マイアミは仮想通貨の主要企業が拠点を置く場所になりつつある(2022年4月にマイアミで開催されたBitcoin Conference 2022の様子)。
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もうシリコンバレーなんて目じゃない。フロリダ州マイアミのフランシス・スアレス(Francis Suarez)市長が作りたいのは、仮想通貨の中心地「クリプトコースト」だ。
スアレス市長ほど、現在黎明期にある仮想通貨業界に好意的な政治家はいないと言ってよい。スアレス市長は地元マイアミ出身の44歳。フロリダの「ブロックチェーン・タスクフォース」の元メンバーだ。選挙で選ばれたアメリカの政治家として初めて、給与をビットコインで受け取ることを2021年秋に発表した。その数カ月前にはアメリカ初のシティコイン(CityCoin)である「マイアミコイン(MiamiCoin)」も導入している。
こうした先例のない取り組みは、仮想通貨の人気と価値がコロナ禍で急上昇したことを受けている。デジタル資産は金融の一極集中を是正し、越境決済を安く簡単にするための一つの道だと言う仮想通貨推進派もいるし、仮想通貨は手軽に稼ぐ方法だとみる人もいる。
最近のInsiderとのインタビューで市長自身が語ったように、スアレス市長の仮想通貨支援策はシンプルだ。アメリカ経済は以前にも増して、テクノロジー中心で動いている。仮想通貨も当然、今後主要な役割を担うようになるという。さらにスアレス市長が重視するのは、マイアミを未来が生まれる場所にするということだ。
マイアミの気候や景観は穏やかで美しい。それだけでなく、税制面でもやさしい。フロリダ州には州所得税がなく、法人税率は最も高い場合でもたった5.5%だ。ターキーポイント原子力発電所が近く、カーボンフリーのエネルギーを豊富に、かつ比較的安価に使える。リーダーであるスアレス市長は仮想通貨に入れ込んでいるし、他の地方政治家も支持してくれそうだ。
嫌がる理由などあるだろうか? 暗号資産関連企業がこぞってマイアミに押し寄せる中、仮想通貨に及び腰になったほうがいい理由を探すほうが難しくなってきている。
「現在のところ、マイアミ以上に仮想通貨事業を行いやすい環境はないと思いますよ」と、仮想通貨専門の投資会社ブロックタワー・キャピタル(BlockTower Capital)で、パートナー兼グローバル戦略パートナーシップの責任者を務めるマイケル・ブセラ(Michael Bucella)は言う。
スアレス市長と仮想通貨業界は相思相愛
2020年12月、スアレス市長はわずか4語のツイートだけで、マイアミを暗号関連企業の“メッカ”にするための第一歩を踏み出した。
フランシス・スアレス市長「どうしたら役に立てますか?」
デリアン「OKみんな、聞いて。シリコンバレーをマイアミに移してみたらどうだろう」
仮想通貨業界のエグゼクティブたちが、今までアメリカ政府から蔑まれたり規制で縛るぞと脅されたりしていたのを考えると、「どうすれば創世記の仮想通貨業界の役に立てるか」とスアレス市長が聞く姿勢は、全く対照的だ。スアレス市長は仮想通貨や仮想通貨を実現するブロックチェーン技術に、少なくとも4年前から強い関心を持っており、マイアミの独自性を打ち出し雇用を増やすチャンスと考えたという。
「どういう環境ならいいのか、パズルのピースを1つずつはめるように、少しずつ始めました。約1年前に『どうしたら役に立てますか?(How can I help?)』とツイートして以降、このエコシステム構築プロジェクトは勝手に加速し始め、10年かかるはずのものが12カ月でできてしまいました」とスアレス市長は言う。
仮想通貨は連邦政府には冷たくあしらわれてきたが、ブロックタワー・キャピタル(Blocktower Capital)、ブロックチェーン・ドットコム(Blockchain.com)、FTX、イートロ(eToro)などの仮想通貨関連企業は、この1年の間にマイアミに拠点を移すか、マイアミに大きく投資をしてきた。それを大歓迎するのは、市長なら当然と言える。
法律とビジネスを専門とするスタンフォード大学のジョセフ・グルンドフェスト教授(Joseph Grundfest)は、ニューヨーク・タイムズに寄稿した1月25日付の記事「仮想通貨オタクならぴったり払ってくれる(Crypto geeks fit this bill perfectly.)」の中で、「市長というのは当然、高所得層に住んで納税してほしいと思っているし、自治体側のコストはかけたくないと考えているものだ」と述べている。
スアレス市長が優先すべき事柄は、仮想通貨関連企業の誘致以外にもっとあるはずだという批判的な意見もある。例えばJPモルガンのジェイミー・ダイモン(Jamie Dimon)CEOは、ビットコインに「真の価値はない」と信じているし、レンセラー工科大学(Rensselaer Polytechnic Institute)のジリアン・クランドール(Jillian Crandall)講師は、デジタル資産が貧しい人に力を与えるのではなく、金持ちをますます裕福にしている状況を「仮想通貨帝国主義(crypto colonialism)」と呼び、批判している。
スアレス市長はそうした声を聞いても、挫けない。むしろ戦略を強化しているのだ。
「革新的なことをやろうとすれば、必ず反対勢力にぶつかるものです。疑ってかかるのも反対するのも簡単なことです。疑い続けて、もし疑念が現実になったら、すごい人のように見えますからね。もしその疑念が現実にならなくても、誰もあなたが反対していたなんて覚えていないと思いますよ。違いますか?」
市長はさらにこう続ける。「ビットコインや仮想通貨に関しては、反対していた人たちが間違っていたということが、長い時間を経てすでに証明されていると思います。だから、『反対の立場の人たちは、いつになったら仮想通貨はユニークで新しく革新的だと認め、白旗を揚げるんだろう?』と思います」
仮想通貨界の幹部がマイアミを推す理由とは
映画『バットマン』でピンチの際にバットマンを呼ぶために照射する「バットシグナル」のような、スアレス市長の「どうしたら役に立てますか?」というツイートは今や有名な話だ。このツイート以来、マイアミは仮想通貨業界の首都になった、とスアレス市長は言う。
フロリダ州南部の仮想通貨関連業界は、いま「フライホイール効果」の恩恵(訳注:ビジネス上の小さな成功の積み上げ・蓄積が、時間の経過とともに大きな力となり、持続的なビジネス成長が実現されること)を享受している。企業がマイアミに移転することで、マイアミは、人脈を築いたり、仮想通貨業界の大型会議を開催したり、次の投資先として有望なスタートアップを発掘したりするのに理想的な土地になった。だから流入してくる企業が増え、このサイクルがぐるぐる回り続けるようになった。
ブロックタワー・キャピタルのパートナーである前出のブセラや、FTX USデリバティブ(FTX US Derivatives)のザック・デクスター(Zach Dexter)CEOは、スアレス市長のSNS上の活動とハイブリッドという新しい働き方によってもたらされた自由が、マイアミで彼らの会社が大きなプレゼンスを持つようなった主な理由だという。
ブセラが言うには、ブロックタワー・キャピタルの経営陣は、ニューヨークからコネチカットあたりを何年もかけて検討したあげく、長期的に拠点にできる場所を2020年に探し始めた。数名のべンチャーキャピタル関連や仮想通貨業界の友人が「マイアミがいい」と熱弁をふるい、ぜひ来たらいいと誘ってくれたという。
そこで実際にマイアミを見に行き、滞在中にツイッターでスアレス市長にダイレクトメッセージを送った。スアレス市長は「即レス」し、数日後には市長室で面会の運びとなったのだとブセラは言う。その後どうなったかは知っての通りだ。
ブロックタワー・キャピタルがマイアミに拠点を移してからまだ日は浅いが、仮想通貨コミュニティは劇的に拡大しているとブセラは言う。勤務時間以外にも1週間に6回は仮想通貨関連の食事会や会合に顔を出しているし、断らざるを得ない誘いも同じくらいの数はある状況だそうだ。
「従来の投資業界や、VC、プライベートエクイティ、テック業界などの知り合いで、すでにマイアミに移っていた人たちも意外と多かったんですよ。ビジネス環境はコロナ前のニューヨークより、過去も現在もマイアミのほうがいいですね」とブセラは言う。
FTXのUSデリバティブ部門、FTX USデリバティブ(FTX US Derivatives)を率いるデクスターも同意見だ。「シリコンバレーが『さあこれから』というタイミングの2012年にニューヨークに行くような感じです。マイアミには、あの頃と同じような新しいテクノロジーハブのエネルギーを感じます」
FTXはいくつもの意味でマイアミにしっかりと地歩を築いた。まず、常設のオフィスを開設した。地理的にはバハマのナッソーにある本社とシカゴにあるアメリカの主要拠点の間に構えたことになる。スアレス市長が「どうしたら役に立てますか?」とツイートしたことがきっかけだったとデクスターは言う。
さらにNBAのマイアミ・ヒートの本拠地アリーナへの命名権を1億3500万ドル(約155億円、1ドル=115円換算)の19年契約で獲得した。それ以来、FTXのロゴのついたシャツを着て歩く人々をマイアミで見かけるようになったとデクスターは言う。FTXの運営するクリプトデリバティブ取引所の職員ではない人たちだ。
マイアミは急速に仮想通貨の中心地となりつつある。直接的、間接的にブロックタワー・キャピタルやFTXをマイアミに誘致することで大きく貢献したのは、スアレス市長だ。
デクスターは、仮想通貨業界を率いる人々には、フロリダ州南部を訪問して自分たちに適しているかどうか確かめてほしいと考えている。
「いろいろなことが起きている、その只中で暮らしてみてほしいですね。ブリッケル(マイアミの金融センター街)に住んでみたり、物件を借りるのもいいと思います。どこかで何かを始めたいと思うなら、マイアミは最高ですよ」
(翻訳・カイザー真紀子、編集・大門小百合)