マイクロソフトは2021年10月、クラウド型の見える化サービス「Microsoft Cloud for Sustainability」を発表した。
撮影:湯田陽子
マイクロソフト(Microsoft)や日立製作所、富士通といった大企業からスタートアップまで、国内外問わず、多くの企業が相次ぎ参入している二酸化炭素(CO2)排出量の「見える化」サービス。
カーボンニュートラル(脱炭素化)推進のために、企業が自社やグループ会社、取引先まで含めたサプライチェーンのどこでどれだけCO2を排出しているのかを見える化(算定)し、削減の進捗を管理することが不可欠となったことから、世界中の企業が急ピッチで導入を進めている。
【図1】国際機関「GHGプロトコルイニシアチブ」が定めた、温室効果ガス排出量の見える化(算定)・削減対策範囲。自社が燃料・電気などを消費することで排出されるCO2(Scope1・2)だけでなく、グループ企業・取引先が排出されるもの(Scope3)も含む。
出所:環境省「サプライチェーン排出量概要資料」
見える化だけでは解消できない問題点
ところが、そうした動きに対し、「見える化だけでは将来的な経営リスクに対処できない」という懸念の声が上がっている。
どういうことなのか。まずは、【図2】を見てほしい。
【図2】温室効果ガス(GHG)排出量の見える化状況。実施済みの企業は4〜5割にとどまっている。
出所:アビームコンサルティング・日本総合研究所「エネルギー需要家企業におけるGX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けて」
この図は、アビームコンサルティングが大企業7業種309社を対象に行った調査のうち、CO2など温室効果ガス(GHG)排出量の見える化の実施状況を調べたものだ(詳細はリンクを参照)。
最も進んでいるのは、Scope2(スコープ2)と呼ばれる、自社のビルや工場で電気・ガスなどを消費する際に排出されるCO2の見える化だ。次に進んでいるのが、自社が所有する工業炉や発電機などで燃料を消費するスコープ1で排出されるCO2の見える化である。
「進んでいる」とはいえ、それぞれ55%、53%と、過半数をわずかに上回っているに過ぎない。
しかも、その「見える化実施済み」企業の多くも、CO2排出量算出のベースとなるエネルギー使用量を中心に把握しているという「問題点」も浮かび上がった。
アビームコンサルティングの産業インフラビジネスユニットダイレクター、山本英夫氏はこう話す。
「見える化を急ぐあまり、それが目的化してしまっている。経営リスクを最小限に抑えるために、どのようなCO2排出削減対策をすれば投資対効果が上がるのか。そこまで視野に入れた経営判断を下すには、使用量だけでなく、購入コストの明細を詳細に把握し、双方を一元的に管理することが不可欠です」(山本氏)
燃料価格高騰への備えとしての「見える化」
エネルギー調達に関する最も大きな経営リスクは、価格の上昇だ。 直近では、ロシアのウクライナ侵攻を受け、原油先物価格が2014年以来初めて1バレル100ドルを突破。 原油価格に連動する液化天然ガス(LNG)輸入価格も上昇しており、今後の情勢いかんではさらなる高騰も予想される。
天然ガス火力発電39%、石油等火力発電6.3%と、双方で約45%を占める日本の電源構成を踏まえれば、燃料の高騰は電気代に影響することはもちろん、企業が提供する製品・サービス価格の上昇につながる恐れもある。
そうした状況下でも、再エネ比率を高めながら、できるだけ安く安定的に必要なエネルギーを調達する手立ては必要だ。そのためには「詳細なコスト情報に基づいたシミュレーションが欠かせない」と山本氏は言う。
しかし、先述の調査によると、エネルギー使用量とともにエネルギーコストの明細情報まで一元管理している企業はわずか15%。エネルギー使用量とその合計コストを把握している企業が47%と圧倒的で、エネルギー使用量だけを管理している企業が26%という結果だった(【図3】)。
【図3】大手309社におけるエネルギーコストデータの管理状況。エネルギー使用量に加え、契約単価や再エネ賦課金、燃料・原料調整費などコストの明細情報を一元管理している企業はわずか15%。データ管理方法も、現場担当者がエクセルやシステムに、一つひとつ手作業で入力している企業が約50%に上っていることが明らかに。
出所:アビームコンサルティング・日本総合研究所「エネルギー需要家企業におけるGX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けて」
価格上昇リスクを最小化するには
なぜ、使ったエネルギーの合計費用だけでなく、明細まで把握しておく必要があるのだろうか。
大きな理由は、使用量に応じて変動する費用の存在だ。
「電気代は通常、基本料金と使用量に応じて増える従量料金に分かれていますよね。ただ、それだけではなく、再エネ普及のために負担する再エネ賦課金と輸入価格に連動した燃料費調整費も、使用量に応じて加算されています」(山本氏)
電力会社から電気を購入する以上、企業・個人問わず、否応なく上乗せされる再エネ賦課金と燃料費調整費(後者は下がる場合もある)。この2つが電気代に与えるインパクトは相当なものだという。
「再エネ賦課金について言えば、2021年度は1kWhあたり3.36円と決まっています。工場など産業用の電気代が10〜15円/kWhだとすると、再エネ賦課金だけで2〜3割増しの負担になるわけです」(山本氏)
再エネ賦課金の単価は国が毎年度決定しており、2012年度の0.22円から上がり続けてきた(【図4】)。2021年度にとうとう3円の大台を突破し、今後しばらくは上昇傾向で推移すると見られている。
【図4】再エネ賦課金単価の推移(2012〜2021年度)。この10年で15倍に上昇した。
出所:野村総合研究所「エネルギー市場動向 2021」
賦課金がどの程度上がったらどうするか。ウクライナ情勢がさらに悪化して燃料費調整費が上がったらどうするか。詳しい明細を把握しておけば、そうした価格の上昇・変動リスクを可能な限り排除する対策を、複数パターン想定しておくことも可能になる。
例えば、電力会社から購入するのではなく、太陽光などの再エネ発電設備を自社敷地内に設置するオンサイト発電や、遠隔地に設置して送電するオフサイト発電に切り替えるという選択肢もあるかもしれない。
「電力会社から購入している単価が18円/kWhで、オンサイトの発電単価が20円/kWhという試算になったとしましょう。現状はオンサイトのほうが2円/kWh高い。でも、再エネ賦課金や燃料費調整費の上昇がそれを上回る可能性があれば、いまより多少高くなっても、20円/kWhという固定価格でずっと調達できたほうが、経営計画を立てやすいという判断もあり得ます」(山本氏)
「不測」の再エネ調達も最適化
企業が見える化を急ぐ大きな理由は、CO2排出削減を目的とした規制の強化だ。
経済産業省が2023年の施行を目指す改正省エネルギー法では、エネルギー使用量の多い約1万2000社に対し、太陽光などの再エネや、水素、原子力といったCO2を排出しないエネルギーの導入目標の策定と、毎年の進捗報告を義務付ける見通しとなっている。また、2022年4月にスタートする東京証券取引所のプライム市場に関しても、今後、スコープ1〜3におけるCO2排出量の算定・公表を上場企業(1841社)に求めていくとみられる。
そうした規制対応としても、CO2排出量と費用明細をリンクさせておけば、コストをできるだけ抑えながら再エネ調達を進められるという。
「再エネ比率目標を達成するためには、非化石証書で担保された再エネ料金メニューやJクレジットを直接購入することになる。その際、再エネ料金メニューの追加購入単価が2円で、Jクレジットが1.3円だった場合、できるだけJクレジットの購入割合を増やしたほうが、再エネ調達費用を抑えられます」(山本氏)
電力会社からではなく、オンサイトやオフサイトで再エネ電気を直接調達する場合も同様だ。
例えば、使用電気全体の10%を、直接調達する太陽光で賄う計画だったのに、悪天候が続いて思うように発電できず、7%しか行かなかったという不測の事態が起こった場合にどうするか。
「そうなると、非化石証書やJクレジットを追加で買って不足の3%分を調達しなければなりません。ただ、悪天候の影響を受けるのは他社も同じですから、需給が逼迫して証書やクレジットの価格が上がるはず。でも、長期予報などであらかじめ悪天候が想定されていれば、価格の安いときに購入しておくことも可能です」(山本氏)
価格上昇リスクを回避しながら再エネ目標を達成するにはどうしたらいいかーー。その観点が抜け落ち、見える化ばかりに注目が集まっている現状に、山本氏は警鐘を鳴らす。
「経営リスクを最小化する判断材料として、詳細なコスト情報の把握とシミュレーションの重要性に注目してほしいと思います」(山本氏)
(文・湯田陽子)