中国では、国際女性デーの日には女性社員が休業になることも多い(写真は大手ECのTmallが国際女性デーに合わせて企画したセール。2018年撮影)。
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日本と比べると、中国とりわけ都市部は女性の社会進出が進んでおり、家庭内での夫婦の関係も対等だ(もちろん、家庭ごとの差はあるが)。国の制度設計として昔から男女とも定年まで働くのが一般的で、昔から「寿退社」という概念もないし、産休・育休もごく短い。
筆者が十数年前まで勤めていた日本の新聞業界は相当な男社会で、当時はそれを当たり前のものと受け止めていたが、中国の同業者から「なぜ日本の新聞社は管理職が男性ばかりなのか。視察に行ってびっくりした」「そんな偏った男女比で、社会のことをきちんと伝えられるのか」と言われ驚いた。
こちらは中国のマスコミを「政府の検閲があり一面的な報道しかできない」と見ていたが、向こうは日本を「男ばかりで偏っている」と思っていたのだ。
ただ、当の中国の女性たちの間には、「私たちは待遇や昇進で差別されている」との意識がいまだに根強く存在する。3月8日の「国際女性デー」も、女性の地位向上に向けた重要な記念日だった。
留学生寮で知った「国際女性デー」
筆者は2010年から数年間、さまざまな国の人と一緒に中国の学生寮に住んでいた。余談だが、中国は手厚い奨学金で各国から留学生を招いており、ロシア人もベラルーシ人もウクライナ人も一つ屋根の下でわいわいやっていた。
3月8日の昼、共用キッチンにいるとトルコ人から「女性の日おめでとう!」と声を掛けられた。コンゴ人も「女性の日だから」といつもより手の込んだ料理を作っていた。
日本では認知されていない記念日だったので、筆者は分からないカルチャーに遭遇したときにいつもやるように、部屋に戻ってウィキペディアで「女性の日」を調べ、1975年に国連が制定した記念日だと知った。
留学生寮で聞いた限り、国際女性デーの認知度は半々くらいだった。しかし寮を出ると、中国では比較的浸透していることが分かった。その日の午後、大学の事務室から女性職員がいなくなったのだ。幼稚園に通っていた息子も、「女性の日なので(職員が休む)」という理由で、昼過ぎに帰ってきた。
その後、筆者が勤務するようになった中国の大学では、3月8日に教職員食堂でアルコールが提供された。女性教職員は午後休となり、学校からプレゼントももらった。
同僚たちは「職場によっては丸1日休みなのに、うちは半ドン」「あの会社は金券をくれるのにうちは果物」と不満げだったが、早帰りした女性の分まで働いて、かつ何ももらえない男性は「本当に不満を言いたいのはこっちなんだけど」と小さな声でぼやきながら仕事をしていた。
妊娠中の妻に弁当を作る夫
中国では、男性の家事参加は全くめずらしくない(写真はイメージです)。
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正直なところ、日本の会社で育児をしながら夜勤や宿直をこなし、子どもが水ぼうそうにかかったときは友人の母に数日間預けて出勤した筆者の目には、中国の女性は十分に尊重されているように見えた。特に家庭における男性の献身ぶりは、衝撃的といってもいいレベルだった。
妊娠中の同僚は、毎日夫が作った弁当を手に出勤していた。「母体に何かあったら良くないから」と、家事は全て夫が引き受けていたという。中国人と結婚した20代の日本人女性は、「生理のときは体を冷やさない方がいいと、夫が水仕事を全部やってくれる」と驚いていた。
女子学生たちは、将来の結婚相手について「私は料理ができないので、料理ができる男性と結婚したいです」と堂々と発言していた(中国は子どものころから勉強漬けで、大学の学生寮にも通常キッチンがないため、女子に限らず料理経験のない大学生が多かった)。
2014年のサッカーW杯ブラジル大会期間中にたまたま目にした、「W杯効果で運転代行の利用が増えている」という経済記事は、今でも忘れられない。
中国とブラジルは半日の時差があるため、試合は真夜中に中継されていた。中国はサッカー熱が高く、飲食店の多くが巨大スクリーンやテレビを設置した。自国が出ていないにもかかわらずだ。
その記事は、W杯をテレビ観戦し妻から「うるさい」と怒られた夫たちが、飲食店に移動し酒を飲みながら観戦。自分で運転できなくなり代行を呼んで帰宅するため、運転代行市場が一気に拡大し、マッチングアプリの普及も重なって、新規参入が増えた——と分析していた。
日本ではワンオペで子育てをする女性が、子どもの夜泣きで家族から文句を言われたり、家族を起こさないよう車で出かることもあるのに、中国の女性は強いなあとただ感心した。
それでもキャリアと育児のバランスは難しい
都市部の高収入女性の消費力は「女性エコノミー」と名付けられ、企業から注目されている。
Reutesr
累計6年半に及んだ中国生活の最初の半年と最後の2年、筆者は幼い子どもを日本の実家に預けて単身で暮らしていた。最初の半年は、自分のキャリアを優先し子育てをアウトソーシングしたことに罪悪感があったが、現地に行ってみれば夫や自分の両親に子どもを預けて留学した経験を持つ中国人女性に何人も会った。
中国の勤務先でトップを選ぶ選挙では当然のように女性が立候補し、女性候補者は「女性」を前面に打ち出すこともなく、多数派工作あり、ネガティブキャンペーンありのよくあるドロドロの選挙戦を展開し、当選した。
それでも当の女性たちは、「男性と比べたら待遇や昇進で不利な状況にある」と口にしていた。
分かりやすいところでは定年の年齢が男性は60歳、女性は55歳(地位によっては50歳)となっている。勤務先でトップに就任した女性も、「男性の多くが男性候補者に投票するので、最終的には男性対女性の構図になる」と自身の体験を語っていた。
彼女たちは、不利と感じたら是正に向けて行動し、自分の能力を主張する。私がその大学に勤務しているとき、女性教職員の定年は男性と同じ60歳に引き上げられた。「55歳で辞めたい」という女性もいたので、選択制ではあったが。
「女性は待遇や昇進で不利」「出産前にできるだけキャリアの基盤をつくっておきたい」という意識が、女性を一層スキル獲得、学びに走らせ、晩婚、少子化の背景にもなっている。
国際女性デーが近づくと、女性に関するさまざまな調査結果が公表されるが、働く女性や女子学生へのアンケートで目指すキャリアを問うと、社長も含めた管理職あるいは専門職と答える割合が95%を超え、「一般社員でいい」との回答は数パーセントにとどまる。
学歴社会と経済成長の中で育った今の20代は、「自分の収入やキャリアの目標が達成できないなら、子どもを幸せにできない」と、出産を後回しにしがちだ。カナダに留学している20代の中国人女性は、「30歳ぐらいに2人か3人の子どもが欲しい。忙しいから、できるなら一気に三つ子が産みたい。時間の節約になる」と話した。
3月8日の国際女性デーは、「いろいろなものに追い立てられている」と自覚する女性が、「今日くらいは解放されたい」と大手を振って休む日でもある。商業施設やECは、そんな女性たちの財布を狙い、「女王デー」「女神デー」と称してセールを実施する。かくして中国の女性の日は、「職場が女性従業員をねぎらう日」と「海外由来の商戦」が入り混じる位置づけとなった。何でもビジネスに結びつける商魂も、非常に中国らしい。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。著書に『新型コロナ VS 中国14億人』。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。