イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
現在都内の大学で人文系を専攻している学部3年生です。そろそろ卒業論文のテーマを固め始める頃なのですが、そのテーマ決めに悩んでいます。
私の所属している学部は、テーマもディシプリンも広く選択でき、あまり制約がありません。そのため、1から全てを決めないといけないのですが、決めきれずにいます。
私自身はフェミニズムに関心があり、ここ数年間研究を続けています。大学院進学を検討しているため、卒論の内容によって進学先もある程度は影響されると思います。
ですが、ジェンダーというテーマは私の経験や生活に強く紐づいている内容なので、今後ずっと一日中研究し続けるのかと思うと、どうしても怯んでしまう部分があります。
(つくたべ、20代前半、女性)
短距離型と長距離型の大学生の違いは
シマオ:つくたべさん、お便りありがとうございます! 卒論のテーマ、僕も悩んだ記憶があります。結局、締め切り直前になって規定枚数を達成するのがやっとでしたけど……。佐藤さんは、学生の指導もされていたのですよね?
佐藤さん:はい。母校の同志社大学などで講義やゼミを受け持っていました。病気の影響でそれもままならなくなってしまったのは残念ですが。ひとまず、研究者になりたいということでしたら、「一日中研究し続ける」ことに怯んではいけません。研究者としての力量は、端的に勉強時間に左右されるところが大きいからです。
シマオ:どれくらい勉強する必要があるんでしょうか?
佐藤さん:学部だったら、大学の授業を除いて平日3時間、休日5時間は机に向かうこと。大学院になれば授業の負荷が減りますから、平日5時間、休日10時間は勉強できるか。これが一つの目安です。私の指導経験から言っても、これくらい打ち込まなければまともな研究論文を書くことはできないと実感しています。
シマオ:そ、そんなに! 僕なんか平日1時間でも厳しいのに……。
佐藤さん:そもそも大学生には2種類いて、短距離走が得意なタイプと長距離走が得意なタイプに分かれます。
シマオ:どういうことでしょう?
佐藤さん:あえて類型的に分ければ、長距離走が得意なタイプは国立難関大学の学生に多いです。入試の際に受験科目数が多く、覚えなければいけないことの量が膨大ですが、幼少期から長時間学習に慣れているから対応しやすい。
シマオ:そもそも初めての受験は中学受験、なんていうことも多いですもんね。
佐藤さん:一方、私立大学の学生は特定の科目を短期間で集中的に勉強することが得意な短距離型の人が多い。もちろん、逆のタイプや中間のタイプもいますが、ここではあえて分かりやすく話します。研究は長距離の要素が強いですから、自分のタイプで勉強のやり方を変えていくことが必要になります。
シマオ:僕は私立出身だし、典型的な短距離タイプです。となると、研究の分野では長距離型の人には勝てないのかな……。
佐藤さん:いえ、長距離型だからいいという訳ではありませんよ。研究には最低限の時間を掛けないといけませんが、逆に言えば、時間をかければ誰でもある程度のことはできる。最後に大事なのは、やはり強い興味関心を持っているか。興味がないことをやり続けて多少の成果を上げても、いずれ行き詰まってしまうでしょう。
総論と各論、どっちが足りない?
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シマオ:つくたべさんはフェミニズムに関心をお持ちだということですが、その方向で論文のテーマを選んでいってよいのでしょうか。
佐藤さん:もちろん、つくたべさんの興味があるならよいと思いますが、ご自身の興味が本質的なものであるかどうかはしっかりと確認しておいた方がいいと思います。
シマオ:……と言いますと?
佐藤さん:フェミニズムは昨今社会的な注目度も高まっていますね。ですが、世間や学界のトレンドのようなものでテーマを選んでいないか、自分が長期間、少なくとも10年は関心を持てることなのかどうか、ということです。
シマオ:なるほど……。ここでも時間を割けるか、が重要なんですね。では、具体的にどうやって研究テーマを絞っていくのがよいですか?
佐藤さん:学問には、総論、すなわち大きな構造や仕組みを捉えようとする方向性と、個別具体的な問題を検討していく各論の方向性があります。研究をしていく上では、どちらも必要になります。私は、すでに総論を勉強している学生には各論を学ぶように、逆に各論を勉強している学生には総論を学ぶようにとアドバイスすることが多いです。
シマオ:つくたべさんの場合はどうでしょうか。
佐藤さん:つくたべさんは、フェミニズムに興味を持ち、その方面の基礎的な勉強はされているようですから、例えば私ならフランスの国立人工学研究所にいるエマニュエル・トッドのような家族人類学を学んでみることを提案します。
シマオ:なぜでしょうか?
佐藤さん:フェミニズムというのは、さまざまな女性解放運動を下敷きにして積み重ねられてきた学問です。必然的に、その時代における思想や哲学の影響を受けるので、いろいろな要素が入り混じっています。その意味で、先ほど述べた分類に従えば、各論的な性格が強いものです。ですから、つくたべさんが研究者の道を歩むのであれば、早い段階で総論的な学問の修養を積むことが望ましいと思います。
シマオ:なるほど。ちなみに、家族人類学ってどんな学問なんですか?
佐藤さん:トッドであれば、人口統計に基づいて、世界における家族の類型を分析しています。例えば、フランスは核家族の伝統があり、兄弟姉妹を対等に扱うので平等という概念が生まれた。あるいは、戦前の日本のように長子相続があった国は権威主義的で不平等……このように家族類型とそこから生まれる社会制度との関係性を考えていくものです。
シマオ:それがフェミニズムとどのように関係してくるのでしょう。
佐藤さん:家族類型を分析するということは、その社会の中での女性の扱われ方を考えることにもつながります。フェミニズムは、社会における女性の地位の平等を目指す思想ですから、役に立つ視点を得られるはずです。
もちろん、家族人類学の見方は必ずしもフェミニズムの考え方と一致するとは限りません。むしろ、ぶつかるところもあるかもしれない。ただ、卒論や修論のレベルでそうした基礎的な考え方を学び、批判的な視点を養っておくとよいのではないかと思います。
どのような指導者を選んだらよいか
シマオ:研究となると、指導してくれる先生選びも重要になりそうです。
佐藤さん:そうですね。ただし、それは研究室の先生を研究者と捉えるか、教育者と捉えるかで変わってきます。特に日本の大学は、研究と教育と経営が分離されていません。だから、有名な先生でも学内政治に長けているだけだったり、優れた研究業績を挙げている先生が教育には全然興味がなかったりします。なので、学部のうちは、どちらかといえば教育に熱心な先生を選ぶことをおすすめします。
シマオ:先生が教育に関心があるかどうかは、どう見極めればよいでしょう?
佐藤さん:講義の後に質問にいったり、短期間のゼミに参加したりすればすぐに分かるはずですよ。熱心な先生なら疑問にちゃんと答えてくれたり、適切な難度の課題を与えてくれたりしますから。それから論文でいえば、どんなテーマでも受け入れたり、逆にテーマを押し付けてきたりするような先生は避けたほうがいいでしょう。
シマオ:どんなテーマでも受け入れてくれるなら、いいんじゃないですか?
佐藤さん:誰であれ専門外のことは教えられませんから、そういう人は逆に責任感がないということです。例えば私のところに「フェミニズムをやりたい」という学生が来たら、私は専門ではないので学術的な指導はできないと伝えます。ただし単純に拒否するのではなく、家族人類学の視点からフェミニズムにアプローチしたいということであれば構いませんし、フェミニズムを専門とする他の先生を紹介するといったことはするでしょう。
シマオ:なるほど。佐藤さんは、学生から論文のテーマを相談された場合は、どうやってテーマを見つけていくんですか?
佐藤さん:授業だけでなく、その学生とお茶を飲んだりしながらいろいろな話をします。その中である程度の時間をかけて、課題を与えたりしながらテーマを見つけていくことが多いですね。
シマオ:論文のテーマを決める際には、やはり先生に相談したほうがよいということですね。
佐藤さん:そう思います。一人で悩んでいるとどうしても見当違いだったり、独りよがりになってしまったりしますから。つくたべさんのように学部生であれば、ゼミの先生や信頼できる先生を見つけて相談してみてください。自分の問題意識と社会的な意義との間で、適切なテーマを選ぶことが肝要です。
シマオ:つくたべさん、ご参考になりましたでしょうか? 自分に合った卒論テーマが見つかるといいですね!
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は3月9日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)