パンダをモチーフにしたビンドゥンドゥンのグッズは6月まで製造されるという。
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北京冬季五輪が2月20日に全日程を終えた。感染対策のため選手や大会関係者、メディアは完全に隔離された環境に置かれ、競技の観戦も中国内の招待客に限られた。
2021年夏の東京大会と同様、競技以外での盛り上がりに欠ける中で、八面六臂の活躍を見せたのが大会マスコット「ビンドゥンドゥン」だ。日本のトップアスリートとの交流も多く、その人気は世界に広がった。製造ライセンスを持つ上場企業にとっては「神風」となり、久々の黒字転換が期待されている。
五輪中のグッズ売り上げ450億円の試算
今大会の裏MVPは間違いなくビンドゥンドゥンだろう。その人気は関係者の予想をはるかに上回り、2月4日の開会式が終わるとアリババなどのECプラットフォームで関連グッズが蒸発するように売り切れた。5日早朝には北京市内の店舗に行列ができ、氷点下の寒さの中、市民が数時間並んでグッズを買い求めている。
中国は1月31日から2月6日まで春節休暇中だったが、フィギュアを製造する工場は小売店や大会組織委員会から矢の催促を受け、休暇の従業員を呼び戻して操業を再開した。福建省の工場は休み中に100万個の発注が押し寄せ、ツテで手に入れようとする友人や業者、そしてマスコミの取材依頼に不眠不休で対応したという。
最終日のフィギュアエキシビションでもフィナーレに現れ会場を盛り上げた。
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大会が進むとビンドゥンドゥンの人気はさらに拡大し、最終日に行われたフィギュアのエキシビションではフィナーレの場面に乱入し、羽生選手と踊ったり自力で起き上がれず選手たちに助けられたりして、会場とSNSを大いに盛り上げた。
製造元は次々に限定品を売り出した。中国のアイスダンス選手は春節バージョンの限定フィギュアを入手してフィギュア男子の羽生結弦選手にプレゼントした。メルカリやアマゾン、中国のフリマサイトでは定価の3~10倍で出品され、中国の山西証券によると、五輪期間中にグッズの売り上げは25億元(約450億円、1元=18円換算)を超える見込みだという。
表彰式でフィギュアの露出が増え、“本体”も自由に動き回って話題をつくっていたビンドゥンドゥンは、遅かれ早かれ人気が沸騰していただろう。だが、開幕前に「ビンドゥンドゥンを愛しすぎる日本人」として注目され、火付け役になった日本テレビの辻岡義堂アナウンサーが最大の功労者であることは衆目一致している。ビンドゥンドゥンをデザインした広州美術学院の曹雪教授も、辻岡アナの似顔絵と感謝の手紙を送ったほどだ。
フィギュアメーカーの株価は6日連続ストップ高
大会中は品薄が解消されず、グッズは6月まで製造されるという。
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ビンドゥンドゥンとシュエロンロンが公式マスコットとして発表されたのは2019年9月。その後、大会組織委員会は公式グッズの販売ライセンスを国内58社に、製造ライセンスを29社に供与した。
その多くは上場企業だが、表彰式でも選手に贈られているフィギュアの製造権を持っている企業3社のうち、上場しているのは「北京元隆雅図文化伝播(元隆雅図)」だけ。同社は必然的に投資家の注目を独占し、株価は春節休暇明けの2月7日から6営業日連続でストップ高となった。
1998年に設立された元隆雅図はキャラクターグッズやギフトのデザイン・製造販売を手掛け、2008年の北京五輪、2010年の上海万博でも大会公式グッズの生産を引き受けた。
北京冬季五輪ではビンドゥンドゥンのフィギュアの他にピンバッジやキーホルダーなど多くの五輪関連グッズの製造ライセンスを得ているが、今回の特に「大当たり」だったようだ。同社の担当者は中国メディアに対し、「期間中のグッズの売り上げは、(公式マスコットのグッズ販売が始まった)2019年、2020年の2年間の累計を上回っている」と語った。
元隆雅図は長年赤字が続いており、2013~2014年には債務超過で上場廃止の危機に直面するほどだった。2020年には約35億元(約630億円)の純損失を計上したが、その後急速に業績が改善し、2021年の赤字は大幅に圧縮される見通しだ。2022年はビンドゥンドゥン効果で久々に黒字転換すると期待されている。
メタバース、NFTへの延伸も?
今回のビンドゥンドゥンの大ヒットで、知名度が上がり、業績好転も確実な元隆雅図だが、同社が2021年末からメタバースに参入し、活発な動きを見せていることも注目点だ。
マーケティングを専門としていた元大学教員が創業した同社は、キャラクタービジネスと並行し、SNSを活用したデジタルマーケティングも手掛けている。
フェイスブックが社名を「メタ」に変更し、メタバースへの関心が一気に高まると、2021年12月に100%子会社「元隆メタバースデジタルテクノロジー」を設立、メタバースに関連する商標を多数申請し、中国移動(チャイナモバイル)、中国聯通(チャイナユニコム)、中国電信(チャイナテレコム)、ファーウェイなど通信業界の巨頭が名を連ねる業界団体「中国移動通信連合会」が同年10月に設立したメタバース業界協会にも、初期メンバーとして参画した。
子会社の元隆メタバースは1月4日、五神獣をモチーフにしたNFTを発売した。NFT購入者には抽選で高級酒が当たるキャンペーンも実施しており、デジタルマーケティングにメタバースの要素を融合させる取り組みを模索している。
となると、同社が次に狙うのは、ビンドゥンドゥンとNFT、メタバースのコラボかもしれない。ビンドゥンドゥンのNFTは既に香港企業が発売しているが、本土の住民は買うことができない。
中国は企業側がNFTを自主規制し、交換価値を持たない「デジタルコレクション」として販売・配布している。さまざまな規制があるにせよ、元隆雅図のメタバース参入とビンドゥンドゥンのヒットが重なったのは、何かの布石と考える方が自然で、こういった思惑も株価を押し上げていると見られる。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。