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「異動」という言葉を聞くと私が決まって思い出す、かつての上司のこんなエピソードがあります。
当時私が所属していた組織では、期初に事業部メンバー全員が集まるキックオフミーティングがありました。そのタイミングで事業部長に昇進した上司が、メンバーに向かって抱負を語り出したのです。
戦略自体もやや総花的な内容で盛り上がりに欠けていたのですが、最後の一言がとどめを刺しました。新事業部長は大真面目にこんなことを言ったのです。
「今月から〇〇大学のMBAコースを受講して、戦略立案できるよう学んできます」
聴衆席でこれを聴いていた私を含むメンバーたちの落胆たるや、みなさんも想像がつくでしょう。
こともあろうに、新事業部長は「今から」戦略立案を学びにいくというのか。ということは、学ぶ前である現在の戦略はイマイチである可能性が高い。われわれ現場は、そのイマイチな戦略を実行しなければならないのか。今から学びにいくような人をなぜ会社は新事業部長に抜擢したんだ、学んでから事業部長になってくれ!
……と、あのスピーチを聴いていた誰もが心の中で思ったはずです。そもそも、MBAに通ったところで実践で通用する戦略立案ができるようになるのかも疑問です。
新事業部長のスピーチを聴いて、現場はすっかり白けてしまいました。新事業部長は図らずも、出だしから現場に期待を持ってもらうことに大失敗してしまったのです。
13回の経験で体得した「異動スキル」
この新事業部長のような失敗をしないためにも、「異動前に何をするのか」は非常に重要です。なぜ私が偉そうにそんなことを言うかというと、実は私はリクルートに在籍していた29年間で、なんと13回も異動を経験したからです。
初めての異動は入社からわずか9カ月後。通信事業部の技術職から一転、まったく畑違いの求人広告事業部門の営業担当でした。それを皮切りに、入社3年目には大阪から横浜へ異動、その後も5回の子会社出向。さらに3回の本部、本社への異動などなど、職種や事業部門が変わる大きな異動だけで計13回です。
異動のたびに、初めて知り合う人たちと仕事をするのは日常茶飯事でした。自分で言うのもなんですが、私は「異動のプロ」なのです。
数々の異動経験から、部門異動する際に押さえておくべきポイントを体得してきました。もうすぐ異動という方たちにこの話をすると、皆に役に立ったと喜んでもらえます。そこで今回は、異動・昇進・昇格が決まった際にやるべきことについてお話ししましょう。
以降では、「まったく知らない業界、事業に異動した場合」で、かつ「前任者があまり結果を出せていなかったため後任として異動したケース」という設定でお話しします。ある意味、一番大変な異動ですね。ですので、実際にあなたが異動する場合は、状況や目的に合わせて必要なポイントを取捨選択してください。
着任100日後までを3つに区切る
新しい部署に異動したら、着任100日(あるいは90日でもかまいません)の間にすべきことがあります。ざっくり言うと、3カ月程度の期間で成果の兆しを見せるということです。
成果の兆しを見せることができれば、周囲から「あの人は仕事ができる人だ」という印象を持ってもらえます。そうすると、その後の仕事が圧倒的にしやすくなるのです。特に、あなたが組織長や経営者として異動する場合は、3カ月以内に成果を出すことは必須だと思った方がいいでしょう。
Day100までの期間のうち、特に以下の3つの節目で意識していただきたいポイントがあります。
- Day1(初日):自分が何者で、何をしようとしているのかを関係者に共有する
- Day30(1カ月後):成果の兆しを見せる
- Day100(3カ月後):何らかの成果を見せる
つまりこういうことです。Day1でやることを宣言し、周囲に期待を持ってもらう。Day30までに成果の兆しを見せることで、期待感をさらに高める。そしてDay100で実際に成果を見せ、この人は仕事ができるというイメージを醸成する。
冒頭でご紹介したかつての上司は、これに失敗しました。それもDay1から。初日にメンバーの心をグッとつかむことができないと、その後でリカバリーショットを打つことがどれほど大変かは、みなさんも想像がつくと思います。
そうならないためにも、Day1に向けて周到に準備して、幸先のよいスタートを切りたいものです。
あなたが何者かが分かる3点セット
まずは、Day1でやるべきこと(「自分が何者で、何をしようとしているのかを関係者に共有する」)のうちの前半、「自分が何者で」の部分です。ここでは具体的にどんなことを伝えればいいのでしょうか。
このようなとき、私はいつも、ダニエル・キムの成功循環モデルを意識してきました。関係の質→思考の質→行動の質→結果の質という循環サイクルです(下図)。
(出所)泉山塁威氏によるダニエル・キム「組織の成功循環モデル」の図式をもとに編集部作成。
チーム内の関係の質が高まると、思考の質が高まり、行動の質が高まり、最終的な結果の質が高まります。このサイクルの出発点となる「関係の質を高める」を実現するために大切なのが「自己開示」です。特に、弱さを見せ合えることが重要です。
私は新しい部署に異動すると、まず自分自身の職務経歴書に加えて、得意なこと、やらないこと(苦手なこと)の3つを開示していました。
職務経歴書は、仕事に関するキャリアを周囲に共有するのに最も適した資料です。私のキャリアの後半は管理職だったため、私がメンバーの経歴を事前に見ることはできますが、それではアンフェアだと思い、私自身の職務経歴書をメンバーに公開することにしたのです。
加えて、得意なこと・やらないことも開示します。得意なこととは「こんな仕事の時は私を呼んでね」というプロポーザル。やらないことというのはその逆で、「こういう時には呼ばないでね」という意思表示です。私の場合、やらないことはカラオケとゴルフ。このように、周囲に躊躇せず苦手なことを伝え合える組織にしたいという思いも込めて情報を伝えます。
異動前にやるべき3つのこと
次に、Day1で伝えるべきことの後半、「何をしようとしているのか」を練っていきます。
この異動という名のプロジェクトのゴールは、「異動後3カ月で何らかの成果を出すこと」でしたね。日本航空を再建した稲盛和夫氏しかり、日立製作所をV字回復させた川村隆氏しかりですが、成功するプロジェクトには共通の手順があります。それが次の3つのステップです。
(1)現状把握(課題を明らかにする)
↓
(2)解釈(課題解決策を考える)
↓
(3)介入(課題を解決する)
それぞれについて詳しく見ていくことにしましょう。
1. 現状把握:課題を明らかにする
「現状把握(課題を明らかにする)」のステップは、一言で言えば情報収集です。そのためのポイントは2つあります。
情報は広く集める
1つめのポイントは、広く情報を集めること。社内だけでなく顧客やOB・OBのほか、自組織の事業計画資料や経営会議の資料といったさまざまな情報源を活用します。過去の社内報や〇〇年史などの資料も有効です。いわゆる温故知新ですね。
情報を集めたら、それを「時系列」でまとめます。こうすることで、組織の「癖」が見えてきます。
例えば、「この組織はいつも計画を低めに作成して、経営陣から上方修正を指示されている」という発見があったとしましょう。これを知っていれば、あなたが異動後に何かを判断をする際の手がかりになります。
「上からの指示で計画を見直したということは、そもそも現場は目標数値に納得していない可能性がある。現在の計画に遅れが生じているのは、どうせ達成できっこないという意識が働いているのかもしれない。だとすれば、この目標数値が十分に達成可能だとメンバーが納得できる方策をまず示す必要がありそうだ」……といった具合です。
時間に余裕があれば、業界全体の歴史についての情報も付加できると完璧です。時系列にまとめた自社の資料に業界のトピックス情報を加えれば、組織の状況が立体的に把握できるからです。業界情報はウェブ情報でも十分に入手できますし、概要をつかむだけなら就活生向けの書籍や『業界地図』なども役立ちます。
情報は「遠い人」から集める
情報収集の際の2つめのポイントは「遠い人から集める」という点です。例えばあなたが現場組織に異動したのなら、本社の管理部門の責任者、IT部門の責任者などが「遠い人」に該当します。つまり、あなたが関わる部署や商品と利害関係はあるけれど、直接現場にタッチしているわけではない人、ということですね。
「遠い人」を探し当てたら、次のようなことをヒアリングしながら組織の現状把握をしていきます。
- この組織の好きな(良い)ところ
- この組織の嫌いな(悪い)ところ
- 本来何をしてほしいのか(すればよいのか)
- そのためにどうすればよいのか
- 何ができていないのか
- その理由は何だと思うか
前任者から引継ぎを行うのは、これらを「遠い人」からヒアリングした後でのほうが効果的です。顧客や現場からの情報収集も、このヒアリングの後のほうがいいでしょう(下図)。
私がこのような方法をおすすめするのには、理由があります。
一般的には、「何はなくともまず前任者からの引継ぎ」というケースが多いのではないでしょうか。でも事前情報が何もないと、前任者の情報を鵜呑みにしてしまい、結果的に間違った「現状把握」と「解釈」をしてしまう危険があります。何の情報もないなかで、バイアスがかかっているかもしれない前任者からの引継ぎを受けてはいけません。
まとめると、「現状把握」のためのインプットをする順番は次のとおりです。
《第1グループ》
・利害関係者だが遠い人たち(現場組織への異動であれば、スタッフ組織の責任者など)
・過去の事業計画資料や経営会議資料から時系列資料を作成
↓
《第2グループ》
・現場メンバー
・前任者
第1グループのインプット情報から、自分の頭の中に成果を出すための仮説を作ります。それを頭に入れながら、情報が多い第2グループ(近い利害関係者)から話を聞き、仮説を修正するのです。
2. 解釈:課題解決策を考える
「現状把握」のフェーズが終わったら、次は課題解決策を考える「解釈」の作業です。ただし現状把握さえ正しくできていれば、解釈は比較的簡単です。ここでもポイントは2つあります。
問題と課題を切り分ける
「問題」と「課題」という言葉は混同して使われることも多いのですが、私は両者を次のように明確に使い分けています。
- 問題:モヤモヤしていること
- 課題:向かいたいゴール(目的)と現状のギャップ
例えば「体調がすぐれない」という場合の問題と課題は何でしょうか?
熱がある、のどが痛い、寒気がする、咳が出る……これらは「問題」ですね。熱があるから氷嚢でおでこを冷やす、のどが痛いからのど飴をなめる、寒気がするから上着を着込む……これらが「問題」解決です。
これでも短期的には意味があるかもしれませんが、もっと本質的なことを言えば、十分な睡眠をとる、栄養価の高い食事を心がけるなど、そもそも風邪を引かない健康な身体づくりが必要かもしれません。根本的にはこれらが「課題」解決になります。
つまり、現状把握をした情報から、「問題」ではなく本来解決すべき「課題」を特定すること。これが1つ目のポイントです(詳しくは、以前寄稿したこちらの記事をぜひご参照ください)。
解決すべき課題の順番を決める
課題を特定できたら、大小さまざまな課題のうち、どの課題を解決するのか順番を決めます。
大きな課題から解決すべきか、それとも小さな課題から着手すべきか——これに唯一絶対の解はありません。ただ、元大手電機メーカーCIOでその後政府CIOも経験されたある方に伺った話が参考になると思うので、ご紹介しましょう。
「課題解決の順番はとても重要。腕に覚えがある人は、大きな課題から解決しようとすることが多い。うまくいった場合は最高だ。だから解決のめどが立っているのであれば、大きな課題から解決すればいい。
しかし、大きな課題が手つかずのまま放置されているケースはあまりない。過去に解決しようとして、うまくいかなかった場合も少なくない。つまり、簡単には解決できず、時間もかかるからこそ未解決のままになっているわけだ。
そこで新しいチームで仕事をするときは、まずは簡単な課題を解決することで勢いをつけるのも悪くない。
課題の大きさに関係なく、課題解決という具体的な成果が出るとチーム内の士気が上がる。チームを見ている外部の目も、「お手並み拝見」から「このチームやるな」になる。チームに勢いをつけ、外部も応援している状態にしてから大きな課題を解決するというのも、ものの順番としては悪くない」
特に新しい部署に異動してDay100までに成果を出したいのなら、まずは小さな課題を解決することでチームに勢いをつけることをおすすめします。
ここまでで、Day1でやるべきこと、つまり「自分が何者で、何をしようとしているのかを関係者に共有する」の準備ができました。この「何をしようとしているのか」が、Day100までに実現したい課題です。あとはDay30で成果の兆しを示し、Day100で成果を出せばよいことになります。
3. 介入:課題を解決する
最後のフェーズは、新組織に着任し、実際のDay1を迎えて以降の話です。私は課題解決することを「介入」と呼んでいます。
「介入」のもともとの意味を調べると、「当事者以外の者が入り込むこと」「争いやもめごとなどの間に入って干渉すること」とあります。類語としては、お節介・口出し・手出し・ちょっかい・干渉などが並びます。
お伝えしたいのは、このニュアンスです。現場に対して解決策を提示する人は、この「介入」をするんだという意識を持つことが大切です。
現場は日々業務をしています。その日々の業務が最適な状態になっていないので、課題解決をしなければならない。
ただし現場は来る日も来る日も、日々いつも通り一所懸命に業務をやっているのです。そこに外部者がやってきて課題解決策を伝えるのは、現場からするとはっきり言って「大きなお世話」です。
あなたが示した解決策を現場に実行してもらいたいと思うなら、この「介入」という感覚を絶対に忘れてはいけません。
あなたはこれから、現場に対してお節介、口出し、手出し、あるいはちょっかい、干渉をしようと思っている。自分がされたら嫌ですよね。だからこそ、現場をリスペクトし、一緒に課題解決のために動いてもらうために、我々は「介入」するんだと肝に銘じるべきなのです。
かつてこの「介入」の意識を持たずに現場とコミュニケーションを行って、現場のやる気を削ぐ結果となったプレゼンテーションに出くわしたことがあります。
現場の実態も知らずに、リスペクトもせずに、新しい仕組みを入れる提案をしたのです。その仕組みを入れると、生産性が3倍になるそうです。今までのやり方がいかにダメなのかを滔々と語っていました。現場は黙って聞いていました。
しかし、いざ実行する段階になると、生産性は3倍どころか低下してしまいました。
その仕組み自体にも問題があったことは確かです。でもそれより何より、現場が積極的に協力しなかったことが最大の敗因でした。
ぜひ“イケてるDay1”を迎えられるように、そしてDay100で成果を出し、新しいメンバーたちと快哉を叫べるように、「異動のプロ」である私が体得してきたポイントを活用してみてください。
※この記事は2021年3月11日初出の記事の再掲です。
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役、「LiNKX」株式会社非常勤監査役、株式会社博報堂DYホールディングス フェロー、TEPCOフロンティアパートナーズ投資委員も兼任。新著に『1000人のエリートを育てた爆伸びマネジメント』『世界一シンプルな問題解決』がある。