スマートフォン、テスラ自動車、食器洗浄機に至るまで、今やおびただしい数の機械がコンピューターチップに依存している。
コロナ禍以前であれば、効率のいいグローバルサプライチェーンのおかげで、アジアで部品を調達して生産された欧米ブランドのスマートフォンも簡単に注文することができた。
しかし、パンデミックの影響で消費者の需要は180度変わった。外出自粛を余儀なくされたことで消費者がPCやゲーム機器端末、スマートフォンなどを一気に買い求めたため、自動車部品などに使う半導体チップが不足することになった。
半導体危機は2022年も続くと見られ、2023年以降にまで長引く可能性もある。サプライチェーンの混乱により、西側諸国は東アジアの部品サプライヤーへの依存度をさらに高める事態となった。
ボストン コンサルティング グループ(BCG)の2021年の業界分析によると、半導体チップの生産能力のおよそ75%が東アジアと中国で占められているという。ヨーロッパの生産能力はわずか8%で、4%にまで低下する恐れもある。
また、最先端の半導体チップを生産する能力の92%が台湾に集中している。アップルやAMDなどに製品を供給している半導体チップ大手のTSMC(台湾積体電路製造)の本社が台湾にあるからだ。
ヨーロッパは、2000年には世界の半導体チップ生産能力の約5分の1を占めていたが、2022年にはわずか8%にまで減少した。
出所:SEMIの提供する半導体ファブデータベースを用いたBGCによる分析。
ヨーロッパは半導体の専門知識を持つ人材や技術革新には事欠かない。例えば、高度な半導体チップ生産に使われるリソグラフィ装置(半導体露光装置)の供給においては、オランダのASML社が独占的な地位を占めている。
しかしBCGによれば、競争上の弱点は、ヨーロッパでは半導体チップメーカーが生産工場を建設するインセンティブに欠けている点だという。一方、台湾では国内で半導体チップ生産能力を増強する企業に対して税額控除などのインセンティブを与えている。
こうした差を埋めるための取り組みとして、欧州委員会は2月8日、ヨーロッパの半導体生産量を2030年までに4倍にするための、490億ドル(約5兆6300億円、1ドル=115円換算)規模の計画を立ち上げた。これにはヨーロッパのスタートアップ企業やスケールアップ企業(訳注:持続可能な成長率を達成した初期段階の企業)に対する22億ドル(約2500億円)の出資を含む。
欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)委員長は、「ヨーロッパは次の産業革命の拠点になる可能性がある」と述べ、「欧州半導体法(European Chips Act)」を公表した。
EUは台湾のTSMCに対し、同社の大量生産の一部をヨーロッパに移転できないかと説得を試みている。米半導体チップメーカー、インテル(Intel)も、ドイツにある2つの新しい半導体工場に投資する計画を進めている。
最新世代の高度な半導体チップの技術について、英半導体チップ設計会社アーム(Arm)の共同創業者ハーマン・ハウザー(Hermann Hauser)はInsiderに対し、「5ナノメートル以下の半導体チップの生産方法を知っている企業は世界に2社しかありません。TSMCとサムスンです」と語る。
EUは、パイロットライン(試験用の小規模ライン)をヨーロッパに移す企業に対し、税制上のインセンティブを提案している。しかし、研究開発段階や初期の生産段階での移転は、単に新たな工場を建設するより困難を伴う。半導体の生産工場ともなればなおさらだ。
ヨーロッパでは研究開発を専門とする人材も確保はできるが、確保しようとすればアジアよりコストがかかる。米コンサルティング会社ベイン(Bain)の半導体スペシャリスト、ピーター・ハンベリー(Peter Hanbury)は、「この非常に複雑な製品を作るためには4、5年働いてくれる博士号取得者が4000人ほど必要になります」と言い、工場をヨーロッパに移転するのは「かなり困難を伴うでしょう」と述べている。
そしてヨーロッパはすでに、半導体チップのイノベーションの次の波で後れをとっている。「2ナノメートルの技術に追いつくことに大きな重点が置かれていますが、それがどのように実現されるのかははっきりしていません。既存のEU加盟国にとってはまったく現実的でない話です」とハンベリーは言う。一方で台湾のTSMCは2ナノメートルの半導体チップの生産を2023年中に開始すると発表している。
またEUは、半導体チップメーカーを誘致するために金銭的なインセンティブをぶら下げているアメリカや日本を追い越さなければならない。アメリカ議会は、アメリカ国内の半導体生産を増やすために520億ドル(約5兆9800億円)の連邦補助金を検討しているが、業界の専門家はこの金額では十分ではないと考えている。
もう1つのリスクは、EUの計画が、将来の危機を解決するどころか悪化させる危険性があることだ。EUは「最先端の」半導体チップを生産している企業に対し、めったに行わない公的支援の提供を計画しているが、こうした企業にも、製品が不足した時にはヨーロッパの顧客を優先してもらうように事前に念押ししておかないと意味がない。
ベルリンのシンクタンク、スティフトゥン・ノイエ・ファーランウォルトゥング(Stiftung Neue Verantwortung)の半導体アナリスト、ヤン・ペーター・クラインハンス(Jan-Peter Kleinhans)によると、これはグローバルサプライチェーンの危機をさらに悪化させる可能性があるという。「悪い方向に進む可能性があります」
ヨーロッパが半導体生産で「完全な自給自足」を望むのであれば、1兆1400億ドル(約131兆円)以上を支出しなければならないだろうと、ヨーロッパのテック関連企業を代表する産業団体、デジタルヨーロッパ(DigitalEurope)のセシリア・ボーンフェルト・ドール(Cecilia Bonefeld-Dahl)事務局長は言う。
ますますオンライン化が進む世界が機能し続けるために、半導体チップとそのメーカーは今後も重要な存在であり続けるだろう。もしヨーロッパのスタートアップやスケールアップが本当に数十億ドル規模の資金を調達できれば「ヨーロッパの新たな夜明けになるかもしれない」とハウザーは言う。
「やってみなければ分かりませんね」とボーンフェルト・ドール。「それほどの大金を果たして調達できるでしょうか」
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)