楽天モバイルに大きく投資する三木谷浩史会長兼社長。(写真は2020年2月のもの)。
撮影:小林優多郎
楽天グループは2月14日に発表した2021年12月期の連結決算が最終損益1338億円となり、過去最大の赤字となった。
携帯電話事業の楽天モバイルにおけるエリア整備が足を引っ張る経営が続いている。
KDDIへの「数百億円規模の支出」が重荷に
楽天グループ「2021年度通期及び第4四半期決算説明会 資料」より
出典:楽天グループ
楽天モバイルは2月4日には、当初の計画を4年前倒して、4Gエリアの全国の人口カバー率が96%に達した。楽天モバイルは自前でエリア化できていない場所に関しては、KDDIのネットワークを間借りする「ローミング契約」によってサービスを提供しているが、こちらが大きな負担となっている。
KDDIは1月末の第3四半期決算で634億円をグループMVNO+ローミング収入と計上しているが「多くは楽天モバイルからのローミング収入だと思って良い」(KDDI髙橋誠社長)という。
つまり、楽天モバイルからKDDIへと、数百億円規模のローミング費用が流れている。しかも、楽天モバイルユーザーが増えれば増えるほど、KDDIへの支払いが増えることになるため、楽天としては一刻も早く、自前で全国にエリアを整備する必要がある。
楽天モバイルの4Gエリアは、2022年2月4日に人口カバー率96%の目標を達成した。
出典:楽天モバイル
ただ、全国展開は順調であり、今後はさらにローミングエリアは縮小されていく。楽天モバイルの山田善久社長によると「2021年第1四半期が赤字のピークであり、2022年第2四半期以降は回復を見込む」とする。
NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクは同じく4Gエリアにおいては、すでに人口カバー率で99.99%以上を実現している。もちろん、楽天モバイルにとって96%は通過点に過ぎず、99.99%さらには100%を目指すつもりでいるようだ。
三木谷浩史会長によれば「99%以上は自前のネットワークで立てていく。99%の後半からはスペースモバイル計画でのエリアをカバーすることになる」という。
山間部などは、基地局を設置する際、そこまでの光回線を敷設するのに莫大なコストが必要とされてきた。しかし、最近では衛星と基地局を通信で結び、その基地局の周囲をエリア化する方法があるため、そこまでコストはかからずに済むという。
楽天モバイルでエリア整備を担当する矢澤俊介副社長は「地方に行けば行くほど、伝送路や通信のキャパシティーなどは必ずしも太くなくても対応できる。衛星経由での伝送があれば大丈夫ではないか」と語る。
96%達成の次は「プラチナバンド」
ただ、楽天モバイルが喉から手が出るほど欲しいのは、屋内にも浸透しやすい周波数帯である、いわゆる「プラチナバンド」(建造物に浸透しやすく、障害物にも回り込みやすい)ではないだろうか。
ソフトバンクの宮川潤一社長。
出典:ソフトバンク
かつて、ソフトバンクはプラチナバンドがなかったため、消費者の中には「iPhoneは欲しいが、ソフトバンクの電波はつながらないから、ドコモからiPhoneが出るまで待つ」という声があった。
ソフトバンクは「プラチナバンドがないとNTTドコモやKDDIと互角に勝負ができない」と訴え続け、2012年にようやくプラチナバンドを入手。それ以降、「ソフトバンクはつながりにくい」という声は全くといいほど聞かれなくなった。それだけプラチナバンドの威力は大きい。
2021年夏に、筆者がソフトバンクの宮川潤一社長に対して「楽天モバイルがプラチナバンドを欲しがっているようですが」と質問した。すると宮川社長はこう答えている。
「プラチナバンドを欲しがるのは理解できる。しかし、ないから欲しいと言うだけでは議論にはならない。
我々は(かつて)総務省から『いま保有している周波数帯を使うだけ使ってから話をしにこい』と言われたので、最終的には18万局の基地局を建てまくった経緯がある」(宮川潤一社長)
2月14日の決算会見に登壇した楽天グループ 会長の三木谷浩史氏。
出典:楽天グループ
楽天モバイルがこれまで人口カバー率96%の達成にこだわったのは、総務省への開設計画に「2026年までに人口カバー率96%を達成する」という記載があったからだ。
総務省に提出していた開設計画の96%を達成したことで、「新しい電波が欲しい」と総務省に交渉しやすくなったことは間違いないだろう。
その点を今度は三木谷浩史会長に聞いてみると、三木谷氏はかなり強い言葉を選んで回答した。
「政府が第4のキャリアとしての参入を認めた背景には、競争を促進して、より合理的なマーケットプレイスの通信料金にしていく狙いがあると考えている。
いまのミッドバンド(楽天が持つ1.7GHz帯)でも知恵と工夫でかなりカバーできているが、経済効率でいうとプラチナバンドがあることによって、3社との競争しやすくなる。
そういう風になれば良いかと思っているが、これ以上は何も言えない」(三木谷浩史会長)
かつて、ソフトバンクがプラチナバンドを手にして、ようやくNTTドコモ、KDDIと互角に戦えるようになったように、楽天モバイルがプラチナバンドを手にすることで、3社と対等に渡り合えるようになる。
現在所有する1.7GHz帯でも工面はできるが、できるだけ安価に3社並みに人口カバー率を上げようと思うと、プラチナバンドがあるのが理想ということになりそうだ。
「スペースモバイル計画」で常識が覆るか
楽天は通信業界の常識を覆す秘策を持っている。
撮影:今村拓馬
楽天モバイルでは、もうひとつ、人口カバー率を上げる「奥の手」として、低軌道衛星によるエリア化を計画している。
アメリカの衛星通信ベンチャーであるAST社と業務資本提携を結んでおり、低軌道衛星で全国エリアをカバーする「スペースモバイル計画」を2023年以降に開始する予定だ。
都心部など通信トラフィックの多いところは対象外となるが、山間部や離島、さらには災害時に地上のネットワークがダウンした際には、低軌道衛星からの電波でエリア化する計画だ。
先述した衛星経由の通信は、衛星と基地局が通信し、その基地局がスマートフォンにつながる電波を飛ばすというもの。一方、このスペースモバイル計画は衛星とスマートフォンが直接、通信をするというのが画期的なのだ。
ただ、このスペースモバイル計画に対しては、業界関係者からは疑問の声もあがっている。
あるキャリア関係者は「そもそも低軌道衛星は地上から数百キロ離れているので、スマートフォンと通信がつながらないのではないか」と言う。
また、別のキャリア関係者は「低軌道衛星とスマートフォンで通信はできないことはない。ただし、低軌道衛星のアンテナは巨大なものにならざるを得ないため、そもそも打ち上げられるのか、打ち上がったとしても安定的な軌道で運用できるのかなど、疑問点はかなり多い」としている。
それだけ、挑戦的な計画であることは間違いないのだが、キャリア関係者は「楽天モバイルがスペースモバイル計画を実現できたら、我々も考え方を改める必要がありそうだ」とも語る。
果たして、スペースモバイル計画で、全国の人工カバー率100%達成という一発逆転は実現するのか。楽天モバイルの取り組みが成功すれば、モバイル業界の常識が一変する可能性もありそうだ。
(文・石川温)