アンタ・スポーツは北京冬季五輪の開会式と閉会式で中国選手団のユニフォームを担当した。
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厳格なバブル環境で行われた北京冬季五輪は、緊急事態宣言下で開催された2021年の東京五輪同様、旅行や飲食需要につなげられず、経済効果は限定的だった。
だが、大会マスコット「ビンドゥンドゥン」のメーカーやメダリストとタイアップした企業、ユニフォームの公式スポンサーなど、露出が急激に増え、追い風を呼び込んだ「勝ち組」は少なからず存在する。その代表的な事例を紹介する。
アンタ・スポーツ:代表ユニフォームに採用で販売増
2月4日の開会式では各国選手団のユニフォームに注目が集まり、SNSのウェイボ(Weibo)でもトレンド入りした。カナダ代表が身に着けていたルルレモン(lululemon athletica)、フィンランド代表のアイスピーク(ICEPEAK)は、中国のECや店舗で売り上げを伸ばしている。
特に北京冬季オリンピックのオフィシャルスポンサーである安踏体育(アンタ・スポーツ)は、開会式、閉会式だけでなく、スピードスケート、カーリングなど多くの競技で選手のユニフォームに採用され、販売効果は絶大だった。開会式で選手が身に着けた9000元(約16万円、1元=18円換算)のダウンジャケットは即座に売り切れた。
1991年に創業、2007年に香港市場に上場したアンタは、中国の中間層の台頭と共に成長した。
北京冬季五輪公式スポンサーのアンタは、時価総額ではアディダスと並ぶ大手スポーツウェアブランドだ。
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海外のトップブランドより3~4割安い価格で商品を展開し、中国でシェアを拡大しながら、海外の有力ブランドをM&A。2009年のFILA(フィラ)の中国事業買収を皮切りに、この数年で日本のデサント、韓国の大手アウトドアブランド「コーロンスポーツ」の中国事業も手掛けるようになった。
時価総額で見るとスポーツウェアブランド世界トップのナイキに迫り、アディダスと2位を争うまでになった。
米中対立と国産品の品質向上を背景に、中国ではデザインに中国テイストを強調する「国潮」ブームが続いているが、アンタと、2008年の北京夏季五輪で公式スポンサーを務めたスポーツウェアブランド「李寧(LI-NING/リーニン)」の2社は、同ブームのけん引役でもある。
2021年はグローバルブランドの間で、新疆ウイグル自治区で生産された綿を使用しない動きが広がり、中国内でのナイキやアディダスの不買運動に発展。一方アンタと李寧は中国消費者の「愛国買い」の後押しで売り上げを大きく伸ばした。
五輪と愛国の2つの追い風を受け、アンタの2022年の成長は確実視されている。だが、2008年の北京五輪で飛躍した李寧が、急成長の反動で2010年代前半に長期低迷したことから、欧米ブランドに追いつくためには、次の戦略が必要だとも指摘されている。
元気森林:イメージキャラクター3人全員が「金」
元気森林はイメージキャラクターに起用した3人全員が金メダルを獲得した。
元気森林の広告
無糖飲料スタートアップの元気森林は、今大会で「最も運がいい企業」との評価を得た。
イメージキャラクターに起用した徐夢桃、谷愛凌、蘇翊鳴の3選手全員が、北京冬季五輪で金メダルを獲得。しかも、2010年のバンクーバー大会から4大会連続出場の徐選手は「悲願」の金、17歳の蘇選手は中国冬季五輪最年少の金、そしてアメリカから帰化した谷選手は2つの金、1つの銀を獲得し、話題性も突出していた。
2016年に創業した元気森林は「無糖、脂肪ゼロ、カロリーゼロ」を売りにした炭酸飲料で健康志向が高いZ世代の支持を集め、わずか5年余りで評価額150億ドル(約1兆7000億円、1ドル=115円換算)に達した飲料業界の「デカコーン」だ。炭酸飲料やミルクティーなど人気が定着しているジャンルで「より健康」な選択肢を提供し、コカ・コーラ、ペプシなどの海外勢のシェアを奪取した。
2018ー20年の売上高はそれぞれ1億6000万元(約29億円)、8億7000万元(約150億円)、27億元(約490億円)。2021年は100億元(約1800億円)を突破したとの報道もある。
短期間でこれほどの成長を遂げたのは、自社工場を持たず生産を他社に委託するビジネスモデルと、調達した資金をマーケティングに一点集中したからでもある。創業間もない時期から中国で最も稼いでいるライバー、李佳琦(Austin)氏などインフルエンサーを活用し、SNSで露出を高めてきた。
とは言え、元気森林の経営基盤は盤石ではない。2020年ごろまではブランドや商品名に日本語を配し、ラベルに「日本企業監修」と記載するなど、日本ブランドを偽装しており、認知度が高まった後に「中国企業」に転換した。その手法は「無印、ユニクロ、ダイソーを足して3で割った」雑貨チェーン名創優品(メイソウ)と似ており、他のマーケティングも従来の成功モデルの後追い感が強い。
コカ・コーラや農夫山泉など国内外の競合大手が最近になって無糖炭酸飲料を発売し、反転攻勢に出ているため、元気森林が今後も高成長を続けるのは難しいと見られている。
将来的な逆風が予想されている局面で、イメージキャラクターに起用した選手が全員金メダルを取ったことは、同社の運の強さや眼力の正しさを市場に印象づけ、マーケティング巧者ぶりが改めて認識されることになったとも言える。
luckin coffee:谷愛凌選手活用で埋没免れる
luckin coffeeは谷選手とのコラボを大々的に展開した。
luckin coffee広告より
2018年に中国に彗星のごとく現れ、スターバックス一強の中国コーヒーチェーン市場の風雲児となったluckin coffee(瑞幸珈琲)を覚えているだろうか。
同社は2019年5月にナスダックに上場し、一時は中国での店舗数でスタバを超えたが、2020年に不正会計が判明して同年6月に上場廃止に追い込まれた。
そのまま衰退の一途をたどるかと思われたluckin coffeeだが、経営陣を一新し、2021年には2億5000万ドル(約290億円)の資金調達に成功して再建を進めている。
同社は同年9月にフリースタイルスキーの谷愛凌選手をイメージキャラクターに起用。同社は五輪開幕前に、谷選手の写真や応援メッセージをプリントした紙コップ、ストロー、手提げ、等身大パネルなどを準備し、北京にインテリアやメニューを谷選手仕様にカスタマイズした2店舗を配置した。同選手が金メダルを獲得すると祝賀クーポンや特別メニューを即座に全国展開し、誘客につなげた。
筆者作成
谷選手はティファニーやルイ・ヴィトンといったラグジュアリーブランドから、上述のアンタ、元気森林まで30社近くとタイアップしているが、契約数が多すぎるため、「谷選手ばかりが儲かり、個別企業の印象が残らない」結果も生んでいる。その中でluckin coffeeは埋没を免れ、タイアップを最大限活用し「心機一転」を市場に印象付けたと評価された。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。