当社がビジネスを展開するあらゆる領域がその恩恵を受けると思われますが、とりわけ半導体産業の市場規模は2021年の5540億ドル(約63兆7000億円)から2030年には1兆ドル(約115兆円)へと爆発的な成長を経験するでしょう。
また、メタバースの影響を最も受けるセクターは、コンピューティング、メモリ、コネクティビティと考えられます」
ハードウェアとメタバース
AR/VRの大手プラットフォームでは、すでに「ユーザー体験を向上させるチップセット、ディスプレイ、光学系、トラッキングソリューションが進化を遂げ」「設計の見直しを通じてデバイスの軽量化が著しく進んでいる」(ニガム)という。
ただし、いずれのプラットフォームもすべての問題を解決できたわけではない。
例えば、VRの没入感を高めるために使われるフレネルレンズ(=表面を同心円状に溝加工して薄く軽量化したレンズ)には、色収差(色ズレ)の問題があり、開発者たちはこれまでレンズを組み合わせることで解決してきた。
しかし、それだとどうしてもデバイスが重くなってしまう。新たなレンズ素材も開発されているものの、商用化までにはまだ時間がかかるという。
また、ARについては、ユーザーが現実世界に仮想レイヤーを投影して見ることに重点が置かれているため、オプティカルコンバイナーが必要になる。
ところが、現行のARデバイスに採用されている光学系は、二重像のズレや歪み、高コスト、装着時の快適性、画像解像度の低さなどそれぞれに短所を抱えており、ARデバイスにとっての最適解をどの企業も模索中というのが現状のようだ。
そして最後に、メタバースへの没入感を本質的に高めるためには、ディスプレイのメカニズムを根本的に書き換えるような技術革新が必要となる。メタバースのためのディスプレイは、従来のようにスクリーンから距離を置く方式と異なり、ユーザーの眼球により近い位置に置く必要があるからだ。
しかもその上で、最適な性能を実現するために、小型化、低消費電力化、視野の広範化、高解像度化、高リフレッシュレート化(=毎秒の描画更新回数の向上)、輝度レベルの向上などが求められる。
メタバースがビジネスとしての最大限のポテンシャルを実現するためには、ここまで指摘したような技術革新が不可欠だ。その競争で優位に立てれば、利益を得るチャンスはいくらでもある。
以下では、クレディ・スイスが半導体およびハードウェアのカテゴリーでトップピック(推奨銘柄)とした12銘柄を紹介しよう。各銘柄の時価総額、目標株価、メタバースとの関係性に関する説明も付した。
1.ゴアテック・テクノロジー(Goertek Technology)
MarketWatch
時価総額:250億ドル
目標株価:67.90元
説明:メタ・プラットフォームズおよびソニーのソールサプライヤー。拡張現実(AR)/仮想現実(VR)事業の売上高が2割を占める。
2.ルクスシェア・プレシジョン・インダストリー(Luxshare Precision Industry)
MarketWatch
時価総額:520億ドル
目標株価:56.60元
説明:2022年下半期、アップルが開発中(発売未定、23年とも)の複合現実(MR)ヘッドセットに部品供給の可能性。
3.ノバテック・マイクロエレクトロニクス(Novatek Microelectronics)
MarketWatch
時価総額:100億ドル
目標株価:730新台湾ドル
説明:メタ・プラットフォームズ「Oculus quest(オキュラスクエスト)2」などVRヘッドセットに高速DDI(ディスプレイ向けドライバIC)を供給。
4.村田製作所(Murata Manufacturing)
MarketWatch
時価総額:470億ドル
目標株価:1万1300円
説明:AR/VR関連デバイス向け受動部品(コンデンサなど)のサプライヤー。
5.エヌビディア(Nvidia)
Markets Insider
時価総額:6080億ドル
目標株価:400ドル
説明:人工知能(AI)アプリケーション・コンピューティングプラットフォームのTAM(獲得可能な最大市場規模)は年平均10〜15%で成長。さらにデータセンター向けGPUはそれをも上回る勢いで成長。
6.マーベル・テクノロジー(Marvell Technology)
Markets Insider
時価総額:590億ドル
目標株価:105ドル
説明:第5世代移動通信システム(5G)、データセンター、クラウド、アクセラレーテッドコンピューティング市場で並外れた影響力。
7.インテル(Intel)
Markets Insider
時価総額:1950億ドル
目標株価:70ドル
説明:在宅勤務(WFH)、在宅学習(SFH)などの拡大で、より強力なサーバー、安定したパソコンへの需要が増加。
8.マイクロン・テクノロジー(Micron Technology)
Markets Insider
時価総額:910億ドル
目標株価:130ドル
説明:半導体メモリコンテンツは構造的に成長拡大が続く。
9.台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング(TSMC)
MarketWatch
時価総額:5930億ドル
目標株価:800新台湾ドル
説明:ハイパフォーマンスコンピューティング向け半導体(売上高の40%を占める)、スマートフォン向け半導体(同40〜45%)に加えて、IoT事業が利益を生み出す。
10.サムスン電子(Samsung Electronics)
MarketWatch
時価総額:3690億ドル
目標株価:11万5000ウォン
説明:インフラ装置への半導体メモリサプライヤー。
11.ウィンセミコンダクターズ(Win Semiconductors)
MarketWatch
時価総額:50億ドル
目標株価:425新台湾ドル
説明:米フォトニクス製品大手ルーメンタム(Lumentum)向けに受託生産する主力製品の垂直共振器型面発光レーザー(VCSEL)はアップルが開発中のヘッドセット(グラス)製品への供給も可能。
12.メディアテック(Mediatek)
MarketWatch
時価総額:620億ドル
目標株価:1400新台湾ドル
説明:スマートフォン向けチップ(売上高の55〜60%を占める)、Wi-Fi6/6E/7対応チップ(同10%)、パワーマネジメントIC(PMIC、同7%)、特定用途向けIC(ASIC、5%)。
(翻訳・編集:川村力)