撮影:今村拓馬
半年かけて開発してきた製品をボツにし、事業をピボット(方向転換)させた角田望(34)。身を切るようなその決断は早かった。角田が苦渋の決断をしなければ、今のLegalForceはなかったかもしれない。
なぜ、それだけの決断を素早くできたのか。尋ねると、「前職で、嫌というほど意思決定のトレーニングを積んできたからだと思う」と角田は答えた。
願望と事実を切り分ける
角田は法律事務所ZeLoに現在も所属し、「副代表弁護士」を務める。主な取扱分野は訴訟・紛争解決、M&A・組織再編、コーポレート・ガバナンス関連業務などだ。
法律事務所ZeLo公式サイトよりキャプチャ
大手法律事務所に在籍していた4年間、角田は幾度となく、人生がかかっているクライアントの代理人や、社運がかかった訴訟の代理人をしてきた。
「この意思決定を間違えたら親権を失う」「2000人の会社が潰れる」「200億円の係争に負ける」といったプレッシャーの中で、専門家としての判断を重ねてきたのだ。
「弁護士の中には、『こういう可能性と、こういう可能性があります。あとはそちらで決めてください』と判断を相手に委ねるタイプもいますが、僕はそれだけでは弁護士の仕事をまっとうできていると思えませんでした。『この局面だと、こちらがベストです』と伝えるところまでやるのが自分の仕事だと思っていたからです」
客観的な状況や情報を元に、当事者の代わりにベストな意思決定をする。そのトレーニングを積んだ角田だからこそ、社運を左右する決断を素早く下すことができた。
「願望と事実は違う。当時のプロダクトには『意外とお客様からの反応が良いかもしれない』という“願望”がありました。でも、目の前で小笠原が『使えない』と言った。これが“事実”です。あの時、半年かけた製品を捨てるという苦しい意思決定から逃げなくて良かったと、今では思っています」
願望で判断しない。このことは、その後の営業戦略にも生きた。
CTOの時武佑太(31)とエンジニアの舟木類佳(32)が製品を契約書エディターから、AIを使った契約審査プラットフォームへと作り替えている間、角田は300社を超えるクライアント候補に対してヒアリングを行っている。製品への課題を見つけることが目的だったが、半分は営業活動も兼ねていた。
ここで角田は全ての企業に対して、「実際にいくらであれば、この製品を使うか?」と尋ねてまわった。このヒアリングで「願望に頼らない」値付けをすることができた。同時にこの時期、自分たちが開発する製品が心から待たれている実感も得ることができた。クライアント候補からの直接の声は、時武ら、苦しいスケジュールで開発を続けるエンジニアたちの心の支えにもなった。
感情ではなく熱を乗せる
角田の声量は小さめで、トーンも冷静だ。「勢いのあるベンチャー企業の社長」といったイメージ像とはかなり異なる。
撮影:今村拓馬
角田のことを、社員たちは「ストイックな人」と評する。
「仕事が好きで仕方ないから、いつも仕事のことを考えてしまう。普通の人における趣味って、そういうものだと思うんですけれど、角田さんは仕事に対しても同じなんですよね。僕も仕事は好きですが、角田さんの域には到達できないなあと思ってしまいます」(時武)
角田自身も、「自分の強みは結果に対する執念とコミットメント」だと語る。決して声を荒げず物静かに話す様子からは、マッチョな体育会系の匂いはまったくしない。
聞けば、部活動はやったことがないという。唯一所属したのは、大学時代のイベントサークル。ライブ会場に人を集めて300人規模のイベントをするのだが、人を集め動かす難しさはこの頃に感じた。
「サークルのトップは、いわゆる創業社長みたいなエネルギッシュなタイプだったんですよね。でも、そういうキャラの人って、時々歯止めがきかなくなることもある。新しく入ってきた人との温度差もありますよね。そういう時に、間に入って調整するような役回りでした(笑)」
そう話す声も、小さめで理性的だ。「声に熱を乗せることと、感情的になることは別ですから」と、角田。
「熱を乗せることは意識してやるし、やるべきなんですよね。メッセージを発信する時や、プレゼンをする時には、熱があった方がいい。ポジティブな熱は伝播していきます。
でも、感情的になって良いことはあまりない。時には怒りや悲しみを伝えなくてはいけない時もあるかもしれないけれど、副作用も大きい。理性は大事だと思っています」
中高時代は金曜夜から日曜まで海釣り
現在も趣味として続ける海釣りは、角田にとって中高時代を捧げた特別なものだ。
提供:LegalForce
角田は徳島県出身。子どもの頃からあまり社交的なタイプではなく、楽しみは、釣りと虫捕りだった。どこに出かけても、何か獲って帰らないと気が済まない。
中学生になってからは、自転車で30分走った防波堤での海釣りに熱中した。しかし、当時のお小遣いでは釣りに必要な餌が買えない。そこで親からお金を500円前借りして餌を買い、釣果を刺身にして1000円で親に売り、儲けでまた餌を買う。
金曜の夜に防波堤に出かけ、土曜の夜までひたすら釣り続ける。釣果がなければ日曜の夕方まで粘った。ノウハウは1冊の本と、同じ釣り場にいる先輩たちから学んだ。
「毎週通うからこそ、いい情報に出合える。継続が大事なんです」
何度か角田と釣りに出かけたことがある時武は、「角田さんは仕事と同じくらいの集中力でストイックに釣るんですよ」と言う。
カードゲームにもハマった。当時はやっていたトレーディングカードゲーム「マジック:ザ・キャザリング」を、交渉して高値で売る。中学生の自分がどれだけ高値をつけてカードを売ることができるか。その駆け引きが楽しかった。
釣りに虫捕りにトレーディング。どうやら自分は、試行錯誤をして結果を出すという行為が好きらしい。受験も司法試験も嫌いではなかった。角田は京都大学卒業年に旧司法試験に合格しているが、論文の成績は全国1位の成績である。
法律業務でもクライアント任せにしない。営業でも経営でも、人一倍結果にコミットメントしたいと考える。その責任感はどこからくるのかと聞けば、「自分は責任感が強いタイプではないと思う」と、角田。
「責任感で仕事をしていると思ったことは一度もないんです。でも、結果を出したいとはいつも強く思っています。だからむしろ、原動力は好奇心かもしれないですね」
釣りでも事業でも、不確実性がある局面において、何をすれば獲物が獲れるだろうかと考える。それが面白いし、わくわくする。
角田の話には、コミットメントという言葉がよく出てくる。この「コミットメント」が、角田にとってどれほど重い言葉なのか。次回は、組織づくりと、角田が考える「コミットメント=契約」についてお届けする。
(敬称略・明日に続く)
(第1回はこちら▼)
(文・佐藤友美、写真・今村拓馬)
佐藤友美: 書籍ライター。コラムニスト。年間10冊ほど担当する書籍ライターとして活動。ビジネス書から実用書、自己啓発書からノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者の著書の執筆を行う。また、書評・ライフスタイル分野のコラムも多数執筆。 自著に『女の運命は髪で変わる』のほか、ビジネスノンフィクション『道を継ぐ』など。