人とテクノロジーの関係を再構築するスタートアップ企業が登場している。
Marianne Ayala/Insider
信じられるだろうか。飛行機でタバコが吸えた時代があったことを。10年後にはそれと同じ感覚を、現在のスマホの使われ方に感じるようになるだろう。
そう予測するのは、ベルリンを拠点とするスタートアップ企業、ノットレスバットベター(Not Less But Better)の共同創業者クリスティーナ・ロツハイム(Christina Roitzheim)だ。
ノットレスバットベターは2019年の創業以来、人がテクノロジーとの関わりをコントロールできるよう支援するサービスを展開している。具体的には、スマホ中毒、連続ドラマのイッキ見、恋愛アプリの使い方などの問題を抱える人たち向けに、認知行動療法に基づくマイクロトレーニングを日々提供している。
「今日の問題は、あらゆる大手IT企業が極めて巧みに、人のアテンションを集めるようなビジネスモデルを確立したことが原因だと、個人的には考えています」とロツハイムは言う。
現在、ロツハイムは毎朝デジタル機器を使わない時間をとって瞑想やヨガを行うなど、自ら実践を試みている。ただし、デジタルから離れるのは、いつでも簡単というわけにはいかなかった。
「いつも後ろめたい気分は付きまといました。メッセージをチェックしなくちゃ、仕事を始めなくちゃと、どうしても思ってしまって。でもテクノロジーから離れるのも仕事のうちだと思い直したんです。起業家は、自分の考え方こそが最大の資産ですから」
モバイルデータを提供するアナリティクスプラットフォームのアップ・アニー(App Annie、現data.ai)によると、世界のAndroidユーザーの2020年のスマホ使用時間は1日4時間以上と、2019年対比で20%も多い。
アメリカやヨーロッパでは、ユーチューブ(YouTube)、フェイスブック(Facebook)、インスタグラム(Instagram)、スナップチャット(Snapchat)、ネットフリックス(Netflix)が最もよく使われているものの、コロナ禍の影響で、家族と時間を過ごしたり、授業を受けたり、食料の買い出しをしたりといった物理的な活動もオンラインに移行している。
スマートフォンの使用は睡眠障害やうつ病との関連が指摘されているが、それ以外にも、SNSプラットフォーム各社はそのビジネスモデルが批判を浴び、厳しい目にさらされている。
2021年9月には、元フェイスブック(現メタ)社員のフランシス・ホーゲン氏(Frances Haugen)が内部告発を行い、メタはInstagramが10代女子のメンタルヘルスに悪影響を及ぼすと認識していたことを暴露した。また、2018年にアルゴリズムを変更した結果、センセーショナルで分断を深めるようなコンテンツがユーザーの目に触れやすくなったことを社員が懸念していたことも明らかにした。
生産性向上アプリ「Forest(フォレスト)」は、スマホ使用時間を減らす取り組みを2015年からひっそり続けている。スマホ時間を減らすことに成功すると、ごほうびとしてリアルの植樹体験を経験できる。
瞑想アプリの評価は高まっており、「Calm(カーム)」のバリュエーションは今や20億ドル(約2300億円、1ドル=115円換算)、「Headspace(ヘッドスペース)」は30億ドル(約3450億円)だ。
生産性向上アプリを開発するBlloc(ブロック)の共同創業者、アダム・バドル(Adham Badr)はInsiderの取材に次のように語る。
「いま皆さんのスマホに入っているアプリはほぼ全て、スクリーンタイムが長いほど収益が上がる仕組みになっています。業界の成功指標はエンゲージメントとリテンション。1兆ドル(約115兆円)規模のスマホアプリ業界のことを理解するためには、まずアテンションの価値を理解する必要があります」
Bllocはスマホの使用時間を減らすAndroid用アプリ「Ratio(レシオ)」を開発している。「Conversations」という機能を使うとメッセージアプリやSNSの情報を一つにまとめられるので、ユーザーは個別のアプリを開くことなく返信できる。そのため、ダラダラと無関係なコンテンツを見続けてしまうリスクを避けられるというわけだ。
Ratio使用時のスクリーン。右端が「Conversations」。
Blloc
Kin(キン)も、スマホを見続けてしまう問題に取り組むスタートアップの一つだ。Kinのプラットフォームではメンバー限定のコミュニティを通じて、家族、親友、仕事仲間などとつながる。ユーザーは複数のコミュニティに所属することもできるし、投稿を閲覧できる人を指定することもできる。
Kinのマイケル・コレット共同創業者(Michael Collett)は言う。
「人には愛や、大事な人とつながっている感覚が必要です。これは人間の本質に組み込まれた欲求と言えるでしょう。現在主流のSNSプラットフォームは、そのあたりの取り組みが手薄です。いかにマスとつながるか、第三者に向けて広告を打つかを主眼に設計されていますからね」
Bllocにも投資するヨーロッパ系ベンチャーキャピタルであるスピードインベスト(Speedinvest)のパートナー、マイケル・シュスター(Michael Schuster)は、「スマホは過去20年で最大のイノベーションの一つではあったが、その間、スマホ自体はさほど変化していない」と指摘する。
シュスターは、アテンションに対してデジタル通貨で報酬を支払うものなど、いくつかの新しい方式のソーシャルメディアの萌芽が見られると言う。
「新種のSNSが今後どうなっていくかは、実際に見てみるまで分かりません。ただそうしたものが出てきたら、従来のものにはもう戻れないでしょうね」
(翻訳・カイザー真紀子、編集・常盤亜由子)