撮影:今村拓馬
取引先から届いた契約書をクラウドにアップロードする。待つこと数秒。リスクになりそうな項目をAIが一気にチェックし、レビューしてくれる。
契約書に盛り込まれている条項を確認し、どのようなリスクがあるかを解説してくれるだけではない。契約書に合わせた修正文例も提示してくれる。
さらには、契約書には“ない”項目、つまり「この条項を入れた方が良いのではないか」という提案もしてくれる。目視のチェックでは気づきにくい抜け漏れも発見してくれるサービス。それが「LegalForce(リーガルフォース)」だ。
大手弁護士事務所を経て起業
契約書をクラウドにアップロードすれば、AIがリスクを指摘してくれる—— このコンセプトは弁護士時代の課題感から生まれた。
LegalForce公式サイトよりキャプチャ
「全ての契約リスクを制御可能にする。これが我々のミッションです」
そう語るのは、LegalForce代表、角田望(34)。京都大学法学部を卒業し、同年に司法試験に合格。大手弁護士事務所を経て起業した。
2017年の起業から2年後となる2019年春にAI契約審査プラットフォーム「LegalForce」をリリース。そこから3年足らずで、導入実績は1500社を突破した(2021年12月時点)。
契約書に潜むリスクをAIで可視化し、指摘する。このビジネスアイデアは、角田が弁護士事務所で働いていた時に感じた課題がきっかけで生まれた。
ビジネスが順調に進んでいるときは、契約の存在はあまり感じないものだ。しかし、ひとたびトラブルが起こったら、契約ほど拘束力が強い「約束」はない。条文一つで、自社の商品を継続的に販売できなくなる、不利な条件で取引を続けなくてはいけなくなるなどの決定的な不利益が生じることもある。
一度締結したら後戻りができないから、ミスは絶対に許されない。しかし契約書チェックの実務は、誤字脱字がないか、引用条文が間違っていないかといった単純な作業がほとんどだ。弁護士事務所に勤めていた当時、角田の帰宅時間は、毎日のように午前3時〜4時だったという。
「でも、辛かったのは仕事時間の長さではありませんでした。企業の将来や人の人生を変える可能性のある契約書ですから、何度チェックしても『見落としがあるのではないか』と不安になる。これが精神的に大きな負担だったのです」
「単調で定型的な作業」と「責任の重さ」の間に挟まれること。この契約書締結における課題をテクノロジーで解決できないかと考えたのが、サービス開発にいたった原体験だ。そして角田の感じていた課題はそのまま企業の法務担当の課題でもあった。
人間にしかできない業務に注力できる
AIの導入によって、意思決定や交渉など、法務担当者や弁護士は最もやるべき仕事に集中できる(画像はイメージです)。
Amnaj Khetsamtip / ShutterStock
LegalForceはリリース直後から、「契約書のレビューにかかる時間を短縮できる」「担当者の習熟度に左右されず審査できる」「人的なチェックでは見落としがちな抜け漏れが減る」と評判を呼び、大企業から中小企業、スタートアップにいたるまで、さまざまな業種の企業に導入された。
一般企業だけではない。LegalForceは弁護士事務所にも導入されている。角田のもとには、「レビュー時間が半分になった。そのぶん、弁護士にしかできない業務に注力できる」といった声が寄せられている。
この「弁護士にしかできない仕事に注力できる」というコメントは興味深い。AIがビジネスの現場に登場した当初、「AIは人間のどんな仕事を奪うのか」というAI脅威論が広がった。しかし、いま起きていることは、これまで人間が労働集約的にやっていた作業をAIに肩代わりさせ、「人間は人間にしかできない、よりクリエイティブな仕事をしよう」という流れだ。そしてこれこそが、LegalForceを通じて角田らが進めたいリーガルテックの本質だ。
契約書チェックには不利な条件やリスクを「発見する」業務と、「発見したリスクをどう扱うか」の2つの工程がある。前者をAIで支援し、後者の意思決定や交渉は法務の専門家が行う。
「私自身、止められなければいつまでも働いてしまうくらい仕事が好きでした。でも、自分にしかできない仕事に注力できれば、もっと楽しく意義のあるものになるだろうと思ったのです」(角田)
京大と共同研究、大企業からも続々入社
撮影:今村拓馬
「全ての契約リスクを制御可能にする」がLegalForceのミッションだが、契約における“リスク”とは、危険性を示すのではなく、不確実性を示すのだと角田は言う。
数あるリーガルテック企業の中で、LegalForceでは、この不確実性を可視化するための技術開発が抜きん出ている。
その理由はまず、角田自身が弁護士出身で業界を熟知していること。また、AIにインプットする学習データを作る部門に専門の弁護士が在籍しているなど、契約に関して知識を持つ人たちが実際にサービスを作っているからだ。逆に言えば、これだけ専門性の高い人材が揃わないと参入できないということでもある。
加えて、LegalForceは、自然言語処理の第一人者、京都大学教授の森信介と共同研究をしている。最先端の技術や事例を、リサーチャー(研究職)が検証を重ねて製品に生かすことができるのも強みだ。
「法務×AI」という新領域でのチャレンジとあって、グーグルやヤフー、DeNAなどからも若いエンジニアやデザイナーが続々と集まってきた。2021年には、シリーズC(経営が黒字化し安定した段階)で約30億円の資金調達にも成功した。2021年5月に移転したばかりの1200坪ある豊洲のオフィスは、すでに手狭になりつつある。
投資家からの期待も高く前途洋洋に見えるLegalForceだが、道のりは決して順風満帆ではなかった。創業初期、資金を投じて半年かけて作った最初のプロトタイプは、身内からも「全然使えない」と酷評され、核となるはずだったサービスは根底から変更を余儀なくされた。
「たった一つでも歯車が狂っていたら、このサービスも、この会社も存続していなかったと思う」(角田)
次回は、LegalForceのターニングポイントとなった事業ピボット(方向転換)の話をお届けする。
(敬称略・続く▼)
(文・佐藤友美、写真・今村拓馬、デザイン・星野美緒)
佐藤友美: 書籍ライター。コラムニスト。年間10冊ほど担当する書籍ライターとして活動。ビジネス書から実用書、自己啓発書からノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者の著書の執筆を行う。また、書評・ライフスタイル分野のコラムも多数執筆。 自著に『女の運命は髪で変わる』のほか、ビジネスノンフィクション『道を継ぐ』など。