2022年1月31日、Diem協会は資産を売却し、協会を解散すると発表した。
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- メタがフェイスブック時代に打ち出したデジタル通貨「Diem」の発行を断念した
- Diem(旧:Libra)は当初、さまざまな法定通貨をまとめた“通貨バスケット制”を採用していた
- 主な用途として海外送金を想定しており、マネーロンダリング等の懸念に十分に対応できなかった
2022年1月(現地時間)、フェイスブック時代に「Libra」(リブラ)として計画された、メタのデジタル通貨サービス「Diem」(ディエム)がサービス提供を断念すると発表した。
Diem CEOのスチュワート・レヴィ(Stuart Levey)氏は発表の中で、「規制当局との対話から、プロジェクトを進められないことが明らかになった」と述べている。
そもそもフェイスブックはなぜDiemを発行しようとしたのか。デジタル通貨「Diem」とはなんなのか。
2月15日、コインベースが主催した暗号資産(仮想通貨)セミナーで、同社マーケティング・ビジネスオペレーション部長の金海寛(キム・ヘガン)氏が登壇し、これらの問いに答えた(記事は文意に配慮のうえ、一部編集を加えています)。
円やドルと連動する、仮想通貨
コインベース社 マーケティング・ビジネスオペレーション部長 金海寛(キム・ヘガン)氏。
画像:オンライン会見よりキャプチャ
── メタが発行を断念したデジタル通貨「Diem」ですが、そもそもデジタル通貨ってなんですか?
(デジタル通貨を理解するためには)まず、「ステーブルコイン」というものを理解する必要があります。ステーブルコインには色々種類がありますが、基本的には(円やドルのような)法定通貨(との交換比率を固定して)仮想通貨と交換できる仕組みのことです。
例えば100円を銀行口座に入れたら、自分の(仮想通貨)ウォレットに100円分のコインが送られる。1円=1通貨のようになっているので、価値が安定していますし、わかりやすい。
アメリカではUSDC(USD Coin)やUSDT(テザー)と言われるステーブルコインがすでに数兆円の時価総額になっています。
── なぜデジタル通貨とステーブルコインが関係しているのでしょうか。
国家が発行する中央銀行デジタル通貨(CBDC)が今、注目されているからです。
北京オリンピックで実験されている中国のデジタル人民元もその一つです。(ブロックチェーンに紐づいた通貨ならば)インターネットさえあれば誰でもアクセスできるし、しかも公正で透明性があります。
例えば、今いくらアメリカのUSDCが発行されているかは(誰にでも)見える。
コロナ禍での国民への10万円給付などもありましたが、デジタル通貨の仕組みを使えば(ブロックチェーンに紐づいたウォレットを全員が持つことで)対象とする人に直接送れる。他にも納税を自動化できたりとか、いろいろアイデアが出ています。
誰でも金融サービスが使える世界
Diem(旧:Libra)は当初、VISAやSpotify、コインベースなどさまざまな大企業が参画したことで話題を集めていた。
画像:Shutterstock
── メタの「Diem」も、ステーブルコインという仕組みを使っていたということですか。
はい。Diem(Libra)の構想は、ステーブルコインの一種だと考えて良いと思います。
ちょっと違うのが、Diemは当初(一つの通貨ではなく)いくつかの通貨を“バスケット”にして、例えば日本円、ユーロ、米ドル、シンガポールドルなどを全部まとめて(ステーブルコインに)していたということです(※)。一つの安定した価値を作って、それを1Diemと呼ぼうと。
※編集注:通貨バスケット制は、Diemの前身である「Libra」時の構想。その後規制当局の反発を受け、米ドルに連動するデジタル通貨の発行に方針転換した。(参考:野村総合研究所「金融ITフォーカス」)
── なぜ、通貨バスケット制を採用していたのですか。
一つの通貨だけを持っていると、その通貨の価値が暴落したり逆に暴騰してしまうリスクがある。そうすると通貨として使いづらいですよね。これはボラティリティ(価格変動の度合いを表す言葉)とも言います。通貨をまとめることで、そういうリスクを減らせます。
Diemがやろうとした通貨は米ドルに近いものですが、完全に同じではない。バスケット価格の平均などを取って、新しい価値を作ろうとした。そうすることで、米ドルだけではなくて国際的な通貨だよ、とブランディングしていたと記憶しています。
── そもそも、メタはどういう目的で「Diem」を発行しようとしていたんでしょうか?
一番の目的は、インターネットさえあれば誰でも金融サービスを享受できる(社会の実現)だと思っています。今世界には約17億人の銀行口座を持てない人がいます。
日本では考え難いですが、発展途上国やインフレが激しい国では金融インフラが整っていないんです。その点で、上記のDiemのミッション自体は素晴らしいものだったと思いますし、非常に面白い社会実験だったと思います。
(しかし通貨バスケット制を採用することで)新しい通貨を作るという形になり、より規制的なチャレンジが増えます。そこでまだ、折り合いがつかなかったのかなと。
懸念はマネーロンダリング、テロリストへの資金提供
「(仮想通貨をどうやって安全に送金するかは)今議論されているところ。Diemはちょっと早すぎた」(金氏)
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── なぜ、Diemには規制がかかってしまったのでしょうか。
規制当局が注目しているのは、消費者保護や詐欺被害の防止です。
Diemは海外送金をメインで考えられていたため、例えばDiemがテロリストへの資金提供やマネーロンダリングを防止するためにどう対処するのか、判断できなかった部分があると思います。
自分が持っている仮想通貨を、他の取引所やウォレットに安全に送るルールのことを「トラベルルール」とも言いますが、今、ちょうど議論されているところです。(Diemは)ちょっと早すぎたのかもしれません。
── (Business Insider Japanより質問)複数の通貨をバスケットにする仕組みは非常にハードルが高いように思えます。米ドルのみと連動させる先行事例がある中、なぜフェイスブックはあえてこの仕組みを選んだのでしょうか。
根本的な答えとしては、米ドルをアメリカ企業が押しつけるような形でマーケティングしてもうまくいかないだろう、という背景があったんじゃないかなと思っています。
Diemがやろうとしていたことは先ほど話した通り、銀行にアクセスができない人たちに対して金融サービスを届けたいということ。スマートフォンさえあれば誰でも使えて、預金も送金も貸付もできる、というようなことを最終的にやりたかったはずなんです。
(サービスを使う人は)アジア人かもしれませんし、インド人かもしれません。そのとき、米ドルだから使ってよ、というのはちょっと違うのかなと。「これは世界の人のために作られた通貨です」と言った方が受け入れられやすかったのかなと思います。
(メタという)アメリカの企業が、アメリカの通貨を他の国に対して押していくというのは、政治的なリスクも大きかったのではないでしょうか。
2020年の大統領選挙の時、フェイスブックがどう使われるかは国際的にも注目を集めました。
自分の生活が一企業かつ一国の通貨に支配されているというのは、ブランディング的にも拡大戦略においても、ブロッカーになってしまうのではと僕は思っていて。これは完全に個人的な見方なので、違うかもしれませんが……。
── バスケット通貨という仕組み自体を作ることはそんなに難しくないのですか。
技術的には難しいことではありません。実際、分散型金融(DeFi)の領域では似たものはたくさんあります。
Diemは最終的に、世界の基軸通貨を作っていきたいというミッションがあったと思います。それを一企業というか、1コンソーシアムがあって、コインベースも含めていろいろな企業とともに作ろうという話でした。
そこでマネーロンダリングのリスクだったり、一企業が新しい通貨を作るってどういうことなんだっけ、という金融当局からの問いに答えられない話がいろいろ出てきて、頓挫してしまったのではないかと思います。
(取材・編集、西山里緒)