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私たちが東大・上野千鶴子ゼミで学んだこと。人を動かし社会を変える「情報生産」の技法

1993年4月から2011年3月まで続き、各界に卒業生を輩出した東京大学文学部上野千鶴子ゼミ。2018年に刊行された『情報生産者になる』では、多くの東大生が学んだメソッドが惜しげもなく語られている。

情報が多様化し、SNSの爆発的な広がりで誰もが発信できる時代。情報生産の作法は、研究者やメディア関係者のみならず、個人が身につけるべきリテラシーとなっている。上野さん自身が書いた『情報生産者になる』の副読本として2021年末に刊行された『情報生産者になってみたー上野千鶴子に極意を学ぶ』。その刊行記念セミナーでは、上野氏をゲストに迎え、著者である上野ゼミ卒業生チームのうちメディアとの関係が深い3人が情報生産とは何か、なぜいま情報生産スキルが必要なのかを語った。

多様化するメディア時代。情報生産者のメディア活用法

パソコンを使う女性

メディアの種類が格段に増えた中、どのように使い分けていけばいいのだろうか。

Shutterstock/Shift Drive

中村かさね(以下、中村):新卒で新聞社に入社した時、上野さんに配属報告に伺った時の言葉が印象に残っています。「記者や編集者は学者と違って、誰に何を言わせるかコントロールできる。有識者に(自分の主張を)代弁させることができるから面白いよね」と。

当時、報道は中立なものだと思っていたので、その言葉が引っかかっていました。でも10年以上メディアで働いて思うのは、どんなニュースでも大なり小なり取材者の着眼点は異なり、完全な「中立」はないということです。

今はハフポスト日本版にいますが、誰もがメディアになれる時代、メディアがどのような価値を提案できるのか、考えています。

上野千鶴子(以下、上野):今日はゲストということで、品良くおとなしくしていようと思っていたんですけれど(笑)。中村さんはメディアの客観報道神話を信じていたのね。いまだに客観報道神話が生きているおじさんメディアから署名で書けるネットメディアに移って、のびのび仕事ができるようになったでしょ。

私が興味があるのは、ネットメディアという新たなチャネルが情報発信にどんな影響を与えたのかということ。皆さんはメディアの種類が格段に増えた中、それをどんなふうに使い分けて、それぞれのコンテンツとスタイルをどのように意識しているのですか。

『情報生産者になってみた ー上野千鶴子に極意を学ぶ』刊行記念セミナーの様子。坂爪真吾氏(左上)、中野円佳氏(右上)、上野千鶴子氏(左下)、中村かさね氏(右下)。

坂爪真吾氏(左上)、中野円佳氏(右上)、上野千鶴子氏(左下)、中村かさね氏(右下)。

撮影:浜田敬子

中野円佳(以下、中野):私は新聞記者時代、毎日のように記事を書いていましたが、新聞社にはそれをできるだけ拡散して伝えようというカルチャーはありませんでした。現在はフリージャーナリストとして、ネットメディアを活用し、SNSでも積極的に発信しています。

私がキッズライン問題についてBusiness Insider Japanなどネットメディアを選んだのは、スピードが理由です。今出さないと次の被害者が出てしまうかもしれない。なるべく早く多くの人にリスクを伝えたい。ネットメディアなら、今日書いた記事が早ければ翌日に出ます。

一方で、議論の積み重ねを踏まえて出したい場合や、後々振り返って読まれてほしいコンテンツは、本や論文で発信します。

坂爪真吾(以下、坂爪):僕は「新しい性の公共をつくる」というミッションを掲げた一般社団法人「ホワイトハンズ」を主宰する一方で、性のさまざまな問題を発信していますが、マスメディア、ネットメディア、SNSの使い分けは、それぞれの先にいる人の違いを意識しています。風俗で働く女性たちに従事する人に情報を届けたい時には、彼女たちが頻繁に使っているTwitter、政策提言を発信したい時には大手メディアに向けたプレスリリースを打つ、というように。

中野:情報生産とは、それまで言語化されていなかったファクトを表に出したり、新たな視点を提示したりするもの。#MeToo のように、ネットメディアやSNSを通じて当事者が声を上げやすくなっている一方、さまざまな事情で声を上げづらい人もいますし、当事者自身も気づいていない問題も起こっている。だからこそ、新聞や書籍、ネットメディア、それぞれの特性を理解して問題を抱えた人たちの代弁者になれたらと思っています。

ネットメディアで「対話」は可能か?

SNS

双方向性はネットメディアの利点のひとつだが、読者と論者がオープンに議論を交わることには難しさもある。

Shutterstock/Koshiro K

中野:ネットメディアは文字数の制約も緩やかですし、動画配信などの手段も多様です。かつての「主婦論争」は雑誌などのメディアを舞台に議論が広がりましたが、今後はネットメディアこそ議論のプラットフォームになっていく可能性があるなと思っています。

中村:特に気候変動やエネルギー問題のように、現時点では正解がなく、ステークホルダーが多岐にわたるテーマでは、それぞれの主張に立った対話を聞くことで、自分の価値観を養っていくことも重要です。ネットメディアはそうしたアジェンダの設定や、プラットフォームとして対話の場を作ることができます。テキストだけでなく、音声や動画、あるいはリアルイベントの可能性は大きいと思います。

上野:私もWANという自前のメディアを持っているのよね。オルタナティブメディアとして、マスメディアが載せてくれないことを積極的に載せて、議論のプラットフォームを作っています。だけどネットメディアには双方向性があるのに、WANはわざわざコメント欄を閉じているのよ。やっぱりクソリプが来て荒らされるから。特にフェミ系のメディアでは、そういうことがどうしてもある。

坂爪:対話、できないですよね。ネットメディアやSNS上で、お互いの前提を理解した上で安全に議論できる場が非常に少ないことは、深刻な問題だと考えています。

中野:双方向性はネットメディアの利点のひとつですが、読者と論者がオープンに双方向で交わることの難しさを感じます。「ネット上ではこんな声が上がっています」とTwitterなどのコメントを切り出して無批判に報道する大手メディアも少なくありません。双方の主張を取材するなど、メディア自身も役割を見直す必要があると感じます。

2019年4月12日に行われた東京大学の入学式。

2019年4月に行われた東京大学の入学式での上野千鶴子さんの祝辞は大きな話題となった。

提供:出席者

上野:2019年の東大入学式での私の祝辞が話題になったこともあって、10代の若者たちとのやりとりが増えたのですが、そこで感じているのはメディア別に世代間の分断が起きているということです。

新聞を読んでいるのはおじさんおばさんばかりで、親がとっていなければ若い人たちはまず読まない。親元を離れたら、家にテレビもないので、テレビも見なくなる。みんなネットで情報はタダだと思っているから、お金を払ってまで新聞やテレビ(NHK)にアクセスしないでしょ。テレビの試聴時間が最も長いのは高齢者ですが、次いで多いのは、親と同居している10代の若者です。

2021年の衆院選で私がショックを受けたのは、70代以上の自民党支持率よりも、20代投票者の自民党支持率が高かったこと。20代が41%、70代以上38%。18歳から20歳の間に限定すれば、さらに高い。その世代はおそらく一番テレビを視聴している層じゃないかしら。

今回の衆院選直前もマスメディアは競うように自民党総裁選を報道していましたが、公共の電波であれだけ露出することの功罪は恐ろしいなと思います。

中村:世代間の分断もそうですし、同世代であってもフィルターバブルによる分断があります。昔はテレビのチャンネルも限られていましたが、ネットフリックスやAmazon Primeで視聴できるドラマやアニメが多岐にわたる中、同世代でも共通項がなくなっていると感じています。

口コミ・人脈の情報源が武器になる

坂爪:ここからは参加者の方の質問ですが、「情報発信の方法が多様化する時代、受け取る側が意識した方がいいことはなんでしょうか」と来ています。

中村:同じ事実の報道でも、メディアや記者による着眼点の違いが可視化されていく時代なので、誰が伝えているのかということを意識していただくとよいと思います。同じ出来事を多角的に見て取捨選択することで、受け取る側のリテラシーを持つことにつながります。

上野:あのね、蛇の道は蛇。世の中には「スジの人」がいるのよ。ネットがない時代にはミニコミというものがあって、その中でインサイダー情報が流通していました。今でいうとメーリングリストやLINEのグループ、つまり内輪のコミュニティ。

マスメディアに情報が出るのは大抵、インサイダー内で情報が流通して定着した後。時差があるのね。インサイダーというのは いろいろな情報をさまざまなところから仕込んでいて、そこには当事者情報もあれば、ローカルな情報もある。マスメディアが絶対にカバーできないようなソースから集まったスジの情報。それが情報の最初の「あぶく」なのよ。

私ならジェンダー系や介護系、在宅医療系、それぞれの情報ルートがある。それをどれくらい持っているかが情報ソースの豊かさにつながる。その構造は紙メディアの時代から変わっていないと思います。私たち「フェミ業界」はミニコミで支えられてきたのよ。

中野:メディアには、そういうところにアクセスできない一般の人たちに届ける役割もあると思います。

上野:あなたたちがインサイダーに取材に行く時、そもそも誰がインサイダーかという情報がなければ取材できないでしょう。それは結局、口コミと人脈なのよね。口コミがネットに代替されても、基本の構造は変わっていない。つながりをどれだけ作れるかがすごく大事。

坂爪:もうひとつ質問です。「上野先生の強い精神力を維持する原動力はなんでしょうか?」

上野:私、精神力強いんですか?(笑)。グズグズめそめそイジイジしているかもしれませんよ。身近な人からは、私は愚痴っぽいとか決断力がないと言われることもあります。そういう面を見せられる相手をつくっておくことが大事かもしれませんね。つまりセーフティーネット。サンドバッグになってくれる人です(笑)。

「打たれ強い」と言われますが、誰も好きで打たれ強くなるわけじゃないですよ。たまたまそういう経験を積み重ねてきたばかりに、結果として打たれ強くなってしまった。本当なら、自分が正しいと思うことを発言するのに、強さや勇気なんて必要ない世の中になったらいいなと。私、かねがねそう思っております。

「情報生産者」になることの価値とは?

スマホを触る人たち

情報生産とは「自分が生きやすくなるための選択肢であり、対人関係のコミュニケーションツールであり、社会を良くするための選択肢」だという。

撮影:今村拓馬

坂爪:次の質問です。「誰でも情報発信できる今、情報生産者になることは、メディアに従事する人以外にどんな価値があると思われますか?」。本質的な問いですね。僕は、情報をただ消費するだけでなく、自ら生産・発信することによって自分自身の人生が豊かになると感じています。

中野:自分で問いを立てることも情報生産だと思います。問いを立てることで、言語化され、腹落ちする。それを身近な人に伝えることで、問題が解決するかもしれません。さらに拡散することで、結果的に社会が変わることもあり得る。

中村:情報生産って、必ずしも発信しなくてもいいと思います。自分の問いを立てて、分析して、いろいろな人の話を聞いたり、本を読んだりして、結論づけていく。その作業は選択肢を持つということだと思います。自分が生きやすくなるための選択肢であり、対人関係のコミュニケーションツールであり、ひいては社会を良くするための選択肢。

私自身は上野ゼミでフェミニズムだけを学んだのではなく、情報生産を通じて、選択肢の幅を広げることを学びました。

上野千鶴子さん

上野氏は「情報生産者になるということはノイズを発信すること」だという。

撮影:柳原久子、提供:MASHING UP

上野:自己表現って楽しいのよ。それが人に届いたら、もっと楽しい。身銭を切って読んでくれる人がいたら、もっと嬉しいよね。

結局、情報って「届いてなんぼ」なのよ。生産ー流通ー消費の過程を経て完結するものですから、生産して終わりじゃなくて、消費者に届いてなんぼ。受け取ってもらうためには芸もいるし、ロジック、エビデンスを組み立てて、相手を説得するだけの技術も必要です。

情報はノイズから生まれます。でも、どんなノイズでもいいわけじゃない。価値ある情報もあれば、あってもなくてもいいカスみたいな情報もある。「届いてなんぼ」の芸を身につけてほしいと思って、今回の『情報生産者になってみた』の本の帯には「芸を身に付けてください。そうして社会のノイズになってください』と書きました。

ノイズを発信すると、必ず共感と反感の両方がきます。共感だけもらえることなんてない。もし反感を持たれたくなかったら、ノイズの発信なんかやめた方がいい。引き算して共感が多ければ御の字。そういうものなのよ。

ノイズを発信する、つまり情報生産者になるということは、共感と反感両方を覚悟した上で、それでも挫けない、めげないことだと思います。共感も反感も生まないような情報なら、発信したって意味がないよね。さんざん打たれてきた上野から、みなさんにお伝えできるのは、そのことです。

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中村かさね:1982年生まれ。ハフポスト日本版プロデューサー兼エディター。東京大学文学部行動文化学科社会学専修課程在学中の2年間、上野ゼミに所属。卒業後は毎日新聞社を経て、現職。

中野円佳:1984年生まれ。ジャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍中。東京大学教育学部卒業後、日本経済新聞社に入社。育休中に立命館大学大学院総合学術研究科で上野ゼミに所属。著書に『「育休世代」のジレンマ』。

坂爪真吾:1981年生まれ。一般社団法人ホワイトハンズ代表理事。東京大学文学部行動文化学科社会学専修課程在学中の2年間、上野ゼミに所属。卒業後は起業して現在に至る。著書に『性風俗サバイバル』。

上野千鶴子:1948年生まれ。社会学者。東京大学名誉教授。NPOウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。女性学、ジェンダー研究のパニオニア。現在は高齢者介護とケアの問題も研究している。主な著書に『おひとりさまの老後』『女たちのサバイバル作戦』『在宅ひとり死のススメ』など。

(文・渡辺裕子、編集・浜田敬子

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