Li Yang/China News Service via Getty Images; iStock; Rebecca Zisser/Insider
パリ中心部の第2区の中核にあるザ・ホクストン(The Hoxton)というホテルは、パリで最も注目を集めるテック企業の創業者や投資家が集まる場所として利用されてきた。
あるフランス人投資家は、「なぜ、人々がいまだに秘密の会合であるかのように創業者たちをこのホテルに連れてくるのか分かりません」とInsiderに語る。「投資家がやってくることは誰でも知っているのに」
2017年にオープンしたザ・ホクストンは、フランスのテック部門の急激な成長のきっかけとなった。勢いのあるスタートアップへの投資話に投資家がサインするために3日も4日もかけてワインを飲みながらの昼食会を開くなどというのは昔の話だ。
ディールルーム(Dealroom)のデータによると、2021年のフランスのテック系スタートアップへの投資額は約119億ドル(約1兆3700億円、1ドル=115円換算)で、前年比約2倍となった。テック関連企業に対する投資額では、フランスはイギリスとドイツに次いで多い。2021年のイギリスでの投資額は371億ドル(約4兆2700億円)、ドイツは189億ドル(約2兆1700億円)だった。
グラフ作成: Riddhi Kanetkar 出典: Dealroom Created with Datawrapper
フランスはロンドンをしのぐほどではないものの、フィンテックの中心地として、デジタルバンクのクォント(Qonto)、個人間送金のリディア(Lydia)、従業員向け決済サービスのスワイル(Swile)、会社の財務部署向け支出管理システムのスペンデスク(Spendesk)などのユニコーン企業を生み出している。また、アンコールストア(Ankorstore)やミラクル(Mirakl)などのマーケットプレイス事業も好調に推移している。
シリコンバレーのファンドもフランスで積極的に投資活動を行っている。初期のアップルを支援していたことで知られるシリコンバレーのベンチャーキャピタル、セコイア(Sequoia)から2021年に資金調達をしたあるスタートアップのCEOは、取引のペースと規模が急速に拡大しており、スタートアップのグローバル展開への野望に拍車をかけていると語る。
大統領も支援
フランスの公共投資銀行、BPIフランス(BPI France)は、2012年以来の累計でテック系スタートアップの最大の支援者となっている。つまり、フランス政府がこの業界の成長に出資しているということだ。
4月10日に再選を目指しているエマニュエル・マクロン大統領は在任中、一貫してテック系企業を熱心に支援してきた。
海外から開発者やエンジニアがフランスに来やすくするために技術者専用のビザを導入したり、キャピタルゲイン税を見直して実効税率を下げるなどの政策を行った。
マクロン大統領はInsiderに対し、2025年までにユニコーン企業を25社にするという目標を語っていたが、この目標はすでに2022年1月に達成した。現在は、2030年までに評価額1000億ユーロ(約12兆5000億円、1ユーロ=125円換算)の企業を10社に増やしたいと考えている。10億ドル規模のスタートアップの急増は、2015年に自動車相乗りサービスのブラブラカー(BlaBlaCar)が最初のユニコーン企業になって以来、仏テック系企業のエコシステムに劇的な変化をもたらした。
このようにしてスタートアップ全体が勢いづいてきたため、起業家たちは投資家たちとも自信を持って交渉に臨むことができ、たとえ実績豊富な大手ファンド相手であっても、この分野に明るくないと思えば取引を避ける勇気を持てるようになった。
「投資家としては、以前のように何も準備せずにミーティングに現れ『あなたの市場について教えていただけますか』などとはもはや聞けないのが現状です」とフランスのVCパートナーの一人はInsiderに語り、こう続ける。
「起業家たちは日々、何十人もの投資家から話を持ちかけられているので、彼らと資金調達の話をしたいのであれば、少なくともどんなビジネス展開を描いている会社なのかくらいは頭に入っていると示す必要があります」
フランス中心主義からの脱却
フランスのスタートアップ、投資家、政策立案者、マクロン大統領、そして多くのパリ市民で構成される政府系起業家支援プログラム「ラ・フレンチ・テック(La French Tech)」は、国際投資の増加から恩恵を受けるためにあの独特の“なんとも言えない魅力(je ne sais quoi)”を維持しようとしているが、フランス国民はもっと国際的にならなければならない。
フランスの保険スタートアップ、リュコ(Luko)の創業者兼CEOのラファエル・ブリエルム(Raphael Vullierme)は、ザ・ホクストンで朝食をとりながらこう指摘する。
「フランスのテック系企業が成功するためには、パリがより国際的になり、『フランス中心』から脱却する必要があります。以前なら優秀な人材はどこか別のところへ行っていたかもしれませんが、ロンドンはブレグジットとパンデミックで魅力がなくなりましたし、パリがロンドンに勝つことはできます。ただ、パリはまだベルリンほど国際的ではないと思います」
グラフ作成: Riddhi Kanetkar 出典: Dealroom Created with Datawrapper
アクセル(Accel)が支援する「組込型金融(Embedded Finance)」のスタートアップ、スワン(Swan)の創業者兼CEOのニコラ・ベナディ(Nicolas Benady)は、パリに拠点を置く同社が広い視野を持っていることを示すため、フランス語表記を控えていると話す。
「私たちはDay1(創業初日)から、自分たちがフランス人ではなく『ヨーロッパ人』であり、ヨーロッパ人としての人材と顧客を抱え、プロダクトを『ヨーロッパ向けに』ローカライズしていくことにこだわってきました。それは、ヨーロッパにおけるベンチャーを取り巻く状況が、もはや国単位のエコシステムに分断されることなく、ヨーロッパとして1つの統一されたエコシステムになりつつあるからです」
米国投資家を魅了するラ・フレンチ・テックの成功
フランスの成功はアメリカの名だたる投資家を惹きつけており、彼らはリターンを求めてますますヨーロッパに目を向けている。
ゼネラル・アトランティック(General Atlantic)、タイガー・グローバル(Tiger Global)、コーチュー(Coatue)、ベッセマー(Bessemer)、ゼネラル・カタリスト(General Catalyst)、ドラゴニア(Dragoneer)といった投資会社が2021年にフランスのスタートアップに投資している。
そのため、フランス国内の投資家は、資金力のあるアメリカのライバル投資家とアーリーステージの企業との取引をめぐって「伸るか反るかの」競争を強いられている。
フランス国内ファンドの中には、アメリカのファンドとの取引フローのパイプ役となっているところもあるが、一般的に海外進出を考えている野心的な起業家にとっては、海外ファンドの方に魅力を感じるだろう。パリを拠点とするロンドンのあるファンド投資家は、アーリーステージにある野心的な起業家と話していると、スタートアップが他国、特にアメリカへ進出するのを支援してきたファンドの実績が話題にのぼると語っている。
現在、フランスにおける2000万ドル(約23億円)以上の取引の約半分がアメリカのファンドによるものだ。フランスは資本よりも労働者の権利を優先する制度と高い税金にまみれている、という以前のアメリカの懐疑的な見方からは大きな変化だ。
対テック企業投資において、フランスはイギリスやドイツとの差を縮めている。野心的な起業家のパイプが広がり、資金調達の機会が増え、優秀な人材が確保しやすくなってきた今、ザ・ホクストンはミーティングをしようとロビーに詰めかける人たちのために、スペースを確保しなければならないかもしれない。
※この記事は2022年3月9日初出です。