Sulapacのバイオプラスチックを使用した化粧品用容器。
写真提供:Katri Kapanen
フランスの高級ブランド・CHANEL(シャネル)も、「脱プラスチック」に真っ向から取り組む ── 。
シャネルは、2021年9月に発表したフレグランス製品「LES EAUX DECHANEL」、及び、2022年1月に発表したスキンケア製品「N°1 DE CHANEL」のキャップに、生分解性のあるバイオプラスチックを採用した。
原材料を提供したのは、2016年にフィンランドで創業したSulapac(スラパック)だ。同社は植物を主成分とし、微生物により生分解されるバイオプラスチックを製造・販売している。
同社の売り上げは非公開だが、WIRED UKなどによるとすでに1700万ユーロ(約22億円)を調達しているという。
なぜ、シャネルのような老舗のラグジュアリーブランドが、創業5年あまりのスタートアップと手を組んだのか。Sulapacの副社長であるAmi Rubinstein(アミ・ルビンステイン)氏に聞いた。
シャネルもバイオプラスチックを採用
Sulapacは創業当初からそのデザイン性の高さが評価され、WIRED UKが選出する「最もホットなスタートアップ100選」を含む複数の賞を受賞。
シャネルは2018年に同社の投資家として参画しており、数年にわたって協力関係を構築してきた。
シャネルは、植物由来の素材を使用したキャップに、薄くて軽いガラス瓶を採用した。
写真提供:Sulapac
そんな中、2021年9月に発表されたシャネルのフレグランス製品「LES EAUX DECHANEL」のキャップに、初めてSulapacの素材を採用。
シャネルとSulapacが2年間かけて共同開発したシャネル専用の独自素材で、再生可能資源とFSC認証(森林認証制度)の木材チップ(産業副産物)から成る、91%の植物由来素材となる。
ガラス瓶には、より薄くて軽い素材を用いることで原材料の使用量を減らし、輸送を効率化した。外箱もラミネートや光沢のあるコーティングをなくし、リサイクルしやすいものに変わった。
CHANELの厳しい品質基準を達成するため48回もの試行錯誤が繰り返されたという。
写真提供:Sulapac
2022年1月に発表されたスキンケア製品「N°1 DE CHANEL」のキャップもまた、90%が再生可能資源から成る植物由来素材で、そのうち10%がツバキの種子の殻だという。
加えて、セロハンと紙のリーフレットを含まず、リサイクル可能な軽いガラス瓶に有機インク(※)で印刷するなどの工夫もされている。
※有機インク……一般的なインクに比べて加熱温度が低く、エネルギー消費量が少ない。
Sulapacのプレスリリースによれば、2製品のキャップは、完成までに40回以上もの試行錯誤が繰り返されたとのこと。
シャネルの基準に従い、素材の感触、温度変化への耐性、キャップをはめたときの音、握り心地、ブランドを象徴するダブルCの刻印の仕上げの深さなど、細部まで考え抜かれているそうだ。
両者の取り組みは今後も継続する予定だという。
創業5年で「原材料メーカー」に完全シフト
生化学博士のバックグラウンドを持つ女性起業家2名がSulapacを創業した。
写真提供:Olga Poppius
Sulapacのビジネスモデルは、自社で開発した7種類の原材料を化粧品メーカーやパッケージメーカーに販売するB2Bの事業となる。
持続可能性という点で、同社の原材料のメリットは2点ある。
ひとつは少なくとも69%、最大で100%の植物由来素材が含まれ、CO2の排出量が削減できること。そしてもうひとつは、100%の生分解性があることだ。原材料には一部、石油由来のものも含まれる場合はあるが、生分解性への影響はなく、すべての材料には完全に生分解するという。
どちらか(植物由来か生分解性か)のメリットしかないバイオプラスチックも多くある中で、Sulapacの原材料は持続可能性の点で両面の特性を持っている。
機能性においても、従来のプラスチックと同等の使い勝手や耐久性があるだけでなく、企業が今まで使っていた既存のプラスチック製造機械を利用して成形ができるという。
化粧品容器のほか、食品での使用が許可されているヨーロッパ、アメリカ、日本では、サプリメント容器、カトラリー、ストローなど使用用途は幅広い。
ただし、現状は透明な完成品を作ることはできない。
コストは、一般的なプラスチックと比較して数倍ほど高価になるが、既存の製造機械を利用して成形できるため、初期投資コストは抑えられるという。
特に、ストローを成形する場合は、価格競争力が高いとアミ氏はいう。
「従来のプラスチックの代替として多く使われる紙のストローと比較すると、弊社の原材料は飲料によってふやけたりすることがなく、使い勝手が優れています。それを踏まえ、価格競争力が高いと考えています」(アミ氏)
独特なデザイン性を持つ、Sulapacの原材料を使用した製品。
写真提供:Jennijoanna Photography
創業当初、同社は原材料だけでなく、自社の原材料を使用して成形した完成品も販売していた。しかし、2019年に「原材料メーカー」への戦略的シフトを決定し、2021年から完全に原材料メーカーに事業を転換している。
「創業初期は素材だけを売るのが難しかったために、自社で最終製品を作り使用イメージを伝え、クライアントを獲得してきました。しかし、成形に強みを持つパートナーを増やすほうが事業を早く拡大できると考えました」(アミ氏)
現在Sulapacは、欧州を中心とした数々のコスメやスキンケアメーカー、グローバルに展開する美容業界向けパッケージ企業、チョコレートで有名なフィンランドの食品メーカー・Fazerなどとも取り引きがある。
同社の原材料を活用するクライアントには、産業資材事業などを営む日本企業のNISSHAも含まれる。
NISSHAでは、Biocomposite Series(バイオコンポジットシリーズ)のひとつとして、ウッドチップなど100%植物由来のバイオマスプラスチックを使った木の風合いを持つ容器を販売している。
先述の通りSulapacの売り上げは非公開だが、アミ氏によれば、毎年3倍の売り上げ成長を目標としており、今後もそれを継続していきたいそうだ。
プラスチックは「移行期の真っ只中」模索する企業
Sulapacが提供する素材は、自然環境において時間をかけて生分解される。
写真提供:Sulapac
現在のバイオプラスチックの浸透具合を尋ねると、「まさに移行期の真っ只中ではあるが、それほど早い変化ではないだろう」とアミ氏。未だバイオプラスチックは世界のプラスチック生産量の1%未満で、ヨーロッパも同様の傾向があるとのことだ。
「EUでは、2019年7月に発行された『プラスチック指令』によって、企業が持続可能性のある他の代替素材を模索する姿勢がみられます。しかし、その多くは何が真に持続可能な原材料なのか、自社にとって何を考慮すべきかを迷っている状態。さまざまな代替素材が生まれている移行期だからこそ、見極めるのが難しいのです」(アミ氏)
EUで発行された「プラスチック指令」は、10種類の使い捨てプラスチック製品の廃棄量を半分以上削減することを目指しており、2021年7月3日から、カトラリー、皿、ストローを含む使い捨てプラ製品の販売が禁止された。
フィンランドで暮らす筆者の体感では、施行日以前から多くの飲食店でストローやテイクアウト用の容器が紙に置き換わっていた印象だ。アミ氏の言う通り、バイオプラスチックへの移行を多く目にすることはなかった。
Sulapacの原材料で作られたストローは、紙のストローに比べて口当たりが良いという。
写真提供:Sulapac
諸外国の動きでは、中国が外食産業の使い捨てストローを2021年から禁止し、非分解性のプラスチック袋の使用は2022年までに完全禁止すると発表した。インドもまた、ポリスチレンと発泡スチロールを含む特定の使い捨てプラの製造や販売を2022年7月から禁止する。
日本では、「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律案」が2022年4月に施行予定だ。
消費者に無償提供される使い捨てプラスチックの量が多い企業に、プラスチック製品の削減や代替素材への切り替えを求めるほか、プラスチック使用製品の設計指針の策定や市町村の分別収集・再商品化などが含まれる。
現状はアジアと米国に注力。日本は超重点地域
Sulapacのホームページで公表されているクライアントの事例は、ヨーロッパ企業が目立つ。そのため、同社はヨーロッパ市場に注力していると予想していたが、意外にも「現在の重点地域は米国とアジア」だという。
「化粧品容器に加えて、サプリメント容器、カトラリー、ストローと用途を広げる中で、グローバル企業だけでなく、その他の大陸のローカルな企業にも視点を広げ始めました。
というのも、フード向け製品はよりローカルな市場だからです。
市場の大きさや法律の動きなどを踏まえてアメリカとアジアに焦点を当てており、特に日本はバイオプラスチックの利用を促す方向へ法律が進んでいることから、積極的に展開したい地域です」(アミ氏)
Sulapacの原材料で作られたカトラリー。強度など機能性も十分とのこと。
写真提供:Sulapac
現在、Sulapacでは日本の美容や外食産業の企業と複数やり取りがあり、概ねポジティブな反応だという。
競合を尋ねると「最大の競合は、変わろうとしない企業だ」とアミ氏。
「私たちは従来のプラスチックと戦っているのであって、他の代替素材と戦っているわけではありません。あらゆる持続可能な代替製品が世界に浸透すれば、私たちの観点からは勝利でしょう。ただし、代替素材を提供する多くの企業の中で、弊社はクライアントに喜ばれる素材を提供できる数少ない企業のひとつだと思います」(アミ氏)
(文・小林香織)