今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
創業者が長らく経営を続ける会社と早々と立ち去る会社。組織が成長するためにはどちらが良いでしょうか。入山先生が国内外の事例をもとに解説します。
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本当に創業者は、上場後3年以内に去るべきなのか?
こんにちは、入山章栄です。今週はBusiness Insider Japan編集部の常盤亜由子さんが興味を惹かれたニュースについて考えてみましょう。
BIJ編集部・常盤
入山先生、わがBusiness Insider Japanでおもしろい記事を見つけました。
成功した創業者は、株式公開後もしばらくはトップとして組織を率いるものですが、ノースカロライナ大学とカリフォルニア大学の研究者が行った調査によれば、なんと「創業者は株式公開から3年以内に会社を去ったほうがいい」のだとか。
そればかりか、「CEOの役職に長くとどまると企業価値を損ねる可能性がある」とわかったそうです。
確かに0から1を生み出す能力と、1を10に増やす能力は違うといいますが、入山先生はこの調査結果をご覧になってどうお感じになりましたか?
面白い研究ですね。実は経営学では、この手の研究はものすごく数が多いのです。やはりみんな興味があるのでしょうね。
逆に言えば、まだまだこの分野の議論は結論がついていない。
ですから絶対的な答えはないのですが、あえて僕自身の見解をいうと、この手の分析は「日米の違いをかなり考慮して理解したほうがいい」ということになります。
まず、この研究に「同感できる部分」から話しましょう。僕も感覚的には、創業者が上場後は社長が早めに退いた方ががいい場合もある、ということは理解できます。
なぜなら、特にアメリカがそうですが、会社を創業して上場までもっていくということは途轍もなく大変だから。
創業者というのは、まさに常盤さんの言うように「0から1を作り出す」人たちです。何もないところから新しい事業をつくり、人を巻き込んでお金を引っ張ってきて、新しい世界をつくっていく能力が求められる。
一方で会社が軌道にのって上場すると、会社はいわゆる「社会の公器」になるので、それを問題なく運営する力が要求されます。
いわゆるコンプライアンスとかガバナンスを守って、四半期決算ベースでちゃんと投資家に報告する、というバランス型の業務をやらなければいけない。
しかし後者の能力をゼロイチをやった創業者が持っているかというと、けっこう持っていないことが多いわけですね。
僕も上場企業から非上場のベンチャーまで、いろいろな規模の会社の社外取締役やアドバイザーをしていますが、それらの会社をみていると、やはり上場企業は大変です。
監査とか四半期決算での説明とか、いろんな決まりがたくさんある。
ベンチャー経営者は、困難をものともせず突き進む「突破能力」が大事。それに対して上場企業の経営者は、全ステークホルダーにうまく納得してもらう「総合力・バランス力」も大事になる。
例えるならベンチャーの経営者は「やり投げ競技なら、やり投げだけ」をしていればいい。
でも上場企業のトップになると、十種競技でそれぞれ90点をとらなければならないわけです。ですから両者に求められる資質には、かなり違いがあるだろうと思います。
日本とアメリカで違う上場の背景
では次に、「この研究の結論が必ずしも日本には当てはまらない」という視点を提示しましょう。こちらもとても重要です。今回の研究対象はおそらくアメリカのベンチャー企業ですよね。
でも、アメリカの調査結果が日本にそのまま当てはまるわけではありません。なぜなら「アメリカは世界で最も上場が難しい国」の1つですが、「日本は世界でいちばん上場しやすい国」だからです。
日本は世界でいちばん上場しやすい公開市場である東証マザーズがあるから、売上10億円、時価総額200億円程度でも上場できる。ただし、大手企業がベンチャーを買収する機運が弱いので、M&Aが少ないのが現状です。
逆にアメリカは世界で一番上場しにくくて、ほとんどのベンチャー企業は上場できないといっていいほどです。
だからこそベンチャーが上場するというのは快挙であり、奇跡だからこそ、一度上場すると何千億円とか何兆円というような、ものすごい時価総額になる。
では圧倒的多数派であるアメリカの「上場しないベンチャー」にとっての別の成功は何かというと、それはGoogleやAmazonなどの大手企業に買収されることです。
つまりベンチャーのエグジットは、基本的に上場かM&Aしかないけれど、アメリカは上場しにくいので、圧倒的にエグジットはM&Aが多いのです。
一方で日本は上場しやすいので、エグジットは上場がとても多い。この日米の文脈の違いは非常に大きいと思います。
今回の調査は、おそらく「アメリカで上場したベンチャー企業」を分析したものでしょう。
ということはそれを率いた経営者は、大手企業に買収されることでエグジットしたい誘惑に耐え、時価総額を何千億円、何兆円にするまで引っ張りに引っ張った、「超一点突破型」の経営者である可能性が高いのです。
そこでようやく上場してから、バランス型の経営に切り替えて、そしてすでに何千億円という期待値のある会社の株価をさらに上げるのは相当難しいことです。
そう考えると、そういった超突破型の経営者は、上場したら3年以内に辞めたほうが望ましい結果となりうるのは納得ですよね。
日本の市場は上場基準がゆるいので、よくも悪くもそこまでの超一点突出タイプではない経営者に率いられたベンチャーもあるはずです。
だとすれば、そういう方が様々な経営チームメンバーとバランスをとりながら、長く経営する手段もあるのかもしれません。
BIJ編集部・小倉
日本の場合はバランス型の創業者もいる可能性がある。創業者の一点突出の度合いは、アメリカの上場ベンチャーのほうがはるかに激しいということですね。
上場後も求められるベンチャースピリット
はい、私はそう思います。
さらに、僕自身が注目する点はもう1つあります。
それは、日本のベンチャー市場はそれなりに上場しやすいので、突破型の創業者が上場するとバランス型も経営を行わねばならず、結果として勢いが落ちることがよくある点です。
実際、東証マザーズに上場した後は時価総額をなかなか上げられず「停滞」する上場ベンチャー企業は多くあります。
そこで注目したい最近の動きがあります。それは、「突破型の創業者」が率いるベンチャーが上場したら、「創業者が会社を辞めなくても、その先に社長業以外にできることがあるのではないか」ということです。
それは、「自らはバランス型に切り替えず、むしろ新規事業などだけを担当して突破型でさらに突き進む」というアプローチです。
一度上場したベンチャー企業も、結局はまた新しいことをやっていかないとそこから時価総額は上がりません。だからこそ、多くの日本の上場ベンチャーはなかなか時価総額があげられないでいます。
そういうなかでは一点突破型の創業者は、上場してからバランス型の仕事をやるよりも、むしろ再び突撃隊長としての仕事をしたほうがいいはずなのです。
すでに成功した会社の事業の方は、オペレーションが得意なバランス型の人に任せるなどして、チームとしての役割分担を考えるのが、これからの時代にはあるべき姿の1つだと思います。
すでにその事例は出てきています。例えばメルカリは山田進太郎さんが創業し、2017年に社長を退き会長になっています。
その後2019年、社長に復帰したものの、現在日本のメルカリのオペレーションは小泉文明さんが担当しています。山田さんはアメリカの事業を伸ばすことに注力されていますよね。
僕は山田さんとお会いしたことはないし、内情もよくわかっていませんが、この役割分担には非常に納得感があります。
山田さんはメルカリの前に「ウノウ」という事業を成功させているし、新しい事業をつくる、ゼロイチの天才。
だからメルカリがほんとうにグローバルで成功しようとするなら、同社にとって新しい巨大市場であるアメリカで大胆に勝負して、勝つことが大事になってくる。
でもメルカリは日本ではもう上場してしまったから、上場企業としての役割も果たさなければいけない。
だからその部分を万能型の小泉さんに託して、山田さんは海外分野のゼロイチに注力しているのではないか、というのが僕の推測です。
同様のパターンはほかにもあって、例えば去年上場したビズリーチ。
上場前にビジョナルと名前を変えて持ち株会社化し、ビズリーチはその中の1つになりましたが、創業社長の南さんはビズリーチの社長を降りて、いまはビジョナルのトップであると同時に新規事業に注力している。
会社としてうまく回るようになったビズリーチ事業そのものは、多田洋祐さんという優秀な方に任せて、南さんは新しいことをやっていくことになりました。創業社長がゼロイチに引き続き注力しているのです。
ほかにもファミリービジネスであれば、「獺祭」という日本酒をつくっている旭酒造の桜井博志さんがそうですよね。
国内のほうは息子の一宏さんに任せて、ご自身は日本酒を世界に広めるため、新しくアメリカでお酒の事業を始めています。
BIJ編集部・常盤
なるほど。そういう役割分担なんですね。ということは、なんでもCEOが一人でやる必要はないということですね。
はい、僕はメルカリ、ビズリーチ、獺祭などが進める、新しいリーダーシップの役割の形にすごく興味を持っています。
こういう企業が、上場後も突破型の創業者に新規事業やイノベーションの部分を任せてドンドン成長できるなら、日本のビジネス界・ベンチャー界の新しい指針になるのではないかと期待しています。
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。