「ミスターミニット」を運営するミニット・アジア・パシフィックで社長を務めていた迫俊亮さん(36)が、メルカリに転身した。迫さんは2014年、29歳の時にミニット・アジア・パシフィックの社長に就任。10年もの間、業績悪化に苦しんでいた同社を約3年で立て直した功労者だ。
2021年10月に同社社長を退任し、現在はメルカリが2022年1月に設立した社内カンパニーのCEOとして、新サービス立ち上げの準備を進めている。
「1つの物を長く使い続ける社会」を実現するOMOを
メルカリ執行役員VP of Business Growth / メルロジ取締役の迫俊亮さん。ミスターミニット元社長が今やりたいこととは。
提供:メルカリ
── ずばり、メルカリで何をされる予定なんでしょうか?
少し直せばまだまだ使える物の多くがゴミ箱に直行している現状を変えたいと思っています。
前職のミスターミニット時代に世界中のリペア職人や物作りの職人と一緒に働く機会があったのですが、そこで学んだのは、どんな物でも適切にケアしたりリペアしたりすれば、一般の人が思っているよりもはるかに長く使い続けられるという事実でした。
「OMO(Online Merges with Offline、オンラインとオフラインの融合)サービス」による「物が循環する社会」を実現したい。オンラインとオフラインを融合させた、「修理のインフラ」となるような世界規模のサービスを作りたいんです。
今や月間ユーザー数2000万人を超える規模になったメルカリアプリ。
撮影:小林優多郎
ミニットは1972年の創業以来40年以上、駅構内や百貨店で靴の修理事業を続けてきたのですが、調査をすると『靴が修理できる』という事実を知っている人は実はすごく少ないんです。靴以外の領域でも同じようなことが起きていると考えているので、まずはそこをしっかりと正しく知っていただく、修理に関する正しい認知を広げるところからですね。
── 物の循環、修理といっても色々ありますが、まずは何を対象にしたサービスを考えていますか?
じゃあどこのカテゴリーかというと、今のところは全方位で考えています。
たとえばファッションでは環境に負荷をかけないエコ素材が増えていますよね。それはとてもいいことですが、一方でサイエンティフィックに見ると、ファッションセクターの温室効果ガスへの影響で素材が占める割合は10%ほど。残りの10%が物流で、80%が製造プロセスによるものです。
エコ素材でどんどん新しい物を作って廃棄したり新たにエネルギーを使ってリサイクルするよりも、1つの物を長く使い続けるほうが圧倒的に環境にインパクトがある。こんな話がファッションだけでなく、いろんな分野でまだまだ眠っています。そのポテンシャルをメルカリでの事業を通じて掘り起こしていきたいなと。
なぜメルカリだったのか。答えはテクノロジーと二次流通
「メルカリステーション」は、ミスターミニットがメルカリへの出品を修理などを通して幅広くサポートするサービスだ。
出典:ミスターミニットHP
── ミスターミニットとメルカリは「メルカリステーション(旧メルカリ リペア)」というサービスで協業されています。これもある種のOMOですよね。前職でもOMO事業はできたと思うのですが、 敢えてメルカリを選んだ理由は?
大きく2点あります。1つはテクノロジー、もう1つは二次流通です。
修理のインフラとなるようなOMOサービスを実現するには、「コストが見合わない」「お客様に正しくお伝えする方法がない」など多くのボトルネックが出てくると予想しています。それを突破できるのはテクノロジーの力しかない、と。
問題解決を考える時に、オフライン事業として店舗でのレギュレーションをベースに考えるのか、それともテクノロジーを前提として考えるのか。メルカリはもともとテクノロジーの会社としてスタートしているので、後者に最適化した組織になっています。
もう1つの二次流通に関してですが、物が循環する社会を作りたいと思った時に、個人を対象にした修理サービスだけでは限界があるんですね。なぜならどれだけ修理して使える状態にしても、ライフスタイルや嗜好の変化によって不要になる物もあるからです。そうした物を必要としている次の人にマッチングして引き渡す仕組みが重要です。これはまさにメルカリがフリマアプリとしてやってきたことで、日本最大の顧客基盤もあります。
経営者・山田進太郎からの要求は
メルカリCEOの山田進太郎さん。2021年10~12月期の連結決算は、7四半期ぶりの営業赤字だった。
撮影:稲垣純也(2021年7月20日記事より)
── 実際にメルカリに入社してみて、印象はどうですか? 同じ経営者として、山田進太郎さんはどう見えますか?
山田さんの実際の印象は対外的な発信・コミュニケーションとほぼ同じです(笑)。言われるのは、「世界的なマーケットプレイスを創ろう」「循環型社会を実現するぞ」と。そのためには「まだまだ提供している価値もサービスも足りていない」と。
メルカリというフリマサービス並みの事業を作っていかないとこのミッションを達成することはできないので、そういった意味での要求は高いですね(笑)。
でもメルカリに来た理由のもう1つはそこで、ミッションに本気でコミットしているなと感じていたからです。海外展開の早さも含めて、循環型社会をお題目じゃなく本気で実現しにいく事業がここでならできるんじゃないかと思った。そういう意味で山田さんの要求の高さは、経営者としてあるべき姿だと思います。
世界で盛り上がる「修理する権利」はマーケティングに効く
── アメリカやヨーロッパでは、家電製品などを販売メーカーを通さずに消費者や修理業者が修理できる「修理する権利」が話題です。こうした世界の動向をどう見ていますか?
修理する事業者側にとっては、修理する人が増える=お客様が増えるということなので、まずその点でメリットがありますよね。
それに物を作っているメーカーにとっても、消費者との関係が「買って終わり」にならない。その後のメンテナンスやリペアを定期的にしてもらうことでタッチポイントが増えるのは、メーカーのマーケティングにとってもすごく良いことです。
そして修理して長く使うことが前提になると、より良い物を、我慢せずに買う流れになると思っています。1万円の靴を毎年買い換えるよりも、20万円の靴を30年使ったほうが1年あたりが安い。もちろん高価=良い物というわけではないですが、修理する権利が拡大することで、消費者が自分が良いなと思う物を受け入れやすい社会になる気がしています。
── 「修理する権利」が盛り上がっている背景には、各国政府の後押しがあります。メルカリは政策企画にも力を入れていますが、今後はロビイングなども予定していますか?
法律などの整備は、もしそれが循環型社会にとって良いのであればロビイングなども検討していきますが、まずはお客様への啓発とツールの提供に全力を注ぎたいと思っています。いくら需要が換起されても、それを使う機会がないとどうしようもないので。
長く着られるものには理由がある
古着販売や修理などを積極的に行い環境問題に尽力する「パタゴニア」も、迫さんのお気に入りブランドの1つだという。
撮影:オンライン取材時
── 修理が当たり前の社会になれば、物づくりも修理前提で進む、と。
僕自身も長く使える物しか買わないですし、職人の手仕事を感じる物がすごく好きなので、スーツもそういうところで買っています。で、長く着られる物はそういう作り方があるんですよね。たとえば体型が変わったり、誰かに引き継ぐとなった時にちゃんとリペアして対応できるよう、初めから縫い代を多めに作ってある。
一方でこうした作り方は布代含めてコストがかかるので、一般的に売られている商品はほとんど縫い代がなく、再調整できません。
今後、生産者は今まで以上に物を売った後のことにまで責任を求められるのが必然的な流れだと思うので、こうしたことも変わっていくと思います。
── ちなみにベンチマークにしている他社サービスはありますか?
今回、取り組もうとしているOMO領域は日本ではあまり目立った成功例がないんですよね。一方でアメリカや中国に目を向けると成功例はあるので、海外でOMOの成功事例としてあげられるサービスの「ここはいいね」という要素は色々と参考にしています。
「修理する権利」のような、物を修理する、長く使う、循環させるのは日本特有ではなくグローバル共通の社会課題です。このペインを解決できるサービスは他の国、マーケットでもいきてくると思うので、もちろんグローバル展開も目指していきます。
(文・竹下郁子)