3月1日、米連邦議会の上下両院合同会議で一般教書演説を行ったバイデン大統領。資産運用大手アクサはロシアへの経済制裁を含むウクライナ危機を最も優位な形で乗り切るのはアメリカと分析する。
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ウクライナ危機で金融市場に激震が走った。
世界の金融市場はロシアの軍事侵攻開始を受けて急落。すぐに持ち直したものの、目下きわめて不安定な状態が続いている。
ロシアの株式市場と通貨ルーブルは西側諸国を中心とする経済制裁によって壊滅的な打撃を受けた。
けれども、危機が引き起こす大波の被害はまだ広がり始めたばかりだ。世界経済と投資家たちがこれから長期にわたって被るダメージは、最初の一撃よりはるかに甚大なものになる可能性がある。
運用残高9000億ドル(約103兆円)超、欧州最大級の資産運用会社アクサ・インベストメント・マネージャーズのマクロ戦略チームは、ウクライナ危機の(潜在的なものも含めた)影響を徹底分析した結果、その衝撃はアメリカの中央銀行にあたる連邦準備制度(FRS)にまで及ぶと予測する。
同チームによれば、アメリカとその株式市場は欧州との比較では危機から隔離されていると言えるものの、まったく無傷の展開はあり得ないという。
「とは言え、ロシアとウクライナの紛争が激化した場合でも、欧州への影響に比べれば、アメリカへの影響はそこまで深刻にならないはずです。
アメリカとロシア、ウクライナの直接的な貿易取引は欧州より小規模で、ロシアとウクライナの輸入総額に占めるアメリカの割合はそれぞれわずかに0.35%、0.13%。またその逆の、ロシアとウクライナからの輸出額がアメリカの輸入総額に占める割合もそれぞれ0.76%、0.059%にすぎません」
「ユーロ圏では、2022年、23年の国内総生産(GDP)がそれぞれ0.4%、0.6%減少すると当社は予測しています。アメリカの貿易総額に占めるユーロ圏の構成割合は15%(2021年)と相当に大きいので、一見アメリカにもダメージが及びそうです。
ところが、ユーロ圏や他の先進国と違って(消費大国と呼ばれる)アメリカのGDPに占める輸出額の割合はわずか12%にすぎません。それゆえ、アメリカへの(貿易を通じた)直接的な影響はさほど大きくならないと思われます」
アクサのマクロ戦略チームは顧客向けレポートで、ロシアが世界最大の石油・天然ガス供給国のひとつであることから、ウクライナ危機の影響が「アメリカへの主な波及経路」として、世界のエネルギー価格を挙げている。
欧州ほど深刻ではないにせよ、エネルギーなどさまざまな市場に吹きつける逆風はアメリカにもをある程度影響を及ぼし、インフレ抑制のために米連邦準備制度理事会(FRB)が計画している利上げサイクルにブレを生じさせる展開は十分考えられる。
「(ウクライナ危機の貿易上の影響は薄いとしても)エネルギー価格ショックはアメリカにまで影響を及ぼすでしょう。天然ガス価格の上昇は原油価格の高騰を引き起こし、1バレル100ドルの大台をすでに突破しています」
ウェスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)原油先物価格は2021年上半期に比べおよそ5割増となり、アクサのマクロ戦略チームは今後さらなる上昇を予測している。
「エネルギー価格の高騰はアメリカのインフレ亢進を加速させ、ピークを打つ時期をさらに遅らせるでしょう。
現時点で当社は、アメリカの平均インフレ率を2022年に5.0%、23年には2.9%と予測していますが、原油価格が125ドル前後まで上昇した場合、2022年に5.8%、23年に3.1%へと予測を修正することになります」
また同チームは、地政学的状況の悪化に応じてFRBは金融政策を見直す可能性が高いと指摘する。
「現時点で当社は、FRBが政策金利であるFF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標を2022年末までに1.25%、23年末までに2.75%に引き上げると予想しています。
しかし、ロシアの軍事侵攻を受けて金融環境はすでにタイト化し、経済成長見通しも鈍化する様相を見せています。この変化によって、FRBが金融引き締めを通じて達成しようとしていた景気過熱の抑制も、ある程度まで先取りされることになるでしょう」
ただし、FRBはインフレ期待が跳ね上がる可能性を引き続き懸念していて、すぐに利上げ計画の見直しに動く可能性は低いというのが同チームの見方だ。
「インフレが2022年末から2023年にかけて鈍化の動きを見せれば、FRBは(上述した)当社のベースライン予想を下回る形に金融引き締めを見直す必要が出てくるでしょう。
具体的には、四半期ごとに0.25ポイントずつ利上げし、2023年末までに2.25%、24年に2.5%に達する形が好ましいと考えます。より緩やかな金融引き締めが実現すれば、経済成長に及ぼす影響もソフトにできるはずです」
中央銀行であるFRBはきわめて緩和的、なおかつ輸入エネルギーへの依存度も低いとなれば、アメリカ経済ないし同国の株式市場が欧州より良いパフォーマンスを発揮できるのは間違いない。
中国と新興国への影響
アメリカと同様、足もとの危機的状況を欧州以上にうまく乗り切る優位なポジションをキープしているのが中国だ。
「中国の貿易相手国にロシアとウクライナが占める構成割合は小さく、紛争激化の経済への影響は限定的と考えられます。中国の輸出総額に占めるロシアの割合は2%未満、ウクライナはさらに少なく0.3%未満。輸出品の内訳は、消費財(42%)と資本財(39%)に集中しています。
逆に、中国はロシア産石油・天然ガスの主要な輸入国で、中国の年間エネルギー輸入量の14%前後を占めます」
アクサの分析によれば、一部の新興国市場のなかにも今回の危機を乗り切る上で良い条件が揃っているところがあるようだ。
「新興国市場は不均質で、世界的なエネルギー価格の高止まりがポジティブな影響をもたらす国も、ネガティブに働く国もあります。新興国の経済成長への影響はまちまちでしょう。
クウェートやアラブ首長国連邦(UAE)、あるいはコロンビア、アンゴラ、アゼルバイジャンといった化石燃料の純輸出国にとっては、売り手市場(=供給不足)となるエネルギー危機はポジティブに作用します。逆に、コモディティの純輸入国はマイナス成長と対外収支の悪化に直面する可能性が高くなります」
ここまでアクサのマクロ戦略チームの分析を紹介してきたが、同チームはウクライナ情勢には大きな不確実性が残されていることを強調する。
「欧米諸国はさらに厳しい経済制裁を準備していることを明らかにしています。それらが紛争に何らかの影響を及ぼすのか、実際に行われるのか、現時点では不透明です。ロシアはエネルギー供給契約を履行するとしているものの、制裁措置を受けてなお前言通り履行されるかどうかも不透明な状況にあります」
(翻訳・編集:川村力)