2020年1月20日、ブリュッセルで開催されたブリューゲルシンクタンク会議で、人工知能について講演するサンダー・ピチャイCEO。
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アップルは2020年、広告主がiPhoneユーザーを追跡する機能を大幅に制限するポリシーを導入し、モバイル広告業界を揺るがした。
今度はグーグルも、Androidユーザーに対して同じことをしようとしている。
グーグルは2022年2月16日、広告主が消費者のスマートフォンにターゲット広告を配信してキャンペーンの効果測定を行うために使用するグーグルの広告識別子「AdID(アドID)」を、今後2年間は引き続きサポートすると発表した。
2年経過した後にどうするのかグーグルは明らかにしていないが、業界では、GDPR(一般データ保護規則)やCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)などのプライバシー規制が強化されるなか、最終的にはAdIDを段階的に廃止したいと考えているのではないかと見られている。
またグーグルは、ユーザーのプライバシーを守りつつ効果的な広告を表示する取り組み「Privacy Sandbox(プライバシーサンドボックス)」をAndroidにも導入する。
Privacy Sandboxは、2019年に広告テック企業向けのクッキーレス(Cookieless)時代のソリューションとして、Chromeブラウザでの新たなトラッキングや広告効果測定のためにグーグルが開発したプラットフォームだ。広告主は今後、Androidユーザーを対象としたAdIDを使わない新しい広告技術の開発が必要になるだろう。
「ウェブ上ではサードパーティのCookieが貴重なツールとして機能してきましたが、AndroidではAdIDがそれと同様の役割を果たしています」と、Androidのセキュリティ/プライバシー担当バイスプレジデント、アンソニー・チャベス(Anthony Chavez)は記者会見で述べている。
「これらのシステムが構築・開発されたのはかなり前の話で、これまでずっとモバイル上とウェブ上でのエコシステムを支えて」きたものの、これらのテクノロジーには進化が必要だとチャベスは言う。
現段階では、Android向けのPrivacy Sandboxはアイデアに過ぎず、実際に役立てることができるかどうかは不透明だ。この2年間、Chrome向けPrivacy Sandboxでは有効な新しいトラッキングや効果測定ソリューションが開発されていない。
本稿では、グーグルがAdIDを廃止した場合、誰にどんな影響が及びそうかを予測する。
メタには打撃、アップルは棚ぼた利益も
アップルが2021年4月、アプリユーザーのアクティビティを追跡(トラッキング)して広告を表示するにはユーザーの許可を必須とする運用を開始したとき、メタ(Meta、旧フェイスブック)は2022年で100億ドル(約1兆1500億円、1ドル=115円換算)の損失が出ると述べた。実際、メタ、スナップ(Snap)、ツイッター(Twitter)、ピンタレスト(Pinterest)合わせて3150億ドル(約36兆2000億円)の市場価値が失われた。
消費者向けモバイル商品のブランディングコンサルティング会社、ヘラクレスメディア(Heracles Media)のアナリスト、エリック・スーファート(Eric Seufert)は、グーグルのAdIDを制限することで同等かそれ以上の悪影響が出ると見ている。グーグルのAdIDは規模が大きく、アップルの広告識別子(IDFA)よりも豊富なデータが得られたためだと指摘している。
また、アップルによる変更の際に影響が出たのはiOS端末だけだったが、Androidの場合はサムスン(Samsung)、ワンプラス(OnePlus)、モト(Moto)などのすべてのメーカーの端末に影響を及ぼす。
「iOSユーザーよりAndroidユーザーのほうがはるかに多いので、各端末でのコストは非常に広範囲に及んでいます」とスーファートは語る。「広告主は、それぞれの端末に分かれた大勢のユーザーの中から、自社にとって高い価値をもたらすユーザーを見つけなければなりません」
しかし、BMOキャピタルマーケッツ(BMO Capital Markets)のエクイティリサーチアナリスト、ダン・サーモン(Dan Salmon)は次のような見方をしている。いわく、グーグルがトラッキング規制を導入したことで広告主らがiOSに戻ってくれば、以前トラッキング規制を導入して50億ドル(約5750億円)の成長を遂げたアップルの広告事業は、またしても棚ぼた式の利益を得ることもありうる、と。
また、Google検索やアマゾンのような検索ベースの広告はAdIDに依存しないため恩恵を受けるかもしれないという。
アプリ開発者への影響は全範囲。特に打撃が深刻なのは?
カスタマーデータプラットフォームのジオタップ(Zeotap)でアドバイザーを務めるマット・バラシュ(Matt Barash)は、「マッチングアプリのように、有料広告に依存してユーザーを探すアプリのカテゴリーは、AdIDの廃止で特に打撃を受けるでしょう」と述べる。
これらのアプリ開発者は、ユーザーのダウンロード履歴に基づいて広告を出すなど、状況に応じた広告出稿をしなければならなくなるだろうとバラシュは言う。
広告インベントリ(訳注:広告在庫。ある媒体の広告枠において表示可能な広告のインプレッション数のこと)を販売するアプリ開発者は、顧客獲得単価(CPA:Cost Per Acquisition)や動画完全視聴完了数(CPCV:Cost Per Completed View)などの効果測定に苦労することになるだろう。
また、アプリ開発者にとっても、ユーザーがどのようなアプリをダウンロードする可能性が高いのかを把握するのが難しくなる。
中小の広告主には不利に働く可能性も
仮にグーグルがAdIDを廃止することになっても、広告主がユーザーのアクティビティを把握するための新しいツールは十分揃っているとサーモンは考えている。
例えば、広告主は「データクリーンルーム」と呼ばれるハブを利用して、ターゲットオーディエンス(訳注:広報活動を通じて情報やメッセージを伝えたい相手)を見つけることができる。そこで広告主とパブリッシャー(訳注:広告主のメッセージを表示する広告枠を供給する事業主)は、プライバシーが保護された環境で共通のユーザーを見つけることができる。
しかし、この技術はコストが高く、技術的な専門知識を必要とするため、小規模なパブリッシャーや広告主にとっては不利になる可能性がある。例えば、消費者に直接広告を出す広告主は、アップルのプライバシーポリシー変更により、マーケティング戦略を全面的に見直さなければならなかった。
一般消費者向け製品のメーカーは、独自のデータ環境を持つ小売メディアネットワークを利用するかもしれない。そうすれば携帯端末のAdIDに頼らなくてもユーザーをターゲットにして広告の効果測定が可能になる。
特に大きな混乱がすぐに起きることはないだろう。グーグルは、アップルが同様の制限を導入した際にもモバイル事業に損失が生じたことを認識しており、将来的にAdIDに何らかの変更を加える際には「十分な事前通知」を行うだろう、とチャベスは見ている。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)