「人類とこの惑星の未来のため」の研究をソニーCSLが続ける理由

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Volodymyr Goinyk/Shutterstock

東京・京都・パリ・ローマの4拠点に個性豊かなリサーチャーが集結する「ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)」が、創設以来のミッションを再定義した。新たに掲げるのは、「人類とこの惑星の未来のための研究」。来たる2022年3月16日(水)〜 18日(金)には、研究所のお披露目イベント「オープンハウス2022」も開催予定だ。

なぜ、「Planetary Agenda(惑星規模の課題)」を前面に打ち出したのか?

研究所はどこへ向かい、どんな未来像を描いているのか?

AI・ロボティックス研究をリードしてきた代表取締役社長兼所長の北野宏明氏と、スマートフォンのピンチイン、ピンチアウト技術のアイデアの生みの親で東京大学情報学環教授と兼務しながら副所長を務める暦本純一氏、2人に聞いた。

人間中心主義を脱して「惑星規模の課題」解決へ

北野宏明

株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長、所長。ソニーグループ株式会社 常務。株式会社ソニーAI 代表取締役 CEO。特定非営利活動法人システム・バイオロジー研究機構 会長。学校法人沖縄科学技術大学院大学 教授。

ソニーCSLを率いる北野宏明氏は、新型コロナウイルスによるパンデミックで明白になったこととして、「人類の課題は、いまの社会構造・産業構造のままでは、ほぼ解決に至らないだろう」と見通しを語る。

「新型コロナウイルスの流行で、2020年の前半には世界の至る所でロックダウン(都市封鎖)を余儀なくされ、ある種、“地球スケールの環境実験”が敢行されたわけです。国によっては、この期間にGDPが半減したところもあるぐらいの劇的な制限が実施されました。しかし、CO2の排出量は一時的には減っても、気候変動を回避するレベルには程遠い状態でした。そしてロックダウンが解除されると、結局は元の木阿弥(もくあみ)になったというデータが出ています」(北野氏)

森林伐採など地球環境への負荷がかかり続ければ、環境悪化が続き、生物多様性が失われる。未知のウイルスのホストとなっている野生動物と人間の接触機会も増え、パンデミックのリスクも上がってくるだろうという予測もある。影響はそれだけにとどまらないと北野氏は警告する。

「生物学的多様性の損失が大きな地域は、一人当たりGDPが非常に小さい地域、つまり貧困地域であることが多いこともわかっています。我々の人類文明を中心に見ていたのでは、そのサステイナブルな進歩すらも危ぶまれます」(北野氏)

こうした背景から、視座をぐんと上げ、北野氏は「人類の未来のための研究」という創設以来のミッションに、「この惑星の」という文言を追加したのだという。

惑星規模の重要課題

実際、現在ソニーCSLで取り組んでいる課題にも、「惑星」スケールの研究が立ち上がってきた。リサーチャーの舩橋真俊氏が「拡張生態系」という概念を掲げて生物多様性を取り戻す観点から農業を捉え直す「協生農法」も、その一つ。砂漠化が進むアフリカ・ブルキナファソの荒廃した農地を、1年で食用植物があふれる緑地に変えた実績がある。

開発の舞台が宇宙に移った研究もある。JAXAと共同で衛星間、あるいは地上と宇宙間の大容量データ光通信の実現を目指している「宇宙光通信プロジェクト(SOL Project)」だ。CDプレーヤーなどで培ったソニーオリジナルの光ディスク技術を応用した小型光通信実験装置「SOLISS」を開発しており、既に国際宇宙ステーション(ISS)と宇宙光通信地上局との間での双方向光通信リンクの確立、Ethernet経由での高精細度画像データ伝送に成功している。

「0から1」に特化し、小さい組織で外部も巻き込む

ソニーCSLのリサーチャーは、東京だけで20人弱と、意外にも少ない。プロジェクト単位で参画している人を含めても100人程であり、パリ、ローマと2年前に開所した京都の研究室を合わせても150人程度だ。北野氏は、研究所が「0から1」の役割に特化することで、小さい組織であり続けることを大事にしているのだという。

「研究者自らがソニーCSLの外部も巻き込みながら牽引して大きく展開してほしい。『0から1』がしっかりとできたなら、次は、『1から10』のトリガー・アクションを行うフェーズと、「10から1000」のあらゆるステークホルダーを巻き込むスケールアップのフェーズ。ここはリサーチャーが『仲間たち』をいかにして巻き込めるか、が重要です。彼らは、もともと人類や地球に貢献できる志や、世界にインパクトをもたらす技術のアイデアを持っていますから、それぞれが熱を持ってアクションプランを世に打ち出せば、それに賛同する人は必ず出てきます」(北野氏)

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だからこそ目指すのは、「小さくても、強い影響力を与えていくような組織のあり方」だと、北野氏は話す。Influence(影響力)を世界へ向けてProjection(投影)する研究所であろうと研究者を鼓舞するために、「Global Influence Projection」というモット―を打ち出した。

「私たちは小規模なのに、『世界を変えるぞ!』と。だとすれば、個々の研究者がものすごいパワーを発揮していくことになる。集まってくるリサーチャーは『たった一人でも、世界を変えてやろう』というような猛者が多いのですが、私は意識合わせのため、このフレーズをリサーチャー全員に共有しています。私の仕事って、人の採用に次いで、こうした“合言葉作り”が意外と重要なんです」(北野氏)

「茶室のある」京都研究所は“分散型拠点”第一号に

コロナ・パンデミックにより、リモートワークと組織の分散化が一気に進んだ。通勤手段の制限を緩和し、居住地を全国に拡大した企業の事例もある。

北野氏は、研究所もまた“分散化”を推し進めるべきだと考えている。多様なリサーチャーがより創造性を発揮するために、小規模かつ未来志向の“分散型拠点”を特色ある各地に拡げていく構想を持つ。これは、パンデミック以前から推進していた組織改革の構想であり、“分散型拠点”の第一号になったのが、2020年4月に開設した京都研究室だ。

京都研究室

副所長の暦本純一氏が「京都に新しい拠点を作りたい」と話したのが発端で、暦本氏とリサーチャーの竹内雄一郎氏、ラナ・シナパヤ氏の3人が東京からスピンアウトして京都に拠点を移した。京都研究室の室長に就任した暦本氏は「DIY的に自由にラボを創った」と、にこやかに語る。

暦本純一氏

株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 副所長・フェロー、京都研究室ディレクター。東京大学大学院情報学環 教授。「人間拡張」をテーマに、人間とAIの能力がネットワークを越えて相互接続・進化していく未来社会ビジョンInternet of Abilities (IoA)の具現化に取り組む。

「更地から、『自由に場づくりをしてください』と言われたら、研究者は喜ぶでしょう。出来上がったルールの中で高い点数を取るよりも、ルールそのものを作り出すことが、研究者の本質ですから」(暦本氏)

未来志向の実験的な試みとして開設した京都研究室は、図らずしてコロナ・パンデミックと時を同じくしてスタートを切り、結果として「リモート化、分散化」の世を先取りする形となった。新設したのは、ずばり「どんなラボ?」と訊ねると、「個室はないが、茶室はある」と、暦本氏は語呂合わせのように紹介した。

仕切りのないフロアには、切り出したばかりのような丸太のテーブルがドーンとある。“フィジカルで楽しいいとなみ”としての議論をしながら料理を楽しめるよう、キッチンを設置。低温調理器も備えている。暦本氏が「茶室」と呼ぶのはミーティングルームだ。畳敷きの和室で、遠隔で対話する相手がまるでそこにいるかのように大きく映し出せる大型の有機ELディスプレイを「屏風のように」複数台接合して配置。テレプレゼンス(Tele=遠隔 Presence=面前、存在。遠隔地にいながら、対面で同じ空間を共有しているかのような臨場感を味わえるテクノロジー)の環境も整えてある。

「コミュニケーションする場を広くとろうと、あえて個室をなくしました。コロナが流行する前から、個々で集中する作業をリモートですることは普通に行われていました。『せっかくラボに来るなら、あえてコミュニケーションしたくなる仕掛けを作りたい』と思ったのです」(暦本氏)

「良質なリアルを手に入れること」に価値軸は変わる

約3年半ぶりとなるソニーCSLが主催するイベント「オープンハウス2022」は、オンラインでの初開催となる。AIHuman Augmentation(人間拡張)Sustainabilityなど、実に多様な最先端の研究が一気に垣間見られる好機だ。

ソニーCSLらしい他社との連携による研究の社会実装の事例発表もある。再生可能エネルギーによる持続可能なエネルギー社会の実現を目指す、分散型エネルギーの先を行く、“超分散型”「オープンエネルギーシステム(OES)」がまさにそうだ。また、義足アスリートが本気で「10秒の壁」を破るために必要なことを考え、アスリート向け義足の研究開発を行う遠藤謙氏やピアノ演奏という芸術分野でクリエイティビティをサポートする古屋晋一氏ら、顔ぶれも豪華だ。

暦本氏自身は、人間をドローンなどの人工物や他の人間と接続し、能力や存在を拡張させる「JackIn」プロジェクトなどの取り組みを披露する。現場の1人称360度映像を、遠隔地にいる複数人の参加者にリアルタイムで繋ぐJackIn体験のデモも行う予定だ。

さらに京都研究室のチームとしては、「茶道教育×JackIn」の研究コンセプトも発表する。暦本氏は、京都に「身を移した」からこそのよさは、こうしたコラボが実現することにあるという。暦本氏は、実感を込めてこう語る。

「出会いも体験も丸ごと変わりました。お茶のことを知りたいと思ったら、ふらりと大徳寺に出かけて、千利休が設計した庭園やリアルな茶室に触れて来ることだってできます。庭園の枯山水を見て、『これは自然界のコピーじゃなく、人間が再定義した美の世界への昇華。メタバースやバーチャルリアリティがフェイクを追う流れとは、全く違うよなぁ』と改めて気づきを得ました」(暦本氏)

もはやリモートが当たり前だからこそ、むしろフィジカルな「身の置き場」をそれぞれが選択する時代になると、暦本氏は自らの体験を踏まえて先読みする。

「テレプレゼンスの進化でオンライン環境を充実させていくというのは、リアルを捨てるという行為ではない。これからは、働く場が固定されないからこそ『いかに良質なリアルを手に入れられるか』という価値軸にシフトして人が積極的に移動していくと思うのです」(暦本氏)

冒頭でもお伝えしたように、ソニーCSLの研究内容の紹介や外部スピーカーとのセッションが行われる「オープンハウス2022」が、3月16日(水)〜3月18日(金)に開催される。初のオンライン開催で、かつ初めて一般参加も可能になった。

人類や社会へ貢献する道筋を考えるまたとない機会なので、各セッションの詳細をぜひチェックしてみてほしい。


ソニーCSL オープンハウス2022の詳細はこちら

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