学び直しがブームとなっているにもかかわらず、多くの人がキャリアの中断に恐れを感じている。
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最近、“履歴書の空白”を作るキャリアを歩む人が増えていると感じる。
「履歴書に書けないキャリアを作る」というと、一見して矛盾があるように聞こえる。しかし、真剣にキャリアを考えた結果、キャリアのために “履歴書に空白を作る”人が実際に周りに多数いるのだ。
「学び直し」「リスキリング」という言葉もよく聞くようになった。今改めて、終身雇用だけでなく、“新卒で入社したら定年まで休むことなく働く” というキャリアも疑われ始めている。
そんな中、なぜ多くの人が意図的に空白期間を作っているのだろうか。
「履歴書に空白を作るキャリア」とは何か
留学や職探しなど、一定期間あえて仕事から離れることを「履歴書に空白を作るキャリア」と呼んでみたい。
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今回の記事では、自主的な留学や大学院進学、単なるマイペースな職探しなど、一定期間、あえて仕事から離れる選択をすることを、履歴書に空白を作るキャリアと呼んでみたい。
人生100年時代の働き方・生き方を説く書として2021年10月に刊行された『LIFE SHIFT2』。本書では、これまでの「学習→仕事→引退」という3ステージのキャリア形成から、社会人としての約40年の間に、空白期間を設けてキャリアを形成するマルチステージの人生が主流になるべきだと主張している。
日本でも、新卒一括採用からジョブ型採用へと採用の潮流が変わりつつある。あらゆるところで、スキルや多様な経験を持った即戦力が求められている。
さらに、業界のトレンドの移り変わりは速くなり、職業やスキルの流行り廃りは刻一刻と変わっていく。
その中で、人々が社会に出ても安心できず、改めてスキルや経験を求めたり、あるいはそれらのうち自分の人生に必要なのはどれかを考える時間を求めたりするようになっているのではないだろうか。
履歴書に空白を作るキャリアを歩む人が増えているのも、そうした背景によるものだろう。
しかし、そうした人々の意識に対して、世の中は追いついているのだろうか? たとえ学び直しやキャリアを考える空白期間という有意義な時間を過ごすと決めたとしても、履歴書が空白になることに、不安を覚える人も多いのではないだろうか?
少なくとも、半年前の私はそうだった。
“履歴書の空白”には、不安がいまだつきまとう
職務経歴書のブランクはキャリア形成に悪影響があるのだろうか。
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私の場合の空白を作るキャリアは、「次の職場を決めるまでの小休止」だった。
長年本業と並行して副業をしていたが、情けないことに時間が足りずキャリアを見直さなければならないと感じていた。
しかし次のキャリアが思い浮かばず、じっくり考えたいと思い、副業をゆったりと続けつつ、会社を辞めて少し時間に余裕を持った生活をしてみようと思ったのだ。
そんなときに一番心に引っかかったのが、「職務経歴書にブランクがあるとキャリア形成に悪影響があるのだろうか」ということ。
というのも、私が知る限りかなり優秀な友人も、とある大手広告代理店を卒業した後、自費で海外留学をして、その後就職先がなかなか決まらず苦労していたのだ。
私自身、匿名SNSで志望企業の面接官に質問をしてみたところ「それなりの理由を説明できなければ、やはり(空白期間を)不審に思いますね」と返信をもらってしまった。
さらには、柔軟なキャリア形成ができない悩みをTwitterでつぶやいたところ、「あなたには専門性が無いのだから、そうなっても仕方ないのでは」と言われてしまったのである。
当時、自分のキャリアに専門性がないのがコンプレックスだったこと、そして “キャリアを選べるのは限られた人だけ” と思い詰めていたことから、その言及にショックを受けたことをよく覚えている。
私のように、ふらふらと履歴書に穴を開けようとしているケースだけではない。強い意志を持って、仕事以外のキャリアに進もうとしている人も今は多いのではないだろうか。先述した自費で海外留学した友人もそうだ。
私も会社員時代日々忙しく過ごしていたが、フルタイムで懸命に働きながら、転職先を探すのは一苦労だ。
現状、副業から転職につながるケースや、大人のインターン(一定期間、お試しで雇用関係を結ぶこと)から正社員採用につながるケースもある。
短期間働いてみてお互いの相性を確かめながら転職したいニーズは確実に存在しているのにも関わらず、今の会社を辞める頃には次の会社が決まっていないといけないというのは、よくよく考えると少し不思議だ。
空白期間を受け入れない、転職の仕組み
考えてみると、私たちにはさまざまな「キャリアを中断したい理由」、つまりは、大人になってから全力で取り組みたいことがある。しかし、一般的な選考フローは「空白期間」を受け入れない仕組みになっている。
さまざまな副業の引き合いがあり、軽やかにキャリアを歩んでいるように見えた友人に転職について相談したことがある。彼女も、
「(空白期間を作りたかったが)私も転職のときに、副業で培ってきた経験を経歴書に書いていいのか迷った。空白期間をきちんと説明はできるけれど、そもそも選考フローが最初に書類選考だから、説明する機会もなく合否を判断されるケースも多いから」
と話していた。
確かに、履歴書のフォーマットを見てみると、本業の仕事を時系列で並べる項目が情報のほとんどを占めている。それ以外のキャリアは書く場所がないか、あったとしても補足的な情報としてしか扱われない。
友人とのチャットで悩みを共有したことも。
画像:筆者提供
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副業、独立、進学、キャリアを考えるための空白期間。私たちは不確実な時代に、より自分に合ったキャリアを模索しようと冒険したいと思っている。しかし、ひとたび一続きの社会人人生からこぼれ落ちたら、もう戻れないかもしれないという恐怖心もある。
「リスキング」や「学び直し」を筆頭に、自分の人生の方向性に変化を加えるきっかけを獲得したいと思っていても、そのキャリアの選択は社会から認められるだろうという予想ができなければ安心して挑戦できる人は限られたままだ。
リスキリングの機会が増加する今こそ「履歴書の空白」を
変化しないこともリスクになる中で、さまざまな手法で学んできた人の多様な人生も受け止められる価値観が必要とされる。
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結局私が悩んだ末に、会社を辞めて独立という名のモラトリアム期間に入れたのは、周りにキャリアの空白期間を持った後、別職種で活躍していた友人がいたからだった。
しかし、その友人に聞いたらなんと、同じく「私が独立できたのは、周りに成功している人の姿を見ていたからだ」と教えてくれた。
ただし彼女も「もしかしたら正社員に戻れずにアルバイト暮らしをすることになるかもしれないことも覚悟した」と言っていた。
私も、会社を辞めて独立したものの全く仕事がなくなってしまったらどうしようと思い、最悪の想定をして半年分の生活費を貯金してから辞めた。
多くの人の話を聞いても、やはりまだまだ、履歴書に空白を作るには “決死の覚悟” が必要なように見える。決死な覚悟をしてまで、新たなキャリアを得ようとする人はどれだけいるだろうか。
しかし、導いてくれた彼女はこうも言った。「だけど、そこにい続けることもリスクだった」。
この言葉に共感する人も多いだろう。変化は怖いが、変化しないこともリスクである。
人生100年時代に、一度も自分を変化させずに仕事人生を終える人はレアかもしれない。今は、変わり続けようとすること、学び続けようとすることが必要とされている。
しかし、変わり続けようと思う人を増やすために本当に必要なのは、“決死の覚悟”をせずとも、変わろうと思える環境づくりだ。
いくら、 “学び直し” や “リスキリング” という言葉が流行ろうとも、その時間を捻出するために取るさまざまな選択肢を受容する「仕組み」や「価値観」が根付かなければ、「学び続ける人生」を選ぶ人は増えない。
人材を長時間かけて育成する文化が崩壊する一方で、今、確かなスキルを持つために学び続けることが求められている。
そんな中で必要なのは、画一的なひと続きの経歴だけではなく、さまざまな手法で学んできた人の多様な人生も違和感なく受け止められる価値観なのではないだろうか。
出発したら最後、同じ場所には戻って来られない冒険に出られるのは、一部の勇者だけなのだ。冒険や学びの旅に出ても、きっとまたここに戻ってこられると思えるからこそ、多くの人は寄り道を選び、そして日常生活の外側にある学びを得た人々が増えていくのであろう。
※この記事は2022年2月21日初出です。