2019年11月、ブラジルで開催されたBRICS首脳会議に参加したロシアのプーチン大統領(左)と中国の習近平国家主席。米中対立激化のなかで中ロ結束が強調されがちだが、問題はそう単純ではない。
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ロシアのウクライナ侵攻から1週間が過ぎた。ロシア軍は首都キエフ制圧に手こずり、軍事作戦は長期化の可能性が出てきている。
外交・報道関係者らがいま注目するのは、侵攻を「非難も支持もしない」中国の立ち位置だ。
ロシア・ウクライナ両国と友好関係を保つ中国は、ウクライナから停戦仲介要請を受けるなど絶妙なポジションに立ち、しかも「3つの追い風」を受けていると筆者は考えている。
ウクライナ問題に対する「5つの基本姿勢」
まず、今回のウクライナ危機に対する中国の基本姿勢を確認しておきたい。
侵攻翌日の2月25日、中国の王毅外相はトラス英外相らとの電話会談に際し、同国のウクライナ政策を次の5項目にまとめた。
- 各国の主権と領土の一体性を尊重・保障し、国連憲章の目的と原則を誠実に遵守
- 安全保障は他国の安全保障を犠牲にしてはならない。地域の安全保障は軍事グループの強化または拡大によって保証されるべきではない。北大西洋条約機構(NATO)の5次にわたる東方拡大を受け、ロシアの安全保障に関する正当な訴えは重視され、適切に解決すべき
- すべての当事者が自制を保ち、大規模な人道危機を防止すべき
- ウクライナ危機の平和的解決に資するあらゆる外交努力を支持
- 国連による武力行使と制裁を認める安全保障理事会決議に反対
1では、軍事侵攻がウクライナの主権と領土の一体性の侵害と国連憲章違反にあたり、中国として「支持しない」立場を表明している。
2は、軍事同盟による安全保障の強化に反対、その文脈でNATOの東方拡大にロシアが寄せる懸念を理解し、適宜解決すべきとの主張だ。
日本のメディアはこの1と2を、中国がウクライナとロシアの両方に配慮して対応する「苦しい『あいまい戦略』」(産経新聞、3月2日付)と批判的に見るが、筆者はそう考えない。
アメリカのバイデン大統領は3月1日の一般教書演説で「自由は独裁に勝利する」とうたい、ロシアを国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除するなど厳しい経済制裁を強調して、ロシアの「孤立」を演出した。世界を「民主か専制か」で色分けする二元論的思考が濃厚に感じられる。
しかし、中国が軍事侵攻だけを批判すれば、ロシアとウクライナの仲介は難しくなる。両論併記ならば、4にある平和的解決に向けた外交努力を行う上で、中国の外交空間を広げる効果が得られる。
それが奏功したのか、ウクライナのクレバ外相は3月1日、王毅外相との電話会談で、ロシアの侵攻を止めるため中国に停戦仲介への期待を表明した。
「中国が停戦実現のために仲裁してくれると期待している」と話したクレバ氏に対し、王氏は「我々は主権と領土の一体性の尊重を主張してきた。中国はウクライナとロシアに対し、交渉を通じて解決策を見出すよう求める」と応じた。(産経新聞、3月2日付)
実際に仲介役を担うかどうかは即答しなかったものの、ロシアとウクライナの調停など外交空間を確保する狙いは達成されている。これがウクライナ側から吹いてきた、第1の「追い風」だ。
中国とウクライナの関係は深く長い
日本では、米中対立激化の反作用として中ロの結束強化ばかりが強調されるが、中国は2011年にウクライナとも戦略的パートナーシップを締結している。そのことはあまり知られていない。
中国とウクライナの貿易額は2021年、輸出入とも前年比20%超の伸びを示して過去最高を記録した。
中国が提唱する広域経済圏構想「一帯一路」の沿線国を結ぶ国際列車「中欧班列」は、2020年7月に中国・武漢からキエフに向かう定期直通列車が、さらに2021年9月にはキエフから中国・西安への直通列車がそれぞれ運行開始している(JETROビジネス短信、1月31日付)。
また、中国が2012年に初めて就役させた空母「遼寧」は、旧ソ連時代のウクライナで建造されたものだ。
東洋学園大学の朱建栄教授(アジア国際関係・中国現代史)は、中国が最も友好的とみる欧州4カ国として、セルビア、ハンガリー、ギリシアとともにウクライナを挙げている。
2013年12月、中国の習近平国家主席(右)を訪ね、調印文書を交換したウクライナのヤヌコビッチ大統領(当時)。中国とウクライナは2022年1月に国交樹立30周年を迎え、強固な経済関係で結びついている。
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ウクライナ危機のさなか、中米関係に変化
ロシアとウクライナの間で絶妙なポジションに立つ上で、中国に吹く第2の「追い風」は、アメリカとの関係の変化だ。
中国の習近平指導部内には、今回のウクライナ危機への対応をめぐり異論があった。
ロシアの侵攻時期について、中国側は正確な情報を得ていなかった。およそ6000人にのぼるウクライナ在留中国人の退避に遅れが生じたことはその証左と言える。
共産党指導部の内情に詳しい外交筋によると、ウクライナとロシアのどちらにつくかをめぐり指導部内で議論が展開されたという。
結局は「どちらにもつかず距離を保ち、中間の立場をとる」ことで決着した。
指導部はさらに、アメリカからロシアに対する経済制裁への同調を求められても同意しないことを決定。
その一方で、ニクソン大統領(当時)訪中による米中和解の「上海コミュニケ」(1972年2月、米中共同声明とも呼ばれる)50周年を機に、中米関係改善と経済貿易の促進を図る姿勢を押し出すことも決めた。ウクライナ危機を逆利用して、対米関係の好転につなげようとの思惑だ。
バイデン大統領は先述の一般教書演説で、中国についてわずか3カ所しか言及しなかった。しかも、中国との経済競争だけを強調し、台湾を含めた安全保障問題には一切触れなかった。
早稲田大学の中林美恵子教授(国際公共政策)は、デジタルメディア(日本経済新聞、3月2日付)のコメント欄に「中国への言及は、米国の経済や産業の文脈で多くなりましたが、人権や民主主義、自由などの文脈ではなかったのは、ロシア停戦の仲介役を期待してのことでしょうか」と投稿しているが、ここで仲介役への期待を強調するのは飛躍ではないか。
要するに、バイデン大統領がこの演説で中国批判を突出させれば、中ロ関係を強化するだけとの警戒感があったのだと筆者は考えている。
インドの「棄権」も追い風に
第3の「追い風」は、国連総会の緊急特別会合(3月1日)で採択されたロシアのウクライナ侵攻への非難決議について、インドが中国とともに棄権に回ったことだ。
インドは日米政府の共通戦略「自由で開かれたインド太平洋」の中核をなす、日米豪印4カ国の枠組み「クアッド(Quad)」の一角であり、アメリカと日本はインドの「包摂(取り込み)」を最重要視してきた。
しかし、インドは歴史的に非同盟主義をとり、アメリカの同盟網に組み込まれることに懸念を示し距離は縮まっていない。
一方、ロシアは戦闘機やミサイルなど兵器サプライヤーとしてインドと緊密な関係にあり、2021年12月にはプーチン大統領がインドを訪問して、10年間の軍事協力計画に調印している。
インドがロシアへの非難決議採択を棄権したあと、ウクライナでは同国からの脱出を試みたインド留学生らが越境を拒否されたり、ウクライナ人から暴行を受けたりする不当な扱いを受けているとの報道が相次いだ。
「ヒンドゥー・ナショナリズム」を掲げるインドのモディ首相にとっては見過ごせない動きで、ウクライナ問題に対する同国の距離感にも影響してくるかもしれない。
中国はこれまで、日米が対中包囲を狙い形成したクアッドや、2021年9月に新設された米英豪3カ国による安全保障協力枠組み「AUKUS(オーカス)」を、軍事同盟的な性格の「排他的な小派閥(グループ)」と批判してきた。
そのクアッドの中心的地位を占めると日米が期待するインドが、ウクライナ問題で中国と歩調を合わせたことは、インド太平洋地域における中国包囲網に風穴を開けるだけでなく、ウクライナ危機打開に向けて中国が「絶妙のポジション」に立って主導権を発揮する上で強力な「追い風」になるだろう。
ウクライナ危機は、アメリカ中心に構築された「国際秩序」の動揺を象徴している。
多極化する秩序のなかで注目されるのは、3つの追い風を受けて主導権を握ろうとする中国だけではない。インドの役割にももっと目を向けるべきと筆者は考えている。
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。