2009年6月、ゴールドマン・サックスのシニア投資ストラテジスト時代のアビー・ジョゼフ・コーエン。その目に現在の市場はどう見えているのか。
REUTERS/Brendan McDermid (UNITED STATES BUSINESS)
米連邦準備制度理事会(FRB)議長や米大統領といった立場の人物でない限り、株式市場を動かしたことで個人がその功績を認められるのは、きわめて稀(まれ)なケースだ。
アビー・ジョセフ・コーエンは、そうした特別な評価を受ける個人のひとりと言えるだろう。
1990年代は株式市場の歴史に残るほど長く際立った強気相場が続き、投資家たちはそれがいつ終わりを迎えるのか、さまざまに考えをめぐらせていた。
当時、米金融大手ゴールドマン・サックスのチーフストラテジストだったコーエンは「景気拡大は続く」との予測を発表。実際に1991年3月から2001年3月までの長きにわたって強気相場が続いた。
そうやって「強気派」としての名声を築いたコーエンだったが、ナスダック市場を舞台とするドットコムバブルがピークを打った(2000年3月10日)その2週間後、一転して顧客の投資家たちに株式へのエクスポージャー(=資産をリスクにさらす割合)を減らすよう助言。
翌月、相場は大幅な下落を記録し、米ウォール・ストリート・ジャーナルはそれを「アビー効果」と名づけた。
ヘッジファンドマネージャーを経て米CNBCの人気投資情報番組「マッド・マネー」の司会者を務めるジム・クレイマーは当時、米ワシントン・ポストの取材に対し、コーエンが自らの影響力を踏まえ、タイミングを慎重に選んで(株式への資産配分を減らすべきとの)発言したおかげで、過度に深刻な株価下落に至らず済んだと語っている。
コーエンはその後も正確な相場判断を続けたものの、世界金融危機とそれに続くグレート・リセッション(2000年代後半から2010年代初頭)は予測できず、「永遠の強気派」と揶揄(やゆ)された。
2008年にチーフストラテジストのポジションをデービッド・コスティンに譲ったあとも、同社シニアストラテジストとして大きな役割を果たしたコーエンは、2021年末に退社。現在はコロンビア大学ビジネススクール(経営大学院)で教授を務める。
コーエンはロシアのウクライナ侵攻直前に取材に応じ、現時点で今後10年間の展開を予測するのは不可能だと前置きしつつも、投資家たちは経済の先行きについて必要以上に不安を抱きすぎていると語った。
「アメリカ経済は多くの人が評価するよりもはるかに健全かつ堅調です。高インフレへの懸念は行き過ぎていると思うし、FRBの利上げを警戒するのも時期尚早だと思います」
40年ぶりの高水準で推移するインフレ率は、消費者がくり返し買うような品目ではない自動車や家具などに起因するもので(ゆえに生活への影響は限定的で)、もうひとつの重要なインフレ要因である低賃金労働者層の賃金上昇も、最終的には経済に良い結果をもたらす(ゆえに回避すべきものでもない)というのがコーエンの考えだ。
金利については相当な上昇が予想されるものの、超低金利からの引き締めであって、金利上昇が経済にダメージを与えると結論づけるような段階ではまだないと言う。
また、コーエンはアメリカが徐々に成長軌道を取り戻しつつあると指摘する。そこで重要な役割を果たすのが、2021年11月に成立した「インフラ投資・雇用法」で、経済的に立ち遅れている地方や郊外エリアを支援するとともに、低迷するいくつかの市場セクターを強化する役割を果たす。
「いま投資するなら、景気回復に関連するセクターでしょう。コモディティがそうですし、金融や小売り、一般消費者向けサービスなどの景気敏感株も含まれます」
投資家は上場投資信託(ETF)を通じて、コーエンが考えるトレンドに幅広くアクセスすることができる。
「ファースト・トラスト・グローバル・タクティカル・コモディティ・ストラテジー・ファンド」なら、農業、金属、エネルギー分野のコモディティへのエクスポージャーを広く取れる。
また、「プロシェアーズ・ウルトラ・コンシューマー・サービス」「フィディリティMSCIファイナンシャルズ・インデックスETF」「SPDR S&P小売りETF」といった株式重視のファンドは、コーエンが挙げた景気敏感株へのエクスポージャーを取れる。
コーエンによれば、特に魅力的なのは一般消費者向けサービスセクターで、サプライチェーン問題が落ち着いてくれば、自動車セクターにもチャンスがある。
一方、債券ファンド(=債券で運用する会社型投資信託)に資産配分している投資家は、金利上昇や景気の先行き懸念の高まりを受けて他の投資家が換金(途中売却)に走ると、元本割れの可能性が出てくるので要注意だとコーエンは指摘する。
(翻訳・編集:川村力)