今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
入山先生は「イノベーションとはパクリ」だと言います。では、他社の事例をパクリながら自社のオリジナリティにつなげるにはどうしたらよいのでしょうか。とっておきのパクり方を5つの事例とともに紹介します。
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ビジネスにおける「パクリ」はどこまで許される?
こんにちは、入山章栄です。
今回はライターの長山清子さんが抱いたという、素朴な疑問について考えてみましょう。
ライター・長山
ええと、名前を出すのが憚られるのでイニシャルで申し上げますが、先日“T”というコーヒーチェーンでコーヒーを飲んでいたんです。そのときふと、「“T”って、同じコーヒーチェーンの“S”の真似だよな」と思いまして……。
BIJ編集部・小倉
そこまで言えば、もう名前を出したも同然じゃないですか(笑)。
ライター・長山
真似という言い方はよくないかもしれませんが、入山先生も常々、「イノベーションはまったくのゼロからは生まれない」とおっしゃっていますし、「TTP(徹底的にパクれ)」という主張をしている方もいます。
世の中では何かがヒットすると、後発のほうが栄えることも多い。パクリとか真似というものを、経営理論ではどのように捉えているのでしょうか。
長山さんがおっしゃっているのはすごく大事なポイントです。経営理論では「パクリ」という言い方はしませんが、基本的に僕の理解では、「イノベーションはある意味でパクリ」であることは確かだと思います。
僕がリスペクトする経営共創基盤(IGPI)グループ会長の冨山和彦さんも、「イノベーションとはパクリである」とよくおっしゃっていますね。
なぜかというと、これはこの連載では何度も言っていますが、イノベーションの原点というのは、基本的には「既存の知と既存の知の組み合わせ」なんですよ。
シュンペーターが「新結合」という名前で言っていることですね。
この世にすでにあるものを新しく組み合わせるから、新しいものができる。逆に言えば、この世にあるものを組み合わせているのだから、ある意味でパクリとパクリを組み合わせているだけだとも言えるのです。
ちなみに僕は“S”も“T”も大好きで、両方ともよく利用しますが、“T”が“S”のパクリかどうかは別として、似たようなものが生まれても全然かまわない。
いろいろあるなかで、「どの企業が最もよいパクリの組み合わせをしているか」に尽きると思います。
例えばアメリカのスーパーマーケット「ウォルマート」は、アマゾンができるまでは世界最大の小売企業で、いまもアマゾンと1、2を争っている。
僕はいつも授業でウォルマートを扱うとき、同社について書かれているハーバード・ビジネススクールのケースを使うのですが、そこに書かれている同社の中興の祖であるリー・スコットという3代目のCEOのセリフを紹介します。
すなわち、
「ウォルマートの歴史はレボリューション(革命)ではなくエボリューション(進化)の歴史だ」
というもの。つまり特別な革新があったというよりは、じわじわと進化してきたのだと言っているわけですね。さらにリー・スコットは、
「われわれのやっていることで、自分たちのオリジナルで始めたものはない」
とも言っています。
例えばウォルマートでは社員のことを「アソシエイト(仲間)」と呼びます。この呼び方にしても自社で考えたものではなく、よそがそう呼んでいるので「うちもそうしよう」と真似をして取り入れたものです。
ただしそれをいろいろとつなぎ合わせて組み合わせることで、ウォルマートという1つの新しい会社になる。その全体の組み合わせは他社が真似できない。
これがウォルマートであるとリー・スコットは言っています。ですから、こういうものがイノベーションだと僕も理解しているんです。
ライター・長山
そうなんですね。だとすると、先に始めたほうが「真似された」と怒るのは筋違いなのでしょうか。
もちろん知的財産という意味で、申請済みの特許などをパクるのはダメですよ。当然、合法な範囲で真似をしたり参考にしたりするということですね。
世の中はすべて先人の真似からできている
もっと分かりやすい例は「ゴーゴーカレー」です。僕は講演などで「知の探索」が大事ですという話をよくしますが、そのときいい意味で例に出すのが、ゴーゴーカレーの宮森宏和さん。
違法なことはまったくしていませんが、宮森さんのやっていることは、ある意味でほとんどパクリなんですよ。ゴーゴーは松井秀喜の背番号55。コーポレートカラーの赤と黄色はマクドナルドの看板の色。ゴリラが輪っかの中にいるマークは、それこそS社のロゴからインスパイアされたものと、パクリの集合体なんですよ。
BIJ編集部・小倉
でもこの組み合わせはほかにありませんから、そういう意味では、完全にオリジナルですよね。
そうなんです。各部分は全てパクリでも、総体としてはオリジナルなんです。またグーグルは検索のビジネスで世界ナンバーワンですよね。でも検索を先に始めたのはグーグルではなく、実はオーバーチュアという会社です。
グーグルのセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジは、実は最初は検索のアルゴリズムの画期的な技術(ページランク)そのものを売ろうとしたけれど、それだけだとうまくいかなかった。
そのときオーバーチュアを見つけて、「この検索システムを使って広告を乗っければビジネスになる。オーバーチュアと同じことをグーグルの仕組みでやればいいんだ」と閃いて始めたのがグーグルです。
いまや誰もがグーグルが世界最初の検索・広告サービスだと思っていますが、もともとはオーバーチュアが先につくったものなんです。
BIJ編集部・小倉
グーグルですらパクリからスタートしたわけですね。
だから世の中、基本的に全部パクリなんですよ。
パクられて、負ける本家と負けない本家の違いとは?
ライター・長山
そうすると、パクられて負けてしまう本家と、パクられても負けない本家の違いはどこにあるんでしょうか。
いい質問ですね。実は、けっこう本家が負けます。なぜなら後発のほうが有利だから。
その道のプロにお金を払えば1時間相談できる「ビザスク」というサービスを創業した端羽英子さんに、オンラインで僕の早稲田大学ビジネススクールの授業に参加してもらったときのことです。
学生が端羽さんに、
「ビザスクのようなサービスを始める会社は、後にも先にも多いと思うんですが、そんななかでビザスクが勝てると思った理由は何ですか? 不安はないんですか?」
と質問しました。
すると端羽さんは、こう答えた。
「自分たちより先にこのモデルを始めた会社はあまり怖くない。
怖いのは、後ろから似たようなサービスがやってきて、あっと言う間に追い抜かれること」
後発のほうが先行サービスを分析して、より優れたことができる。だから自分たちよりいい仕組みを持つ会社が出てくると、そこに一気に抜かれるリスクはある。そこはいつも気を付けているとおっしゃっていました。
BIJ編集部・小倉
なるほど。だからスタートアップの多くが、資金調達をして一気に規模を拡大し、後発が追いつけないようにするわけですね。
そうだと思います。というわけで、「真似」はイノベーションそのものですから、パクリという言い方はやめて、「インスパイア」と言うほうがいいのではないでしょうか(笑)。
大事なのは完全にパクるのではなく、いろいろなパクリを独自に組み合わせることですね。
BIJ編集部・常盤
模倣というとなんとなくいいイメージがありませんでしたが、私たち人間の成長もまねることからすべては始まるわけですからね。これからは「インスパイア」というようにします(笑)。
(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。