Vicky Leta/Insider
マーク・ザッカーバーグ(Mark Zuckerberg)には、もはや打つ手がない。
フェイスブック(Facebook)はこれまでにも危機的状況に陥ったことがあるが、今回は深刻さが違う。いま直面している問題は、同社の信用をガタ落ちさせた例の内部告発事件のことではない。メタ(Meta)の中核であるFacebook事業が低迷し、投資家から見放されつつあるのだ。
それでもザッカーバーグは社名を変えてまで、メタバース(3次元の仮想空間)の構築というはかない夢を実現しようとしている。実用性が見出されていない(そして今後も見出されないかもしれない)新たな仮想現実を構築するために、数十億ドルを費やそうと計画している。経済が揺れ動くなか、投資家が企業に求めているのは強固な収益基盤であって、将来の不確実な約束ではない。
ザッカーバーグがFacebookを世界的な企業に成長させると、世の中は一変した。反トラスト法やプライバシー保護法を推し進める規制当局はメタの動向を注視するようになり、メタに対する世間の評価は「最悪」と言い表すほかない。この窮状を打開するには、中核事業を強化し、既存のプラットフォームを世界中のユーザーのために、より安全なものにするよう取り組むべきだった。
しかし今、メタが注力しているのは誰も興味を示してもいないメタバースの構築だ。Facebookはもともと、ザッカーバーグが学生寮の一室で立ち上げた壮大なプロジェクトから始まった。海外にも拠点を構える大企業へと育ったが、このまま突き進むと、破滅への道を歩むことになるだろう。
崩壊する中核事業
メタの将来性に対して世間がどれほど懐疑的であるかは、同社の株価を見れば一目瞭然だ。決算発表の翌日である2022年2月3日、メタの株価は26%以上も下落し、1日の時価総額の喪失としてはアメリカ史上最大の規模となった。
吹き飛んだ時価総額は2400億ドル(約27兆6000億円、1ドル=115円換算)。改善の兆しはいまだ見えておらず、2月9日の終値は1カ月前と比べて30%超下落している。決算発表前からは2670億ドル(約30兆7000億円)もの時価総額が目減りした計算だ。極端に売られているように思うかもしれないが、メタの財務状況に目を通せば納得がいく。
2021年の収益の97.4%を占めていたメタの広告事業は、以前ほど好調ではないのが明らかだ。メタは年次報告書でその事実を認めている。iPhoneユーザーが広告主による閲覧履歴の追跡をオプトアウトできるようアップル(Apple)が仕様変更をしたことで、メタの広告の精度が落ち、広告主が期待するような宣伝効果が得られなくなったからだ。
アップルによるプライバシー保護の強化により、メタは2022年の広告収入が100億ドル(約1兆1500億円)の減収になると見積もっている。この問題への解決策はいまだ見出せていない。
2021年第4四半期、メタの中核アプリであるFacebook、WhatsApp、Instagramの世界のユーザー数が初めて減少に転じた。
メタの主力プラットフォームであるFacebookは、2021年第4四半期に世界の1日当たりのアクティブユーザー数(DAU)が初めて減少に転じた。このことは当然ながら、広告事業にもさらなる打撃を与えることになるだろう。
問題はユーザーがFacebookに魅力を感じられなくなったことだ。2021年秋に流出した内部文書には、同社が若年層に人気がないことを認識していると記されていた。ザッカーバーグは、FacebookがZ世代を中心に急成長を遂げているTikTokとの「前例のない熾烈な競争」に直面していることを認めている。
Facebookの魅力の低下はユーザー数に如実に表れる。しかしメタは、すべての自社アプリに関して、最も重要なビジネス指標であるユーザーエンゲージメント(投稿への反応を示す指標)の正確なデータをいまだに公表していない。
JPモルガン(JP Morgan)のアナリストであるダグ・アンマス(Doug Anmuth)は、メタの株価見通しを引き下げたうえで、「Facebookは広告事業の成長が大幅に鈍化する一方で、高コストで不確実性の高いメタバース事業へと数年にわたり移行しようとしている」と顧客に書き送った。そして次のように続ける。
「経営陣はiOSによる影響がさらに深刻さを増すと考えているようで、かつて『対処は可能』と言われていたものが、今では2022年の収益が100億ドル(約1兆1500億円)目減りする不安材料となりかねない」
つまり、稼ぎ頭だったFacebookの広告事業は廃れていくということだ。
メタバースは流行らない
既存の事業が存続の危機に瀕しているにもかかわらず、ザッカーバーグは、投資家には未来に目を向けてほしいと考えている。だが問題はメタバースに「未来」がないことだ。
ザッカーバーグは、メタバースに関して「作りさえすれば、ユーザーは自然と集まる」というアプローチをとっている。しかしオンラインでつながる場を作った前回とは異なり、今回はその規模と複雑さから、構築するだけで数十億ドルが必要になる。
2021年第4四半期の決算発表から、メタはメタバース事業の業績を公表し始めたが、その数字は惨憺たるものだった。
2021年、従業員の新規雇用からデータセンターの新設まで、メタバースへの投資に100億ドル(約1兆1500億円)を投じている。オキュラス(Oculus)ゴーグルやゲーム販売による同事業の第4四半期の収益は10億ドル(約1150億円)に満たず、アナリストによる通期予想を大幅に下回った。
メタバース事業への積極投資がもたらす損失は、2022年にはさらに拡大するとみられている。メタは「総費用の伸び率が前年比の収益の伸び率を大幅に上回る可能性がある」としているためだ。
要するに、いつ完成するかも分からず、ユーザーが楽しめるかどうかも分からないモノを作るために、メタは赤字を垂れ流し続けることになるわけだ(2021年秋に行われた世論調査によれば、アメリカ人の大多数はメタバースに特に興味を持っていない)。
ザッカーバーグは、仕事や遊びの場にもなるという仮想空間に私たちを呼び込もうとしているが、メタバースの現状は、せいぜい華々しいオンラインゲームでしかない。悪く言えば、手間のかかるバーチャルな出勤手段であるうえに、コーヒーが飲めなくなるヘッドセットを装着せねばならず、痴漢の被害に遭うアバターもいる。
ウェブ会議システム会社ンーフー(Mmmhmm)のCEOであるフィル・リービン(Phil Libin)はInsiderの取材に対し、「メタバースは昔からある概念です。目新しいものではなく、過去40年間に繰り返し試されてきましたが、うまくいきませんでした」と話す。
ザッカーバーグがどれほど期待しても、メタバースで長時間過ごしたいと思う人はいない。
メタの株価が暴落したのはこのためだ。ザッカーバーグは、人々が常にメタバースで過ごすようになると市場に信じ込ませようとしているが、マイクロソフト(Microsoft)のCEOであるサティア・ナデラ(Satya Nadella)の意見のほうが、メタバースの概念(いまだに概念止まりなのだ)をより的確に表している。ナデラはフィナンシャル・タイムズの取材に対し、「メタバースとは何かって? 本質的にはゲーム作りと変わりません」と語っている。
ナデラは、メタバースの技術がビジネス会議などさまざまな分野に応用できる可能性があると述べる一方、自社の定評あるゲーム部門にて、目覚ましく発展しているメタバース技術を取り入れようとしている。
その布石として、既に成功を収めている米ゲーム大手アクティビジョン・ブリザード(Activision Blizzard)の買収を発表し、来たるべきメタバース市場への参入を目論んでいる。
この買収により、マイクロソフトは好調なゲーム事業の一環として、メタバース機能を試験的に導入していけるだろう。社名を「メタソフト」などと変更して、Officeアシスタントのクリッピー(Clippy)をバーチャルオフィスに登場させるよりも賢明だ。
ソーシャルメディアの大手企業、とりわけFacebookが社会的信用を完全に失っているため、メタがユーザーをメタバースに誘導することが難しくなっている。ほんの些細な事柄でもメタは世間から疎まれるようになってしまった。
米調査会社モーニング・コンサルト(Morning Consult)による世論調査では、アメリカ人はメタという社名を嫌っており、マーク・ザッカーバーグを好ましく思っていないことも分かった(ザッカーバーグの好感度はマイナス32ポイント)。
このような否定的な意見は、新しい仮想世界を構築するために必要な人材を獲得するうえで、採用プロセスを難しくしかねない。
かつての手法は通用しない
メタは現在、ユーザーエンゲージメントや市場、規制当局の監視という点で、創業当初とはまったく異なる環境で事業を展開している。
2010年代初頭にモバイル事業に軸足を移した際には、競合他社を買収したり、模倣したり、潰したりなどして積極的に動いた。InstagramやWhatsAppなどの既存事業を買収したことで、ここ数年の同社の成長は支えられた。
しかし連邦取引委員会(FTC)のリナ・カーン(Lina Khan)委員長をはじめとする議員や規制当局が、メタのこれまでの競争を阻害する戦術に息巻いている今、同社がメタバースを構築しようとする動きには、より厳しい目が向けられるだろう。
以前なら、ザッカーバーグは考えるのを後回しにして、まずはモノを作って(あるいは買って)みることができた。しかし会社の規模が大きくなりすぎて、「素早く行動し破壊せよ(Move fast and break things)」という同社のモットーが実行できなくなった。
今では何をするにも許可を得なければいけない。メタがディエム(Diem)と呼ばれる独自のデジタル通貨を立ち上げ、急成長している投機性の高い分野に足を踏み入れようとしたことなどはその好例だ。
誰もが独自のステーブルコインを簡単に発行しているにもかかわらず、メタの試みは規制当局に阻まれ、ディエムの決済システムは2022年1月、仮想通貨の投資家に金融サービスを提供する小規模の銀行に売却された。
新たな商品には新たな問題がつきもので、規制当局がメタに解決策を求めるのは当然のことだ。規制当局は、メタがFacebookやInstagramの潜在的な問題を解決できなかったことが、社会にどれほど大きなダメージを与えたかを十分認識している。
ザッカーバーグは誤ったタイミングで大きな賭けに出た挙げ句、投資家から見放された。
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投資家も、会社の将来を賭けてメタバース事業に転換するようなギャンブルに対しては寛容ではない。2022年1月に世界中の中央銀行が利上げを示唆したことで、負債や成長に欠かせない大規模投資がよりコスト高になったためハイテク株は打撃を受けた。このような環境下では、投資家が求めるのは安定した収益を上げている健全な企業であり、当てにならないものや不確実な将来に賭けようとは思わない。
ザッカーバーグはメタへの投資を強化するためにスタートアップの買収を目論むかもしれないが、市場の変化に伴い、スタートアップも苦境に立たされているはずだ。メタが狙いを定めている買収先は積極的に売却に応じるかもしれないが、それによって、メタがまだ手にしていない先進的な技術を開発するための融資や資金調達は難しくなるだろう。
市場が変化するとともに、ザッカーバーグが築いてきた事業は縮小の一途をたどり、Z世代はFacebookを「ダサい」と考えている。メタバースへの戦略転換は、単にメタバースをゼロから構築するだけでなく、会社を泥沼から救い出すことでもある。これは、ザッカーバーグにとって経営者としての未知の領域だ。
2022年には、これまでの手法は通用しないかもしれないが、世界はこれまで以上にザッカーバーグを注視している。万が一失敗することになれば、世間から喝采を浴びるだろう。
(翻訳・西村敦子、編集・常盤亜由子)