REUTERS/Yoshiyasu Shida
3月も目前、そろそろ就職活動が本格化する時期ですね。どこの企業にエントリーしようかと企業研究にいそしむ学生も多いのではないでしょうか。
しかし実際のところ、就活中の学生は言うに及ばず、社会人になって転職活動をする際にも、企業の何を調べれば自分の就職(転職)判断に役立つ情報が得られるのかよく分からない、という方は多いと思います。
今はファイナンスを生業にしている私も、学生時代は会計のゼミに所属していたにもかかわらず、就活時にはそこまで上手に会計の知識を活用しきれていなかったように思います。
就活や転職活動で企業を調べる際、多くの人が知りたいのは、例えばこんなことではないでしょうか?
- 潰れないかな?
- この先も成長しそうかな?
- 給料はどのくらいもらえるのかな?
- 女性も活躍できる組織かな?
- 社員教育にどれだけ投資してくれる会社かな?
- 若手でもチャレンジできるかな?
これらのうち、少なくとも1〜4については、企業が公開している情報の中に答えやヒントが書かれています。企業の公開情報も、使いこなし方が分かればとても実はパワフルな判断材料になり得るのです。
企業に関する情報をざっくり整理すると次のとおりです。
筆者作成
なお、先ほどの6つの疑問のうち、5と6については公開情報をもってしても必ずしも把握しきれません。企業の採用ページをチェックしてみたり、OB・OG訪問や就職説明会などで質問してみるのもいいですね。
ちなみに、2023年卒の就職人気ランキングは図表2のとおりです。
この就職人気ランキングのうち、今回注目したいのは6位の味の素です。実は同社は、2017年にトップ10ランキングに登場して以降、毎年安定的にランキング上位に入る人気企業なのです。
(出所)学情「就職人気企業ランキング」をもとに筆者作成。
そこで本稿では、就活生の間で人気を誇る味の素を例に、企業情報のどこに注目すると就活や転職活動に役立つ分析ができるのかを見ていくことにしましょう。
「横の視点」で業界の立ち位置をざっくり把握
企業を分析する際には、「横の視点」と「縦の視点」の2つで見ることが大切です。「横の視点」とは同業他社との比較。「縦の視点」とは、その企業個別を分析する視点です。
まずは横の視点で業界における立ち位置を確認しておきましょう。ここで重宝するのが『業界地図』(※1)です。
『業界地図』とは、自動車、食品、エンタメ……というように、業界ごとに企業の立ち位置を俯瞰した書籍。東洋経済新報社や日本経済新聞社などが毎年発行しており、私も各業界の趨勢を定点観測的に把握するために複数の『業界地図』を毎年購入しています。
では、ここでは東洋経済新報社の『「会社四季報」業界地図 2022年版』を使って、味の素の業界を見てみましょう。
味の素は「調味料、加工食品」に分類されています。競合他社としてはマヨネーズで有名なキユーピー、醤油が代表的な商品であるキッコーマン、そして、カレーのルウでおなじみのハウス食品やエスビー食品などが挙げられます。
これら競合他社と比べてみると、味の素だけが唯一、売上高が1兆円を超えていることが分かります。味の素は他の追随を許さない業界最大手であり、立ち位置は目下盤石ということです。
各社の売上高と当期純利益をグラフにすると図表5のとおりです。
なお『業界地図』に書かれている以上に他社の詳細を知りたい場合には、以降でお話しする「縦の視点」でその企業の有価証券報告書を見ることをおすすめします。
潰れないかな?:財務の健全性をチェック
次に「縦の視点」に移りましょう。縦の視点とは、企業の売上高や利益などを時系列で分析することです。先の1つ目の疑問「潰れないかな?」について調べるなら、まずはこの縦の視点の中でも主要な財務情報をチェックすることが欠かせません。
「企業の過去の売上高を調べるなんて大変そうだな」と思われるかもしれませんが、実はそれほど難しくはありません。
企業サイトのIRのページに行けば、上場企業なら有価証券報告書へのリンクが確実にあるはずです。最新の有価証券報告書を開くと、表紙の次のページ(「企業の概況」)に主要な財務情報が記載されています。味の素なら次のとおりです。
ここに記載された数字を眺めるだけでも、いろいろなことが分かります。まずはここで、売上高や利益の推移を確認しましょう。当然、儲かっていれば利益が出ていますし、業績が不調なら赤字ということもあるかもしれません。
安全性の指標をチェックする
「潰れないかな?」を確認するうえでは、「安全性の指標」と言われる値をチェックしたり、キャッシュフロー計算書を見ることも大切です。
安全性の指標にはいくつかありますが、一番ポピュラーなのがこの連載の第6回でも登場した「自己資本比率」です。
筆者作成
この数式からもお分かりのように、自己資本比率とは、企業が保有する全資産のうち、株主から集めた資金と過去の利益の蓄積の割合がどのくらいあるかを見る指標です。
有価証券報告書の「企業の概況」には、日本会計基準を採用している企業なら「自己資本比率」という名称で、IFRS(国際会計基準)を採用している企業なら「親会社所有者帰属持分比率」という名称で掲載されています(図表7)。
(出所)味の素「有価証券報告書 2021年3月期(第143期)」p.2より抜粋。
企業が利益を出せば資本は増えますから、自己資本比率は上昇します。逆に、赤字を出せば資本が目減りするため、自己資本は減ることになります。
味の素の例を見てみましょう。同社の自己資本利率の推移は図表8のとおりです。
(出所)味の素「有価証券報告書 2021年3月期(第143期)」をもとに筆者作成。
味の素は2020年3月期に174億円の損失を計上した結果、自己資本比率は前年の43.8%から39.8%へと減少しました。しかし翌年には1178億円もの利益を出したことで、自己資本比率は43.3%まで回復しています(※2)。
自己資本比率は業界によって適切な水準は異なります。経済産業省の「2021年企業活動基本調査速報」によれば、全産業における自己資本比率の平均は41.9%。味の素が属する食料品製造業は49.2%となっています。43%前後で推移している味の素は、食品製造業の平均と比べれば低いものの、この程度の差なら問題のない水準と言えるでしょう。
キャッシュフローをチェックする
企業の安全性という観点では自己資本比率に加えて、短期の流動性を見る「流動比率」や、キャッシュフロー計算書を押さえることも重要です。これらを見る必要がある理由は、企業が倒産する理由の多くは、資金繰りに行き詰まってキャッシュがなくなってしまうことだからです。
流動比率とは、「流動負債」に対して「流動資産」がどのくらいあるかを見る指標であり、1年以内の資金繰りの状況を把握するためのものです。流動比率が高いほど短期的な財務の安全性が高いと言えます。
筆者作成
業界にもよりますが、流動比率は150%以上あれば安心でき、逆に100%を切ると資金繰りが危険な状態と言えます。味の素の2021年3月期の流動比率は181%ですから、短期的な安全性は高いと判断できるでしょう(流動比率についての詳しい説明については、この連載の第7回もご参照ください)。
また、有価証券報告書の2ページ目ではキャッシュの残高も確認できます。味の素の過去5期を見てみると、多少の波はあるものの、どの期も1400億〜1800億円ほどのキャッシュを安定的に持っていることが分かります(図表9)。
(出所)味の素「有価証券報告書 2021年3月期(第143期)」p.2より抜粋。
次に、キャッシュフローも見ておきましょう。
ここで確認すべきは、営業キャッシュフロー(営業CF)、投資キャッシュフロー(投資CF)、財務キャッシュフロー(財務CF)の3つです。有価証券報告書のサマリーにも、これら3つの数値がちゃんと記載されています(図表10)。
(出所)味の素「有価証券報告書 2021年3月期(第143期)」p.2。
この3つのCFをグラフで表現すると、図表11のとおりです。
(出所)味の素「有価証券報告書 2021年3月期(第143期)」より筆者作成。
営業CF、投資CF、財務CFの3つのCFがプラスなのかマイナスなのかによって、8つのパターンに分けられます(図表12)。
先ほどの図表11の味の素のグラフの形と照らしてみると、同社は「安定型」だということでが分かりますね。このように、上記8つのうちのどれに当てはまるのかによって、企業の財務状態をざっくり把握することができます(詳しくは連載第9回をご参照ください)。
さて、もう一押し分析を進めましょう。
事業から生まれるキャッシュである営業CFと、投資に使われる投資CFを合計したものが「フリーキャッシュフロー(FCF)」です。FCFがプラスということは、本業の活動によって稼いだCFの中から、設備投資などの投資に回してもまだキャッシュが残るということを意味します。
味の素のFCFは過去4年間、一貫してプラスです(図表13)。つまり味の素は、事業から十分にキャッシュを生み出せているということです。
(出所)味の素「有価証券報告書 2021年3月期(第143期)」より筆者作成。
一方、財務CFはマイナスです。これはつまり、余った資金を金融機関への弁済や投資家への還元にきっちり充てているという状況です。
以上に見てきた事実から、味の素の財務の健全性は極めて高いと判断できます。
ここまでで、企業研究をする際に有価証券報告書を使って財務の健全性を調べる方法について見てきました。次回は、「この先も成長しそうかな?」「給料はどのくらいもらえるのかな?」「女性も活躍できる組織かな?」といった疑問について、企業の公開情報を使って調べる方法をお伝えします。
※1 ちなみに、業界地図というのは日本特有のものであり、海外ではほぼ見かけないもののようです。某有名外資系コンサルティング会社に勤務し、海外でMBAも取得した知人の外国人は以前、「日本の業界地図はすごい。これを初めて見たときは感動した」と言っていたほどです。
※2 味の素は会計基準としてIFRSを採用しているため、図表8では厳密には「資本合計」と「資産合計」から計算される自己資本比率ではなく、分かりやすさを優先し、図表6に記載されている親会社所有者帰属持分比率(親会社の所有者に帰属する持分÷資産合計)の値を用いています。なお、親会社の所有者に帰属する持分は、資本合計−非支配持分により算出されます。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。新著に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。