2021年はベンチャーキャピタル(VC)がスタートアップを追いかけ回し、膨らませたバリュエーションをもとに太っ腹な条件でオファーを出すという、白熱した1年だった。しかし2022年に入ってから、その熱は急速に冷めつつある。上場間近の段階にあるスタートアップについては特にだ。
「明らかに冷めてきているのを感じます。夜中に突貫工事で作ったタームシートをやりとりするような熱狂は薄れてきました」と言うのはACMEキャピタルの共同創業者、スコット・スタンフォード(Scott Stanford)だ。
この変化は2月、テック企業の株が大きく売られたことに端を発している。株式市場が落ち込んでいくなかで、直近では資金調達の環境が悪化しているというVCもいる状況だ。
「ほんの何週間か前なら、史上最高に熱い状況だと答えたでしょうね。でもこのわずかな間に状況は大きく変わってしまいました」と言うのは、マッカー・キャピタル(Mucker Capital)の共同創業者兼パートナーのウィリアム・スー(William Hsu)だ。
「金曜まで進んでいた案件が白紙に」
ここ数年は、VCからスタートアップの創業者たちへと主導権が移っていたが、数社のVCに話を聞くかぎり、少なくとも今は、そこに揺り戻しが起こっているようだ。ただ、投資家たちもWeb3や暗号資産関連の企業には投資したがっており、スタートアップ側も必ずしも焦る必要はないという。
それでも、2022年は投資案件に影響を与える、目立たないが大きな変化がある。バリュエーションが高めに評価されることは少なくなり、気前のいいタームシートは減り、投資家たちも突然取引から手を引き始めているのだ。
「大規模なグロース調達ラウンドで、金曜まで話が進んでいた投資案件が週明けに白紙になった、という話は何度か聞きました」とスタンフォードは話す。
以前なら資金調達をしたい企業側と会うことを最優先していたVCだが、今はその勢いがなくなり、市場が安定するまで何カ月か保留したいと言ってくることが多くなっている。
「上場に近い段階にある企業の資金調達スピードがやや減速しています。先日の株式市場の落ち込み以降、最初の1、2回目のコンタクトでの熱が落ち着いてきています」とリップル・ベンチャーズ(Ripple Ventures)の創業者兼マネージング・パートナーのマット・コーエン(Matt Cohen)は言う。
急成長への期待より実績重視
業界経験が長いVCは、過去のサイクルと比較してプライベート市場の落ち込みの大きさに驚いている。
これは、マーケット環境を左右することが多い大手のベンチャーファンドが、公開株市場に多額の投資をしている数十億のグロースファンドを持っており、それが最近の市場の下落に影響されているせいでもある、という。
例えばベッセマー・ベンチャー・パートナーズ(Bessemer Venture Partners)は、クラウド通信のプラットフォームであるTwilio(トゥイリオ)の株を上場後も保持している。ベッセマーのパートナー2人は取締役会にも名を連ねているのだが、Twilioの株価は過去半年間で半値以下に急落している。
急成長が期待できるかどうかよりも、実績があることが重要になっている状況なのだ。
「青天井に成長するという期待よりも、事業の評価をするという基本に立ち返ってきているわけです。将来どれだけ成長しそうかというよりも、今どれだけ成長しているかで評価されているのです」とコーエンは言う。
上場が近い企業の流通市場における株価は2021年から最大4割も下落している、とPitchBook Newsのマリナ・テムキン(Marina Temkin)は報告している。新規上場マーケットが止まってしまった今、数カ月前なら考えられなかった低価格で株を手放すはめになった創業者や投資家もいる。これは流通市場の投資家にとっては魅力的なチャンスだ。
狂想曲の終焉
ベンチャーの資金調達が徐々に難しくなるにつれ、多くのスタートアップは借り入れをして資金調達環境が好転するまでしのごうとしている、と話すのは、ベンチャー向けのローンを扱うレステ・クリアウェイ・キャピタル(Leste Clearway Capital)のマネージング・パートナー、マックス・ウォルフ(Max Wolff)だ。
「2021年末には、株式での資金調達を増やそうと多くの企業から引き合いがありました」とウォルフは言う。つまり、株式の希薄化を避けるために、スタートアップは資金調達に合わせて借り入れも増やそうとしていたのだ。ただし、とウォルフは続ける。
「2022年に入ってからは、『ランウェイ(ベンチャーにおいてキャッシュが底をつくまでの時間)を延ばすために借金をもっと戦略的に使おう』という人が増えてきました」
たとえ創業者が今の状況で資金調達をしようという勇気があっても、以前よりも条件の悪いタームシートに同意することになるとウォルフは言う。債務型の資金保護や、多数派の株主が事業売却について強制的に少数株主を同意させることができる「ドラッグ・アロング・ライト」を復活させるなどの条件をVC側が求めるケースもあったという。
「実際にそうした条項が入っているタームシートもありましたが、この状況とはいえさすがにそれはないと起業家たちも憤慨していましたね」
匿名を条件に取材に応じた業界歴の長いあるシリコンバレーのVCは、多くのVCの現在の仕事のやり方が、相場の下落局面では機能しないことに驚いている、と話す。過去の期間に比べればまだ有利な状況ではあるものの、スタートアップを取り巻く状況はさらに悪化していくと見て、ほとんどの投資から手を引いたという。
「今までにないくらい銀行の預金残高が増えましたよ。いつかはこの狂騒も終わるでしょうからね」
[原文:Startup valuations are crashing from what they were just a few weeks ago, VCs say]
(翻訳・田原真梨子、編集・常盤亜由子)