アップルがIdentifier for Advertisers(IDFA:広告主のための識別子)を使った追跡(トラッキング)を許可しないようにユーザーが設定できる新しいプライバシーポリシーの導入を2020年に発表したとき、広告業界関係者の一部は、Androidの「AdID」もそれに続くだろうと考えていた。
実際、2022年2月16日にグーグルは、以前アップルが行ったプライバシーポリシー変更の“グーグルバージョン”の準備段階に入ったことを示唆する発表を行った。AdIDのサポート期間のカウントダウンは「少なくとも2年」だという。その間にグーグルは業界と協力し、効果測定ツールのソリューション「Privacy Sandbox(プライバシーサンドボックス)」の一環として、プライバシー保護に重点を置いたAdIDに変わるアドテクノロジーを開発するとしている。
これでボールはアップル側のコートに戻った。
広告主、アプリ開発者、そして彼らを結びつける技術を提供する事業者らは、2022年6月に開かれるアップル恒例の開発者イベント「WWDC」で、プライバシーに関するさらなる発表がないか、注目することになるだろう。
「アップルはいまだにクロスアプリトラッキング(Cross-app tracking:アプリを超えたユーザーの追跡)をやめさせるという北極星を目指しています」と、匿名でInsiderの取材に応じたアドテク関係者は語る。「最新の動向を知るならWWDCが確実です。アップルがWWDCで新方針を打ち出すことは間違いないと思います」とこの人物は言う。
Insiderは10人のモバイル広告業界の専門家に取材し、アップルが2022年夏に開くWWDCでどんな発表がありそうか予測してもらった。出てきた回答は、アップルのさらなるプライバシーポリシー強化から独自の広告事業強化案まで、多岐にわたる。
なお、アップルにコメントを求めたが、期限までに回答は得られなかった。
1. 「プライベートリレー」の機能を拡張する?
モバイル広告業界の関係者の間では、アップルが規則を回避しようとする企業に対して(少なくとも表向きには)罰則を科していないことをいぶかしむ向きもある。
例えば、ユーザーが追跡を「許可しない」を選択した場合、アップルの開発者プログラムライセンス契約では「フィンガープリント(訳注:ユーザーが使う端末の動作環境の特徴を、フィンガープリント[指紋]のように手掛かりにして、ネット上の行動を追跡する技術のこと)」行為が明確に禁止されている。
フィンガープリント技術を使えば、広告主やアドテク事業者はたとえIDFAにアクセスできなくても、ユーザーのIPアドレス、端末の言語設定、OSなど、端末からの他の情報をつなぎ合わせて、ユーザーがどの広告をクリックしてアプリをダウンロードしたかを確率的に割り出すことができる。
また、ベンダーはこうしたフィンガープリントから得た情報を利用して、ユーザーの許可を得ずに固有のプロファイルを作成することも可能だ。
モバイル分析企業、コチャバ(Kochava)のチャールズ・マニング(Charles Manning)CEOは、次のように語る。
「アプリがフィンガープリントを使っていることが判明した場合でも、アップルはそのアプリをApp Storeから締め出すのではなく、まるで強制的に従わせるための仕組みとしてテクノロジーを活用しようとしているように見えます」
2021年のWWDCで、アップルは有料オプションである「iCloud+(アイクラウドプラス)」の加入者向けに、「プライベートリレー(Private Relay)」という新機能を導入した。
プライベートリレーとは、VPN接続(訳注:専用のルータやスイッチを使い、物理的に離れた場所にある拠点間を仮想的な社内ネットワークでつないで安全なデータ通信を実現する仕組み)のように、ユーザーのIPアドレスやSafariのアクティビティをウェブサイト閲覧時に隠す機能だ。IPアドレスは、端末のフィンガープリントに最も有効な信号だと言われている。
アップルは「プライベートリレー」機能を拡張し、iPhoneから発信されるすべてのトラフィックを遮断することで、フィンガープリントを取り締まろうとするのではないか——そう指摘するのは、消費者向けモバイル商品のブランディングコンサルティング会社、ヘラクレスメディア(Heracles Media)の戦略コンサルタント、エリック・スーファート(Eric Seufert)だ。
「フィンガープリントを本気で取り締まるのであれば、次のステップとしては当然の動きだと思います。ただのPRキャンペーンでなければですが」とスーファートは言う。
一部の観測筋では、アップルがそれほどの量のトラフィックを中継するにはコストがかかりすぎるだろうとの見方もあるが、スーファートによると、アップルは独自の「SDKランタイム」環境を介してアドテク関連のトラフィックだけをフィルターにかけるような代替案を追加で出してくる可能性もあるという。
プライベートリレーの強化という選択肢は、広告主だけでなく、通信会社をも揺るがす可能性がある。ティーモバイル(T-Mobile)やスプリント(Sprint)などアメリカの通信事業者の中には、一部の顧客向けにプライベートリレーのIPアドレス機能を無効化しているところもある。
また、ヨーロッパのモバイルネットワーク事業者は欧州委員会に対し、アップルにすべてのプライベートリレーを無効化させるよう求めている。通信事業者は、データへのアクセスを遮断されると、ネットワークを効果的に運用できなくなるのではないかとの懸念を示している。
2. 「Privacy Sandbox」の新バージョンをリリースする?
グーグルのPrivacy Sandboxはプライバシー保護を重視した広告ツールを導入しようという試みだが、これと同様のことをアップルも秘密裏に行っているのではないかと推測する専門家もいる。
アップルはすでに、「SKAdNetwork(SKアドネットワーク)」と呼ばれる、基本的な広告効果測定がほぼ可能なソリューションを提供しているが、業界関係者の多くは、ウェブからアプリへ移行する際のサポートなど、改善を期待している。
モバイル分析会社ブランチ(Branch)の製品マーケティング・市場戦略担当責任者、アレックス・バウアー(Alex Bauer)は、「現状のソリューションは制限が多すぎて、大半のアプリのマーケティング担当者は効果的に運用できていません。このことがエコシステムに対する漠然とした不安につながっています」と述べる。
モバイル分析会社メジャード(Measured)のマダン・バラドワジ(Madan Bharadwaj)CTO(最高技術責任者)の予測はこうだ。グーグルは個々の消費者を特定して広告のターゲットにするのではなく、関心のあるトピックに基づいた「コホート(同じ属性を持つユーザーグループ)」に分類している。これと同じように、アップルも広告効果測定についてもっと大がかりなことを計画しているのではないか、というのだ。
アップルはもしかすると、もっと大きな広告事業を立ち上げるつもりなのかもしれない。そう言えば、最近の同社の求人広告には「ユーザーのプライバシーを保護しながら、効果的な広告を可能にするための新基準を策定中です」と書かれているではないか。
スティーブ・ジョブズは、2010年にアップルのモバイル広告ネットワーク「iAd」を立ち上げたが、同サービスは2016年に終了した。
REUTERS/Robert Galbraith
モバイル広告の代理店アディクティブ(Addictive)の創業者、サイモン・アンドリュース(Simon Andrews)は、次のように指摘する。
「アップルは業界のあり方を改善し、プライバシーを重視し人々の時間を尊重しながらも、平均以上の成果を上げ、エコシステム内のすべての人々に利益と恩恵をもたらすと言えるような、非常に洗練された取り組みを打ち出してくる可能性があります」という。
3. 自社の検索広告事業をさらに強化する?
アップルのプライバシーポリシー変更の恩恵を受けたのは、明らかにアップル自身の広告事業だ。
市場分析会社オミダ(Omida)の推計では、2021年のアップルの広告収入は、2020年から264%増の35億ドル(約4000億円、1ドル=115円換算)に達したという。これは、広告主がプライバシー保護の導入に伴い、アプリ広告費をApp Storeの検索広告にシフトさせたためだ。
同様に、前述のメジャードによると、2021年の同社の顧客がApple Search Ads(Apple Store内の検索連動型広告)にかけた支出は、2020年と比較して250%増加したという。
iPhoneでアプリのトラッキング許可を求めるポップアップ表示。
アップル提供
アップルの検索広告フォーマットとターゲティングのオプションは基本的なものだが、一部の広告専門家は、アプリ開発者が新しいユーザーを見つけてアプリを収益化するための効率的な方法を模索し続けるなか、アップルはさらにオプション機能を充実させるだろうと予想している。
アップルは最近、同社の純正アプリ内の広告配置を増やしたほか、アプリ開発者に対してApp Store内で最大35通りのカスタムプロダクトページを表示できるようにした。モバイルソフトウェア会社デジタルタービン(Digital Turbine)のマーケティング・企業戦略担当責任者、イタイ・コーエン(Itai Cohen)は、今後もこれに似た動きがあるのではないかと見る。
「カスタムプロダクトページの件は、エコシステム全体にとって朗報です。個々のURLを使えばキャンペーンをプログラム設定で展開することもできます」とコーエンは言う。「これは、アップルが広告への関心を強めていることを示す1つのデータです」
しかし、アップルの広告事業が分かりやすい形で競合他社を犠牲にしながら繁栄を続けるのであれば、反トラスト法規制当局はアップルに対して厳しい監視の目を向け始める可能性がある、と複数の専門家は指摘する。
(翻訳・渡邉ユカリ、編集・常盤亜由子)