撮影:今村拓馬
2019年春のリリース以降、順調に契約企業を増やしているLegalForce。社員数も300人を超えた。サービスの展開拡大に伴って、今後の課題はマネジメントになると角田望(34)は考えている。
組織を成長させていく、あるいはプロダクトを良くしていくためには、開発組織も営業組織も大きくなっていかなくてはならない。角田自身も、創業からずっと「いい人がいたら紹介してほしい」と知り合いに声をかけ続ける毎日だ。
役職は権利ではない。安易に委譲しない
弁護士でもある角田にとって、「結果へのコミット」という言葉の意味はずっと重いものだ(画像はイメージです)。
Jirapong Manustrong / ShutterStcok
ただし、メンバーが十分に育つまでは権限委譲はしないと決めている。現在、角田は営業部のフィールドセールスの課長職も兼任している。
もちろん、この課長職は誰かに手渡すこともできる。権限委譲したほうが角田自身が楽になることも目に見えている。でも、誰かに手渡すのは具体的に上手くいくイメージが確信できたときだけだと、角田は言う。
「役職というのは、権利を得るのではなく、責任を背負うものです。その責任を背負い、コミットメントできる人が育つまでは、権限も役職も委譲しないと、歯を食いしばっています」
角田はインタビューの最中、何度も「コミットメント」という言葉を口にした。人事評価も相対評価ではなく絶対評価。基礎能力と、業務にコミットメントできているかどうかの2軸で評価する。
コミットメントという言葉は、とかく軽く発せられる言葉になってしまったように思う。しかし、弁護士である角田が発する「コミットメント」は、その重みが違う。なぜなら、「コミットメント」こそ、角田たちがその重要さを最も理解している「契約」そのものだからだ。
3章で述べたが弁護士になってからは、クライアントの利益や人生を守るためにコミットしてきた。そんな角田だからこそ、確信を持てるまでは人に権限を委譲しない。安易な権限移譲は目標の未達を生み、「投資先やクライアントの利益を守る」という約束に、コミットできなくなると思うからだ。
マネジメント層が成長できるかの勝負
2020年のキックオフの様子。メンバーたちは指でLegalForceの「L」マークを作っている。
提供:LegalForce
一般的に、組織マネジメントの難しさは組織の規模が拡大するにつれ、指数関数的に上がっていく。LegalForceにおいても例外ではない。
「組織の成長速度に対して、マネジメント層が成長しきれるか。どう努力できるか。これからは、その勝負になっていくと思っています」(角田)
CTOの時武佑太(31)も、自ら手を動かしてコードを書く時間はほとんどなくなり、マネジメントの時間が増えてきた。開発組織だけでも80人ものメンバーがいる。TechCrunch Tokyo 2019 では、CTO of the yearも受賞した時武だが、まだ30代になったばかり。急成長する組織で管理職として活動することに葛藤はないのだろうか。
「昔から、大きな夢や野望があるタイプではなかったんです。目の前のことに夢中になったら、それにいつまでも取り組んでいられる感じで。仕事に関しても、今を大事にしたいなと考えています」(時武)
以前は、何かプロダクトに課題があって、それを技術で解決するのが時武の仕事だった。今は、マネジメント的な解決を求められる場が多いが、そこにも面白みを感じているという。
その上で、「製品でも、組織でも、文化的な要素でも、『時武さんがいたから、今のLegalForceがあるよね』と言ってもらえる存在でありたい」と、時武は言う。これだけの人数をマネジメントする経験は、もちろん初めてだ。「会社の成長スピードに置いていかれないようにしないと」と、角田同様に話す。
「ルール化」の誘惑に勝ち続ける
LegalForceは、一人ひとりの裁量権が大きく、自由な社風であるのが特徴だ。典型的なのが、決裁の仕組みだ。予算の範囲内ではあるが、メンバーにある程度の裁量権を持たせている。事前承認のプロセスを減らしているのは、面倒な工程を減らすと同時に積極性が失われないようにとの配慮だ。
「組織が大きくなると、ルール化したほうが楽だという誘惑にかられます。でも、『それって本当に必要だっけ?』『別の方法でなんとかならないかな?』と考えることから逃げないようにしています」(角田)
組織が大きくなっても、離職率は低い。これまで社を去ったのは十数名。採用時には、会社とマッチするかどうかを最重要視している。良いことばかりを話して勧誘することはない。弱みをさらけ出し、それでもこのプロダクトの可能性にわくわくできる人たちが入社してくる。
「すでにあるプロダクトを改善するのではなく、新領域を切り拓ける仕事に携われる機会はなかなかない」と、大企業からの転職組も、即戦力のエンジニアも飛び込んでくる。
契約が生まれてから死ぬまでを管理
今後、LegalForceは、「クライアントの契約ライフサイクルをマネジメントする」考えのもと、サービスを広げていく。
撮影:今村拓馬
「この、“契約ライフサイクルマネジメント”というのは、欧米では普及している考え方です。契約はビジネスの根幹であり、かつそこにはリスクが潜んでいる。このリスクをきちんとマネジメントするためには、契約書が生まれてから死ぬまで、つまり期間満了まで管理する必要があるわけです」
2021年、契約の審査だけではなく、一度締結した契約書の保守管理を行う「LegalForceキャビネ」をリリースした。日本語以外の契約書への対応も、順次拡大しており、今後は海外への展開も視野に入れている。
先行する海外のリーガルテックで盛り上がりを見せているのは、契約管理を主体とするCLM(Contract Lifecycle Management)サービスだ。契約審査サービスは、実はそこまで多くない。海外展開を考える上では、AIの自然言語処理の精度を、より高めていく必要があるだろうと角田は考える。
法務×AIの分野で、日本のサービスが世界を席巻できる日がくるのか。角田たちの挑戦は続く。
(敬称略・完)
(文・佐藤友美、写真・今村拓馬)
佐藤友美: 書籍ライター。コラムニスト。年間10冊ほど担当する書籍ライターとして活動。ビジネス書から実用書、自己啓発書からノンフィクションまで、幅広いジャンルの著者の著書の執筆を行う。また、書評・ライフスタイル分野のコラムも多数執筆。 自著に『女の運命は髪で変わる』のほか、ビジネスノンフィクション『道を継ぐ』など。