MetaのVR会議ツール「Horizon Workrooms」での対談の模様。尾原さんはシンガポールから、岩佐さんは東京のホテルからの参加。
Business Insider Japan
2022年1月に2年ぶりにアメリカ・ラスベガスで開催された国際的なテックイベント「CES 2022」に出展したShiftall(シフトール)代表の岩佐琢磨さんと、CESをリモートで取材したIT批評家の尾原和啓さんによる対談。
前編に引き続き、VR会議ツール「Horizon Workrooms」で対談したメタバース編では、二人が読み解く「これから来るメタバース業界の動き」を考察します。
メタバースのトレンドは“感触デバイス”
── 尾原さんがオンライン取材をされた中で特筆すべきものはありますか?
尾原:メタバース関連で言うと、「手を握っている感覚」「寒い/暑い」など、次は“触感”の方の展示がいくつかありました。
岩佐:韓国のbHapticsによる「TactSuit(タクトスーツ)」のような触感フィードバックのあるスーツやグローブあたりですかね。あとは、スペインのOWOが電極を使ったいわゆる“腹筋パッド”の応用をしています。
特にbHapticsはCESの古株です。VRアミューズメントパークなどが主なお客さんで、一般消費者の家に導入してもらうより、B2B用途で娯楽施設などで使ってもらうことを主軸に置いています。
韓国のbHapticsによる展示。
画像提供:岩佐琢磨さん
あとは1個50〜70万円もしますが、オランダのスタートアップとして「SenseGlove」も出てきています。
SenseGloveの人たちと話していると、今はB2Bのお客さんしかいないということでした。触感系はVR+αと言うアプローチ。
あと、誰も話題に上げないのですが、韓国のロッテグループが「CALIVERSE」というメタバースに取り組んでいます。ロッテグループというと、日本だとお菓子のイメージがありますが、グローバルでは複合企業です。
ロッテグループの「CALIVERSE」。
画像提供:岩佐琢磨さん
彼らの持つビジネスをメタバースでどう展開していくのか、という展示をしていて、かなり地に足がついた数少ない“まともな”メタバース展示に見えました。
CES会場のブースの中には何もなく、ブースでヘッドセットを被って見るだけ、という展示スタイルでした。
VRが盛り上がる理由は「コロナでARがぶっ飛んだ」
「ポケモン GO」のリアルイベント・Pokémon GO Fest Yokohama 2019(2019年9月開催)の様子。コロナ禍で同様の熱狂は見られなくなった。
撮影:小林優多郎
尾原:感触が盛り上がっている裏返しでもあるのですが、去年一昨年で出てきていた「薄い半透明ディスプレイ」や「網膜投射型のプロジェクター」といったAR(拡張現実)の要素技術が、ほとんどなくなっていましたよね。
岩佐:コロナでARがぶっ飛んだ(白紙に戻った)んですよね。
コロナの前からARもVRもあるんですが、2019年までは「本命はARだ」と多くの人が言っていました。アップルがARグラスを出すとか、「ポケモン GO」(の空間認識のデモの進化)がすごいぞだとか。
そこにコロナ禍が到来して、“リアルに行けない”という事態が起こりました。ARはリアルに情報を加える技術なので、「これならバーチャルで完結した方がよい」ということになり、一気に情勢が変わりました。
そういうことが、CESの展示にもつながっていたと思います。
パナソニックが2年前のCES 2020に参考出展した眼鏡型VRグラス。2年を経て、このVRグラスは岩佐さんが経営するパナソニック子会社のベンチャーで製品化を担当、CES 2022に合わせて発表する段階になった。
出典:パナソニック
尾原:しかも、ARにそのまま行くより、VRヘッドマウントディスプレイにカメラがついてそのまま外の世界に色がつくというような「パススルー表示」が、近道なんじゃないかと。
パナソニックが(過去、CES 2020で)展示していたようなマイクロOLED採用のVRヘッドマウントディスプレイも、重さが250g台になってきました。
「VRヘッドマウントディスプレイ=重い、辛い」ではなくなってくると、VRでパススルーすることで、ARも実装した方がいいのではないか、というのが印象的です。
岩佐:結構D&I(ダイバーシティー&インクルージョン)の文脈でいうとVRはすごいです。
ARは現実+αでしかないですが、VRになると今回こうして(お互いに離れた場所で)対談ができるように「距離」も超えられるし、年齢や外見も関係がなくなる。実はVRの方が世界のトレンドに合っていると思います。
岩佐さんもアバターでさまざまなコミュニケーションをとっている(写真のアバターは岩佐さん自身)。
画像提供:岩佐琢磨さん
私も最近、10代や20代の人と(VR内で)コミュニケーションする機会が増えましたが、交流しやすいですね。
(例えば)我々も60代の人を見ると「ああ、年上の方だな」と思って敬語になったりしますよね。VRの中だとそういうことがなくなりますね。
どうしても我々は外見や年齢、人種、住んでいる地域のフィルターを入れてしまいます。それを取っ払ってコミュニケーションできることは、今の時代にすごく合っているので、私たちは最近はVRに特化しています。
メタバース時代の注目は「Varjo社」と「VRタレント事務所」
撮影:Business Insider Japan
── CESだけに限らず、注目している企業やテクノロジーはありますか?
岩佐:ハードウェアだと「Varjo(ヴァルヨ)」というフィンランドのVRヘッドマウントディスプレイですね。VRなんですが、超高解像度のディスプレイとカメラを使って没入型ARを提供できるB2Bの超高級機です。
あまり日本には情報が入ってきていない印象がありますが、これからB2Bなどで新しいVRや没入型ARの体験を提供しそうだなと。
フィンランドのVRヘッドマウントディスプレイ「Varjo」。
出典:Varjo
もう1つは、エイベックスみたいなタレント事務所(アーティストの事務所)ですね。
結局メタバースにはタレントがたくさんいるんです。(これから現れるのではなく)既にもういる。その中には、これからかなり伸びる人がいます。
少し昔で言うと、YouTuberに対してUUUMができたみたいな感覚です。
メタバースのタレントは、中身はプログラミングで、(必ずしも)人でなくてもいいかもしれません。いわゆる「SMAP」に相当するような“国民的メタバースアイドル”みたいなものが出てくる可能性があります。
だんだん「マクロスF」のような世界観に近づいている気がしますが、これは冗談ではなく、もう既に動いていることなんですよね。
いろいろなところからオファーが殺到して、アレンジメントが必要になる。(自分の会社の)Shiftallとして事業をしようと言うわけではないですが、ここ1、2年で構造改革が進んでいくはずです。
──「VTuber事務所」とは違うものなのでしょうか?
岩佐:だいぶ変わると思います。VTuber事務所は、現在「VTuberを自分たちで生み出していく」と言う方向性ですよね。
メタバースの中で生きている人たちが、VTuberと違ってもっとたくさん出てくる。その中で才能のある人を見出して、声をかける。
(事務所が)声をかけて、トップスターに成り上がっていくみたいなことが起きるでしょうね。
── 今でも芸能事務所とYouTuberの事務所って別の存在ですよね。VRの世界でも別のプレイヤーが出てくることはあり得そうですよね。
岩佐:YouTubeと違ってVRの世界は可能性が無限大なんですよね。どんなに頑張っても、(リアルで)顔出しをしている以上、整形ぐらいしかできない。演じる場所もYouTubeのウィンドウの中でしかない。でも、VRはいくらでもアレンジができます。
Web3時代にくる、ID戦争ほか「3つの潮流」
アメリカのラッパー「Lil Nas X」。
Reuters
尾原:その文脈だと、3つの流れがありますよね。
1つは、クリエイターがさまざまなものの源泉になってきた時、カルチャーやミーム(人から人へと伝わっていくアイデアや慣習)をつくれるクリエイターに圧倒的に力が宿って行きますよね。
もう1つは、個人的にはLil Nas X(リル・ナズ・X:アメリカのラッパー)とか、Kanye West(カニエ・ウエスト:アメリカのラッパー)のような、個人そのものがナイキをオーバーラップするような靴を作るなど、ムーブメントをつくれる人が、メタバースになるともっと活躍できるようになる流れ。
「クリエイティブエージェント」というとどうしても音楽領域だと思ってしまいますが、音楽は文化的にミームの発信源なので、そこがリアルビジネスにどんどん侵食している。音楽がビジネスの先行になります。
最後の1つとして、メタバースって1つのID戦争じゃないですか。アイデンティティーを何種類持つかという。
そうなった時に、「アイデンティティー」はゲームの方向から上がってくるのか、それともトランザクション、つまり文化的活動に必須な「決済」から来るのか。決済を握っているプレイヤーがアイデンティティーを握るという流れの方が、強いんじゃないかと考えています。
Web3関連技術を学べる「RabbitHole」。
出典:RabbitHole
個人としては、「RabbitHole」(Web3関連技術を学べるサービス)に注目しています。RabbitHoleはWeb3的なDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自立組織)の世界観で、その中で仕事をどこから受けるのかとか、DAO的な仕事をするため方法にどう学べるかといったプレイスです。
すると結果的にRabbitHoleで「どの仕事を」「どこから」「どのぐらいで」受けて、NFTでどのぐらい報酬をもらったかがわかるので、要はDAO時代のLinkedInみたいになってくるんですよね。
つまり、仕事をどう受発注しているか、という「お財布」を握っているところが強いんじゃないか。一方で、MetaMaskやCoinbaseのような仮想通貨の取引を司るところが、そのままアバターデータのやり取りのポジションを……となるんじゃないか、とか……。
Twitter創業者のジャック・ドーシー氏は、決済サービス「Square」の創業者でもある(社名は2021年12月にBlockに変更)。
Reuters
私はコミュニケーション大好き人間なので、ゲームとかコミュニケーションの方からアイデンティティーを再定義する方が好きなんです。
ただ、現実だと(Twitter創業者の)ジャック・ドーシー(Jack Dorsey)がTwitterというコミュニケーションツールよりSquare(現在、会社名はBlock)と言う決済(企業に取り組んだ)と考えると、決済から積み上げていくアイデンティティーの方向に、2022年は着目すべきと思いますね。
岩佐:この「アバター」「決済」周りはまだ激論ができそうな気がするので、また別途お話しできればと思います。
尾原和啓:IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。主な著書に『ザ・プラットフォーム』『ITビジネスの原理』『アフターデジタル』(藤井保文氏との共著)『アルゴリズムフェアネス』など。
岩佐琢磨:Shiftall代表取締役CEO。1978年生まれ。パナソニックにてキャリアを始め、2008年にCerevoを起業。30種を超えるIoT製品を70以上の国と地域に販売。2018年4月新たにShiftallを起業、2021年からはVRメタバースに軸足を移し、家庭用モーショントラッキング機器 「HaritoraX」’を発売した。2022年、CES 2022にてVRヘッドセット「MeganeX」など4種のメタバース関連機器を発表。