コロナ禍以降、飲食店や会議室など対面業務が行われるさまざまな場所で欠かせない物のひとつになったのがアクリル板だ。このアクリル板はアクリル樹脂を加工して作られるが、原材料となるのがMMA(メタクリル酸メチル)である。
アクリル樹脂は、アクリル板だけではなく多彩な用途で使われており、今後、世界中で需要増加が見込まれる。MMA、そしてアクリル樹脂の世界トップシェアを占める三菱ケミカルは、サーキュラーエコノミーの実現に向け、その社会的責任を果たすために、新技術を活用したリサイクル事業にも舵を切った。
新技術のキーワードは「電子レンジ」。この技術によって実現するアクリル樹脂のリサイクルは、どのような未来を生み出すのか。PMMA(アクリル樹脂)事業部で事業部長を務める佐々木茂明氏に話を聞いた。
さまざまな分野で活用される「プラスチックの女王」
提供:三菱ケミカル
「プラスチックの女王」。アクリル樹脂は時として、そう例えられることがある。理由は、透明性と耐候性の高さだ。佐々木氏は「透明なプラスチックはいくつか存在しますが、アクリル樹脂は最も透明度が高い。また、硬くて紫外線にも強いので、屋外で利用しても劣化が少ないのも特徴です。さらに、加工しやすいというメリットもあります」と教えてくれた。
これらの特徴から、アクリル樹脂は社会の至るところで活用されている。最もイメージしやすいのは、コンビニなどの屋外看板だ。また、透明度の高さから百貨店の化粧品売り場などでディスプレイにも使われている。加工性と強度の高さから採用されているのが、水族館の巨大水槽だ。沖縄美ら海水族館でジンベイザメを展示している巨大水槽は有名だが、ここには高さ8.2m、幅22.5m、厚さ60㎝のアクリルパネルが使われているという。
さらに、プラスチックなので加工がしやすく、色をつけることも可能。その特徴を生かして、アクリル樹脂は、クルマのテールランプにも使われている。
佐々木茂明(ささき・しげあき)氏/三菱ケミカルメタクリレーツ アジアパシフィックディビジョン PMMA事業部長
「テールランプは形状も複雑で加工が難しい。また、屋外で使用するので耐候性も必要です。当然、光を透過するので透明性も重要。そういった意味では、アクリル樹脂が非常に向いています」(佐々木氏)
アクリル樹脂をほぼ新品へと生まれ変わらせる「ケミカルリサイクル」
SDGsへの取り組みが進む昨今、脱炭素や環境汚染の観点からプラスチックごみへの対応は、世界全体で連携して取り組むべき喫緊の課題として捉えられている。そこで注目されているのが、リサイクルだ。
プラスチックは分別してゴミ出ししているし、すでにリサイクルされているのでは? そんな疑問を持つ人は多いだろう。確かに、容器包装リサイクル法などの法律に基づき、廃プラスチックは回収されてリサイクル処理されている。しかし、プラスチックのリサイクルにはいくつかの種類があることをご存じだろうか。
プラスチックのリサイクル方法は、大きく「サーマルリサイクル」「マテリアルリサイクル」「ケミカルリサイクル」に分けられる。
「サーマルリサイクル」は、回収したプラスチックを燃料として、発電などに利用する手法だ。「マテリアルリサイクル」はペットボトルのリサイクルなどに使われる手法で、回収したプラスチックを細かく粉砕し、新たなプラスチック製品へと生まれ変わらせる。「ケミカルリサイクル」は、化学的に分解し原料に戻してから再利用する方法だ。
三菱ケミカルホールディングスグループは、このケミカルリサイクルに本格参入し、サーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現を目指している。
電子レンジで使うマイクロ波で次世代のリサイクルを目指す
ケミカルリサイクルの基本的な仕組みを佐々木氏は、以下のように説明する。
「コンロにかけた鍋にアクリル樹脂を入れて熱するといえば、イメージしやすいかもしれません。400〜500°になるとアクリル樹脂は分解し、それを冷やすと液体になります。そこから蒸留・精製により不純物を取り除くと、アクリル樹脂の原料となるMMAモノマーが得られます」(佐々木氏)
この手法は乾留法と呼ばれ、以前から三菱ケミカルを始めとした多くのメーカーが取り入れている。しかし、加熱源からCO2が発生したり、回収した液体に不純物が多く混入したりするといった問題もあった。そこで、三菱ケミカルが目を付けたのが、マイクロ波である。三菱ケミカルと子会社である三菱ケミカルメタクリレーツは、マイクロ波を活用した新技術の開発に取り組むスタートアップであるマイクロ波化学と協業し、新しいケミカルリサイクルの技術を確立した。
実証設備
提供:三菱ケミカル
「電子レンジは水分にマイクロ波を当てて、振動させることで加熱します。実は、アクリル樹脂の分子もマイクロ波によって振動して熱を持つ性質があることが分かりました」と佐々木氏。「マイクロ波によるケミカルリサイクルは、これまで長らく使われてきた乾留法からのブレークスルー」と力強く述べ、そのメリットをこう続けた。
「質の良いMMAモノマーを取り出すには、適切な温度管理が重要です。火をくべたり、バーナーで炙ったりする乾留法は、どうしても制御が難しく温度が上がりすぎることがあります。一方、マイクロ波なら適切な温度管理が可能で、不純物が少ない質の良いMMAモノマーが取り出せます」(佐々木氏)
メリットはほかにもある。電気を使うことで、CO2の排出抑制につながることだ。佐々木氏は、「従来よりもCO2を70%以上削減できると見込んでいます。将来的には、再生エネルギーの活用も視野に入れており、さらに環境負荷の低減を図れる技術となります」と語る。また、乾留法と比べると、小規模な装置でケミカルリサイクルが可能で、火を使わないので安全性も高いという。
本田技研工業(以下Honda)と組んでテールランプ再生の実証実験に着手
提供:Honda
既に、2021年6月には、ケミカルリサイクルの事業化に向け、実証プラントを建設し実証試験を開始。自動車メーカーのHonda、北海道自動車処理協同組合と協力し、アクリル樹脂の水平リサイクル実証実験も進んでいる。三菱ケミカルは、粉砕されたアクリル樹脂のモノマー化とそのモノマーを利用した新たなアクリル樹脂の製造を担う。
すでに、三菱ケミカルが担うフェーズでは、結果が出ている。一方で、テールランプは外しにくく、回収も難しいという課題があるが、佐々木氏は「技術的にケミカルリサイクルが可能だと証明されたことで、設計段階から回収を前提とした外しやすいテールランプが製造されるかもしれません」と期待を寄せる。
Honda側も「Hondaは、2050年にHondaの関わる全ての製品と企業活動を通じてカーボンニュートラルを目指し、その実現のための柱の一つとして『リソースサーキュレーション』に取り組んでいます。今回の実証試験はその循環型社会実現にむけた第一歩と考えており、今後もリサイクルに関する研究を進め、サステナブルマテリアル100%での製品開発にチャレンジしていきます」と意気込みを語った。
またグローバルでは、独自の熱分解技術を持つ米国企業のアジリックス社と組み、実証実験を続けている。既に、プラントスケール(工場レベルでの実験)で実証しており、今後は、イギリスにある三菱ケミカルのパイロットプラントで蒸留・精製の検討に入るという。
「グローバル、特に欧州では、プラスチックのリサイクルはより切実で待ったなしの状況です。そのスピード感に対応するには、マイクロ波の技術確立を待つよりも、現状で最適の技術を活用すべき」(佐々木氏)
アジリックス社の技術は大規模でのリサイクルに向いているので、EU域内で活用しやすいという判断もあったという。一方、マイクロ波は設備の小型化も可能なので小規模でもリサイクルでき、国単位、エリア単位で活用しやすい。佐々木氏は、「今後も、地域特性に適したアクリル樹脂のケミカルリサイクルプラントの建設を進めていきます」と展望を語った。
新たなリサイクル技術の確立により、アクリル樹脂の認知度を高める
地域や規模により最適なアクリル樹脂のリサイクルを選択し、その実用化を推し進める三菱ケミカル。「この取り組みを知っていただいて、アクリル樹脂の良さを広く周知していきたい」と佐々木氏は意気込む。
サーキュラーエコノミーは、今後の消費活動に大きな影響を与えるようになるだろう。特に若年層世代は、サステナブルで環境に優しいことに価値を見出す。再生素材100%の衣類や100%リサイクル素材のプロダクトが注目されるのは、その分かりやすい事例である。
ケミカルリサイクルなら、アクリル樹脂をほぼ新品と同じ状態でリサイクル可能だ。マイクロ波を使えば、その精度は更に高まり、カーボンニュートラルにも寄与できる。新品同様のリサイクルが可能という特徴を生かせば、そこに新しい製造や流通の形が生まれるかもしれない。三菱ケミカルホールディングスグループの取り組みは、そういった未来の一助を担う。