テック業界の億万長者であるイーロン・マスクとピーター・ティールは正反対の人物だったが、意外にも手を組んだ。
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2022年2月に発売された新刊『The Founders: The Story of PayPal and the Entrepreneurs Who Shaped Silicon Valley(未訳:創業者たち——ペイパルとシリコンバレーを創った起業家の物語)』で、著者のジミー・ソニ(Jimmy Soni)は丹念に、そして共感をもった語り口で、2つの全く異なるスタートアップがたどった道のりを描いている。
1社はイーロン・マスクが、もう1社はピーター・ティールが率いる企業で、この2社が合併しペイパルが設立された。本書は、ビジネス、経営、カルチャーに対する2人の真逆のアプローチを描いた、実に惹きつけられるストーリーだ。
ゴッドファーザーのような写真を使った2007年の「ペイパル・マフィア」というフォーチュン誌の特集記事のおかげで、彼らはシリコンバレーにおける分不相応な神話的ステータスを獲得してしまった。
「ペイパル・マフィア」の影響力は、遡ること50年前に活躍した「8人の反逆者」(「フェアチルドレン」として知られる)には及ばないかもしれない。というのも、かの8人はフェアチャイルドセミコンダクターを創業し、その後いくつかに枝分かれした企業の源流となったからだ。彼らはIT企業の資金調達や成長の方法を一変させ、現在のIT業界の基礎をつくった。
しかし、今世紀の幕開けにマスク、ティール、 LinkedInの共同創業者として知られるリード・ホフマンばかりか、やがてYelp、YouTube、Affirmなどを立ち上げた多くの起業家たちがペイパルに集まっていたことを考えると、スタートアップの世界がどんなものなのか、そしてその世界がここ20年でどれだけ変わったのかを垣間見ることができる。
濃密な2年間
本書は2002年に合併してイーベイに15億ドルで買収されるまでの、ペイパルが独立した企業体だった短い期間のドラマや機能不全についても描いている。
Simon & Schuster
その2年間で、ペイパルではCEOのクーデターが2度起こっている。2度目のクーデターでは、マスクが最大の単独株主だったにもかかわらず、新婚旅行から帰る途中で突然解任されている。
ティールが合併前に創業していたコンフィニティ(Confinity)という会社は、まずマックス・レヴチン(Max Levchin)という優秀なロシア人青年をサポートすることから始まった。
レヴチンが最初に考えたのは、近くにいるPalmPilot(訳注:Palm社が開発・販売したPDA)のユーザー同士で送金し合えるようにするという、狭い分野での事業アイデアだった。会社が成長し事業領域が広がるにつれ、ティールは友人や家族を中心に採用するという特殊な戦略をとっていく。
経験は浅いが賢い人材を探すということに加え、「チーム同士で信頼を築くのは容易でないというなら、すでに信頼関係ができている友人を社員にすればいい、というのがティールの考えだった」。かくして「20代の男性パソコンオタク」だらけの集団ができあがり、また、解雇しづらい状況も生まれた。
対照的にマスクは、既にスタートアップを成功させており、はるかに大きな野望を抱いていた。「金融サービスにおけるアマゾン」をつくること、そして社名を「X.com」にすることだ。「マスクは当時それが一番かっこいいURLだと信じていた」と本には書かれている。
マスクは、人材を探すため、以前経営していたベンチャーや既に持っていた人脈を駆使していた。とびきり優秀ならどんな人材でも検討の価値ありと考えており、「親でも女性でも金融サービスの大ベテランでも、誰でもよかった」という。それほどの多様性を認めながら、一方でマスクは最終的に自分のビジョンからズレていく人間を容赦なく解雇した。X.comでは、創業当時のメンバーのほとんどは解雇されるか退職している。
正反対だが共通点も多い2人
彼らは問題解決にのめり込むあまり時に激しく対立することもあったが、2人とも高いレベルを求める気持ちを持ち、何事においても「真実を突き詰めるタイプ」だったため、お互いにリスペクトし合ってもいた。
また2人とも、真実を追求するためには部外者による自由な発想が必要であり、既存の金融機関のような官僚型組織が自力で真実にたどり着くなど土台無理な話だと考えていた。
さらに著者のソニが指摘するのは、「X.comとコンフィニティの共同創業者10人のほとんどが外国生まれであり、多くの起業家たちがある意味でよそ者だった」ことだ。起業家のうちの一人は「移民するということは起業と似ている。意を決して祖国を離れる一歩を踏み出し、しかもほとんどのものを置いて行かねばならないことが多いのだから」と話している。
文字通りチェルノブイリの影で育った(訳注:チェルノブイリ原発事故前はキーウ(ロシア語表記:キエフ)に住み、その後クリミアに逃れた)レヴチンなどは、本書の中で移民としてのバックグラウンドが実に巧みに描かれている(だが同じ移民系の人物でも、特にティールのルーツに関する記述はかなり曖昧だ)。
本書で描写される起業家たちは、今どきの起業家予備軍とは大違いだ。かつてマッキンゼーやゴールドマン・サックスが新卒にとっての王道の就職先だったように、最近では、スタートアップで働くことは順調なキャリアの通過儀礼と見なされている。
本書を執筆するにあたり、著者のソニは5年の歳月をかけて数百人に及ぶ関係者に取材をしている。その緻密な調査の甲斐あって、本書に登場する企業が技術的、財務的、戦略的な壁にぶつかるシーンの語り口はこの物語の読みどころになっているし、スタートアップで働くことの高揚感と苦労が手にとるように伝わってくる。寝不足のプログラマーたちが、コードをプッシュ(リリース)する際にソルト・ン・ペパの「Push It」を大声で歌う場面などは、まるで自分もその場に居合わせたかのような錯覚すら覚える(ただし、登場人物がいささか多すぎる嫌いはあるが)。
何を間違え、何が正しかったのか
現代のテック業界は中年期にさしかかり、何を間違え、何が正しかったのかを振り返ることができるようになった。本書は過去と未来の可能性について、重要な示唆を与えてくれる。
例えば、2007年に撮影されたペイパル・マフィアの写真は13人全員が男性だったが、2000年には社員150人のうち3分の1が女性だ。その中には役員を務めた人物や、会社の成長・成功に大きく貢献した人物も少なからずいる。テック業界がたどってきた軌跡が語られるとき、その紆余曲折ぶりについては過小評価される一方、業界の未来については過大評価されるというのがこれまでの常識だった。
しかし本書は、シリコンバレーやそこに集った強烈な個性たちに対し、よりバランスのとれた見方をするために必要なものを教えてくれる。また、当時のシリコンバレーのカルチャーのうち、残すべき点や再発見されるべき点についても示唆を与えてくれる一冊だ。
ジョナサン・A・ニー(Jonathan A. Knee):コロンビア大学ビジネススクールのプロフェッショナルプラクティスの教授であり、エバコアのシニアアドバイザー。近著に『The Platform Delusion: Platform Delusion: Who Wins and Who Loses in the Age of Tech Titans』がある。
(翻訳:田原真梨子、編集:大門小百合)